第二幕 其ノ四

「こりゃ壮観ですねぇ……いてっ」

 フェムトが周囲の女奴隷達を品定めしていると、トワが周囲に気付かれない様にフェムトのももつねる。

「どうした?」

「ああ、何でもございやせん。ちょいと軽く足をひねっただけでさぁ」

「……そうか」

 一行はそのまま広間を抜け大きな扉の前で立ち止まる。

 先頭の男が扉をノックする。

「失礼します。例の女を連れてまいりました」

「お入りなさい」

 中にいる男からの許しを得ると扉を静かに開ける。

 部屋の中には如何いかにも商人風な男が一人、机に向かって何か書かれた紙に目を通している。

 一行が部屋の中に入ると部屋の主は顔を上げ、連れて来られた女達に視線をる。

「おお! 確かに。良くやってくれましたね」

「はは。有難ありがたき幸せ」

「ところで、そちらのお二人は?」

「はっ。この二人は……」

「おっとそれは俺から言わせて貰おうか。俺の名はフェムト。女をさらわせれば右に出る者なしと言われたグオーデ様の一味の者だ。もう既に御承知の事と思うが、一味はとある猛者もさによって壊滅せしめられた。そんな中この俺は、特注品のこの女と」

 クイっとユノを指さす。

「その時調教中だった中で一番のヤツを」

 次にトワを指さす。

「こうして何とか連れて逃げて来たって訳だ」

「ほほう! それはそれは大変でしたねぇ。お陰でこうして再びその女を捕らえる事が出来たのですから、支払いには色を付けさせて頂きましょう」

「おお! 流石旦那! 話が分かるねぇ!」

「それにそちらの銀の髪のお嬢さんも、言うだけの事はある美しさ。私が見て来た中でも一二いちにを争いますね。こちらもそれなりの値で買わせて頂きますが、如何いかがか?」

「そのつもりで連れて来てるんだ、良い値を付けてくれよ?」

「少し見せて頂いても?」

「おう。しっかり品定めしてくれ」

 フェムトはトワの背を押し奴隷商人の前へと送り出す。

 奴隷商人はトワに顔を近付け全身をくまなくチェックして行く。と同時に要所要所に触れ感触や感度を確かめて行く。

 奴隷商人が敏感な部位に触れる度にピクンとトワが反応する。

 一頻ひとしきり反応を確かめると最後に服をまくり上げ下腹部の呪印を確認する。そこには破壊され消えたはずの呪印が施されていた。

「良いですね。ええ。とても素晴らしい! ところでこちらのお嬢さんはまだ生娘きむすめですかな?」

 夫が居たと言っていたし生娘な訳ねーなとフェムトは考えていたが、自身が返事をせずにトワに答えさせる事にする。

「どうなんだ? 答えて差し上げろ」

「はい……。まだで御座います」

 おいおいこいつ、しれっと嘘吐きやがるなとフェムトは内心でツッコむに留める。

「ほうほう。それは結構。初物がお好きな方は多いですからね」

 呪印の力が働いていれば嘘は吐けないと知っているからか、奴隷商人が確認させろとは言って来なくて内心ホッと胸を撫で下ろすフェムト。

「そうですね…………二人合わせて百塊金ひゃっかいきん、で如何でしょうか?」

「ひゃっ…………!?」

 奴隷商人が提示して来た金額に、フェムトは思わず絶句してしまう。

 ユノは大人しくしながらもこの醜悪な取引に対し湧き上がる嫌悪の感情を抑えるのに必死であった。

 一方、本命のユノとセットで買取られる予定のトワはと言うと、

「いやいや、それではちと安すぎじゃろう」

 と落ち着いた声で奴隷商人に買取価格の値上げを要求していた。

「一人に付き百塊金。合わせて二百塊金でどうじゃ?」

 それまで只の見目美しい奴隷としてしか見ていなかった少女が、突如そんな事を言い出したのに奴隷商人達は虚を突かれる。

 虚を突かれたのは何も奴隷商人達だけではない。フェムトとユノもだった。

(ちょっ! トワ様! 何を値上げしているのですかっ!? 本気で自分達を売る気ですか!?)

(突然普通に喋り出すんじゃねぇ! 俺の完璧な段取りが台無しになるだろうが!)

 こんな状況でなければ二人して直ぐにでもツッコミを入れたい所であったが、そんな事をすれば不信感を抱かせるなんて段階はとうに通り過ぎてしまう事は明白である。ここはグッとこらえるしかなかった。

 そんな二人の心の声が聞こえたのか、トワは更に続ける。

「おっとすまんのう。つい本音が出てしもうた。うむ。さっ、もう大人しくして居るゆえ、続けるがよいのじゃ」

 そう言うとトワは先程までの様にスンと大人しくする。

(おいおい、まさかそれで誤魔化せてると思ってんじゃねーだろうな……)

 フェムトは背中を伝う嫌な汗を感じながら何とか誤魔化しに掛かる。

「すみやせんねぇ。こいつ元は高貴な出らしく口が悪いのがたまきずでして。それとウチのは身内の命令しか聞かない様に調整されてるらしくてね、命令してない事は割と自由にさせてるもので、失礼いたしやした」

