第二幕 其ノ五

 速さで勝つ事はかなわぬと踏んだユノは、ヒラキに反撃に出る隙を与えぬ様に只管ひたすらに剣を打ち込む。自身の出せる最高速の動きで可能な限り的を絞らせない様にしつつ、間断なくあらゆる角度から剣を繰り出して行く。

 そしてそのことごとくを、ヒラキは完全に見切り、余裕を持ってさばき、受け流し、かわして見せる。

 しかしそうなるのは分かっていたとでも言う様に、ユノの攻撃は剣にとどまらず蹴りや魔法まで時間差で繰り出す事で、攻撃後の隙を埋め次なる攻撃へと繋げて行く。

 一人による無限コンボ。一度でも受け損ねればそのまま終局まで一気に詰めて行く、それがユノの本気で戦う時のスタイルである。

「これは……思った以上に……っ、出来るな! 一撃の重さはそれがしよりも上かもしれぬな。それもその聖剣の力かな?」

「……っ! 知っていたのか!」

「聖剣『鏖丸みなごろしまる』。伝説の魔王殺しの聖剣は、その伝説の有名さに反してその外見はほとんどど知られておらんからな。驚くのも無理はない。某は昔先代の聖剣の勇者と一戦交えた事があってな、その時に一度見た事があったからな」

「では今度こそ! 聖剣の名が伊達ではない事をその身に刻んでやろう!」

「ふっ……。聖剣の力に頼っておる様な程度では! 未熟! 未熟未熟未熟!」

 ユノの渾身こんしんの一撃はヒラキの剣によって簡単にいなされてしまう。まだまだユノの手数はおとろえを見せないが、互いの技量の差は歴然れきぜんとしていた。

「だがここまで某に打ち込んで来たのはここ十年でお主だけだ。誉めてやろう!」

「抜かせ! 今からそのニヤケづらへこませてやるから待っていろ!」

 ユノに揶揄やゆされ表情を改めるヒラキ。どうやらついついこの戦いを楽しんでいた様だ。

 自身にはまだまだおよばないとは言え、達人の域すらはるかに越える強さを見せる若き勇者との一戦は、ヒラキが考えていた以上に心をおどらせる物であった。

「来たれ! 雷霆陣らいていじん!」

 ユノの魔力ちからある言葉が稲妻の嵐を巻き起こし、ヒラキを激しい稲光の渦が包み込む。文字通り光の速さで襲い掛かる雷撃の雨。回避不能の絶対包囲陣である。

「はああああああああああああああああああ!」

 しかしユノはこの魔法でヒラキを仕留められるとは考えて居ない。これはあくまで奥義を発動させるのに必要な僅かな『溜め』の時間を稼ぐための足止めでしかない。

 ユノの全ての魔力を聖剣『鏖丸みなごろしまる』に注ぎ込む。

「食らえ! 奥義! テラブレイク!」

 およそこんな地下空間で使用するに相応ふさわしくない、絶大な破壊力を秘めたユノの一撃は、いまだ吹き荒れる稲妻の嵐を粉砕、霧散させ、そこに居るであろうヒラキごと叩き斬る。

 その凄まじいまでの衝撃は広く作られた地下空間全体を震わせるものの、ユノによって鋭く収束されていた力は、大規模な破壊を生み出す事はなかった。

 ユノ達が戦っている魔法陣の部屋も、天井から細かい破片がパラパラと落ちてくる程度で、崩落ほうらくする様な危険はなさそうだ。

 全精力を使い果たし肩で息をしながらも、それでもユノはまだ油断なく剣を構え周囲の気配を窺う。

「今の一撃、流石聖剣の勇者。素晴らしい一撃であった! 当てる事さえかなえば某を討ち取る事も可能であったやもしれんな!」

 ユノはその言葉に応える事なく、声のした位置目掛けて剣を繰り出す。

「流石に先程までの様には行かぬか。精彩を欠いておるわ」

「くっ……!」

「本命がまだ控えておるのでな、某の体も温まって来た所であるし、前座にはそろそろご退場願うといたそうか。では少し某の本気をぬしに見せてやろう。見えるならばな!」

 ヒラキがそう言うと同時にユノの目の前から、何の予備動作もなく忽然こつぜんと消える。

 と同時にユノの背中に激しい衝撃が襲い掛かる。

「がっ……はっ……!」

 一瞬にしてヒラキに背中を逆袈裟に斬り付けられたユノは、衝撃とともに弾き飛ばされ受け身を取る事も出来ないまま壁に叩き付けられる。

 一撃の下に意識を刈り取られたユノは、そのまま力なく地面にくずおれる。

「安心しろ。峰打ちだ。少々派手に激突したが命に別状はあるまい。そんなやわな鍛え方はしておらん様であったしな」

 ヒラキはトワに向けてそう告げる。

「なあに、元から心配などしておらんよ。自ら戦いにのぞんだ以上、敗北すれば死。女子おなごの身である以上はそれ以上に悲惨な目にうても致し方なしじゃ」

 淡々と答えるトワ。

「そんな事より、お主が来ぬなら儂から仕掛けさせて貰おうかの?」

「カカ! それには及ばぬよ! 主の実力、相当な物と見ておる。初めから全力で行くぞ!」

「光の如き──と言われるその実力、しかと見せてもらうとしようかの」

「そう言われたのはもう二十年は昔の話。今の某は──」

 その言葉を言い終わる事なくヒラキの姿がき消える。

 同時──

「光を置き去りにする!」

 誰の目にも映る事なき超光速の剣戟けんげきがトワの真正面から振り下ろされる。

「どれ程の速さものかと思うたが、まだまだじゃの。遅過ぎて欠伸あくびが出てしまうのう」

 トワは超光速で繰り出された斬撃をいとも容易たやすく躱していた。

「しかし人の身で、しかもその若さ──ヒラキの容貌ようぼうは若く見積もっても四十を過ぎている──で光を越えてこようとはの。に才とはまことに素晴らしいものじゃの。儂にもお主ほどに武芸の才があればのう……」

 口調がばば臭い見た目十代前半の美少女が、己の非才を遠い目をしながら嘆いている。ヒラキが数十年をついやして会得えとくした超光速という秘技を、いとも簡単に打ち破っておきながら。

「う……おおおおおあああああああああああああああああ!」

 トワの事情など知らぬヒラキにとって、それは有り得ざる程の屈辱、恥辱。

 そしてそれ以上にってしまった絶望。

 ヒラキの人生の全てが否定されている様ですらあった。

 

 勝てない。


 いやさ、超光速『ごとき』では勝負にすらならない。

 只の一撃。

 相手からの反撃すらない。

 いや、反撃する必要すらなかったに過ぎない。

 天と地どころか、宇宙そらの果て程もある実力差を思い知らされてしまった。

 だが、ヒラキは何十年と己を研磨し続けて来た生粋きっすいの剣士であった。

 越えられぬ壁を何度も越えて来た。

 絶望など幾度となく斬り伏せて来た。

 そうでなくば、光の速さを越えるなどあたう事ではない。

「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ………………」

 己の限界を知り、それを越える。そうしてヒラキという剣士は強くなって来た。トワという絶対的な壁にぶつかり、ヒラキはこの瞬間にも更なる飛躍を見せようとしていた。

 その様子を実に楽しそうに、そして愛おしそうにトワは見つめていた。

 呼吸を整えヒラキは再び静かに剣を構える。

「いざ……参る!」

 超光速から更に加速を見せるヒラキ。

 限界を超えた加速から生じるエネルギーを制御する事が出来ず、衝撃で肉体がバラバラに弾け飛びそうになるのを必死に耐えるヒラキの顔は、実に愉快そうに笑っていた。

 真面まともに剣を振るう事も出来ないヒラキは、その凄まじい速度そのものを武器としてトワに対して剣を前に構えたままぶつかって行く。

 一瞬の間すらもなく埋められる彼我ひがの距離。

 だがやはり、ヒラキの剣がトワに届く事はない。

 ピタリ──

 親指と人差指、わずか二本の指でヒラキの剣はつかみ取られ、止められていた。

「クックッ。更に加速するとはのう。ホンに凄い奴じゃよお主は。儂が光の速度に達するのでさえ何万年費やしたと思おてるのか……。自身の才のなさが悲しくなってくるのう」

 およよと剣を掴む反対の手で出ても居ない涙をぬぐう素振りをする。

 その間も絶えずヒラキは剣に力を込めていたが、押そうが引こうがビクともしない。こんな少女のどこにこれ程の力が有ると言うのか。

「じゃがまだまだ、お主では儂の遊び相手にもならん。出直して来るのじゃな!」

 トワが軽く腕を振って掴んでいた剣ごとヒラキを壁に向かって放り投げてしまう。

 ヒラキは瞬時に着地の態勢を取り、壁への激突を避ける。

 トワに負わされた肉体へのダメージはほぼ無いに等しいが、ヒラキの心は完全なる敗北を認めていた。

 現状におけるこれ以上の戦闘は無意味と判断したヒラキは、この場からどうして逃れるかを思案する。

「心配せずとも逃げたければそうするが良いぞ。その積りであればお主はもううにむくろと化しておるじゃろ」

 その言葉通り、トワはもうヒラキの事を見ておらずいまだ気を失ったままのフェムトの介抱をしている。

(本当に某をこのまま逃がす積りか? 舐められたものだ。…………が、それも致し方なし。この実力差ではな)

 ヒラキには今完全に背中を見せているトワに襲い掛かったとしても、次の瞬間無残に屍をさらしている自身の姿しか想像出来ない。

「では、お言葉に甘えて退散させて頂くとしましょう。御免」

 偶然か必然か。

 そばで倒れていた女勇者を抱え、ヒラキは逃走を開始する。

 仲間の女がさらわれた事に気付いて追って来るかと思い背後を一瞬確認するが、その様子はない。

 ヒラキは不審に思いながらも、さりとて雇い主が貢物みつぎものに使う女を置いて行く訳にもいかず、小脇に抱えたままフテリの逃亡先へと向かって行った。

 トワはヒラキがユノを拾って逃げて行くのを確認すると、

「ああ、しまったー。わしがゆだんしたばかりにユノがさらわれてしもうたー」

 誰に聞かせるともなく、棒読み口調でつぶやく。

「なあにがしまったーだ。自分で攫わせといて良く言うぜ……くそっ! ってててて」

 何時いつから気が付いていたのか、フェムトがズキズキと痛む頭をさすりながら起き上がる。

「あれを追いかけるんだろ? さっさと連れて行きやがれってんだ」

「では早速」

 トワはヒョイとフェムトを背中に背負う。

 体格差からフェムトの足が地面をこすりそうになるため、フェムトは背後からトワの体を挟むように足を巻き付ける。トワの両手がフェムトを背負うために塞がっているのを良い事に、空いている両手でトワの胸をまさぐり始める。

「んっ…………」

 トワは顔を少し上気させ、フェムトの行為に敏感に反応する。

「さっさと追いかけないと見失うんじゃねーか。まあ俺にはとっくに何処に行ったか分からんが」

 さわさわもみもみ。

 ユノが攫われ様がどうしようがどうでもいいフェムトは、折角の機会にトワの体を堪能たんのうできるだけする事に徹する。

 トワもそれを拒むことも、怒って放り出すこともせず、ただ甘んじて受け入れる。

「んんっ……。そうじゃの。儂の体を楽しむのも良いが、振り落とされん様に気を付けるのじゃぞ。何処かにぶつけでもすれば一瞬でり下ろされてしまうからの」

「げっ!? まじかっ!?」

 それを聞いてフェムトはトワの体をまさぐるのを片手だけにして、もう片方はしっかりとトワの服を掴み体を密着させる。

「では、くぞ!」

 フェムトを背負ったトワは、ヒラキが去った跡を辿たどって行く。

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