「はは。そうですか。いえいえ、構いませんよ。商品の方から値上げを要求されたのは初めてだったので、少々驚かされただけです」

 奴隷商人の言葉は笑いを含んだ愛想の良いものであったが、フェムトからは目が笑って居ない様に見えていた。

「ふむ……。そうですねぇ……、貴重な体験に感謝の意を込めて、御希望通り倍の二百塊金と致しましょう」

「まじかっ!?」

「ええ。商売に関して嘘は申しません。それでよろしければ直ぐに手配致しましょう」

「ああ。宜しく頼む」

「では少々お待ち下さい。お金を用意してまいります」

 そう言うと奴隷商人は部屋の奥の扉へと消えて行く。

 さほど待つ事無く戻って来た奴隷商人は、ずっしりとした重みを感じさせる丈夫な箱を抱えた男を一人伴って居た。

 箱を机の上に置くと蓋を開けて見せる。中には一塊金がとおで一束にされている物が、二〇束納められているのが見て取れる。

「確かに」

 フェムトが金を確認した事を伝える。

 それを聞くと再び箱の蓋を閉じ厳重に鍵を掛け、その鍵をフェムトに手渡す。箱はまだ机の上だ。フェムトもまだそれには手を掛けない。

「では次に呪印の書き換えを行います。付いて来て下さい」

 呪印の書き換えが済めば奴隷の引き渡しは完了となり、晴れて二百塊金という大金がフェムトの物となる。

 奴隷商人に案内されるまま付いて行くと、床に大きな魔法陣が描かれた部屋へ着く。

「へえ。こりゃあウチのより大分大きな代物だな」

「私共のは他のと違い少し特殊ですので。奴隷を買いに来られるお客様方はこの様な魔法陣はお持ちではない。ですので、ある手順を踏む事で呪印による支配権を譲渡する事が出来る様になっておるのですよ」

「これを描いたのはお主か?」

 ここでまたトワが口を開く。奴隷商人は今度は大して気にする事なくトワの質問に答える。

「ははは。まさか。私の様な一介の商人にこの様な魔法陣をえがく事は出来ませんよ。これはるお方が私の希望に合わせて用意して下さった物です」

「なるほどのう。良い事を聞かせてもらった。感謝するぞ」

「はっはっ。実に面白いお嬢さんだ。これからどんな奴隷になって行くのか、実に楽しみですよ。それでは……」

「それでは、儂から行こうかの」

 トワはユノが何か言う前に率先そっせんして魔法陣の中心に立つ。

 奴隷商人が「おん」と唱えると指輪が一つ輝き出し、次に魔法陣が光を放ち起動する。

 魔法陣の光は中心に立つユノの体を包み込み、一点へと集中して行く。光はユノの下腹部へと集まると、そこにあった呪印を打ち消し新たな印を刻んで行く。

 その様子をトワはじっと観察していた。

 ユノとフェムトはトワがこの呪印を消す事が出来るのを知っているので、特に心配する様子は見せていない。

 トワに呪印を刻み終えると、役目を終えたとばかりに魔法陣の光は消え失せる。

「では次は……」

「いや、その必要はない」

 呪印など物ともしないトワが奴隷商人の言葉をさえぎる。

「一応念の為に呪印を受けて見たが、確かに本物じゃったな。儂としてはお主かその手下辺りにコレを扱える者がおるのではと踏んでいたのじゃが、当てが外れてしもうた。と言う訳でじゃ、お主にはもう用はないゆえ、そろそろこの茶番も終わりにしようかのう」

「何を言っているのです? 呪印を刻まれたあなたはもう私の所有物です。逆らう事など出来ませんよ」

「ククク。この様な物で儂を操れると思えるとは、物を知らんというのはある意味幸せな事じゃな」

 あざけりを含んだトワの言葉に奴隷商人は怒りをあらわにする。

「黙りなさい!」

「いいや、黙らんよ」

 そう言って、トワは自身が呪印の支配下に無い事を奴隷商人に証明して見せる。

「そんな莫迦ばかな……。確かに呪印は刻まれた筈! この呪印は誰にも解く事など出来ない! それが例え神や悪魔であったとしてもです!」

 取り乱す奴隷商人にトワは至極冷静に答える。

「ほう。良く知っておるな。お主の言う通り、この呪印は神や悪魔の力を持ってしても解く事はかなうまい。じゃが残念な事に儂には通用せんのじゃな」

 トワがじりっと一歩踏み出すと、「ひぃっ!」と奴隷商人は小さく悲鳴を上げて壁際まで後退あとじさる。

「くっ……お前達! その小娘を取り押さえるのです! 早く!」

 奴隷商人は手下達にげきを飛ばす。

 成り行きを見守っていた手下達は奴隷商人の言葉を受けて素早くトワに襲い掛かろうとするが、もうこれは大人しくしている必要はないだろうと判断したユノによって瞬く間に沈められていく。

「なっ……莫迦な莫迦な莫迦な……っ! 何故そ奴までっ! くそっ一体何がどうなっているのです!?」

「はは。悪いな。実はそう言う事なんだ」

 ちっとも悪いと思ってないフェムトが形ばかりの謝罪をして奴隷商人を苛立たせる。

「どうやったかは分かりませんが、どうやらそう言う事の様ですね。こうなっては信じざるを得ません。仕方ありません……先生! お願いします!」

 そう奴隷商人が大声で呼ぶと何処どこから現れたのか、細身で長身の男が奴隷商人を背にかばう様に立っていた。

 ユノとフェムトにはその男がどこからどうやってそこに現れたのか、何一つ見えていなかったが、トワの顔には驚いた様子はない。トワにはその男の動きが見えていた様である。

「呼ぶのが遅かったなフテリ殿。退屈で寝てしまう所だったぞ?」

「すみませんなヒラキ殿。あなたのお力を借りなければならない様な事態は避けたかったのですが……」

「つまらん事を。折角雇った用心棒だ、金をドブに捨てずに済んで良かったではないか」

「安心の為に支払う対価を無駄と考えては居りませんでな」

「まあそれがしとしては面白そうな相手とれる様で何よりだ」

 ヒラキという用心棒が現れた事で落ち着きを取り戻した奴隷商人フテリ。それだけこのヒラキという名の用心棒に信を置いているのだろう。

「フテリだとおおおお!?」

「ヒラキ……もしや『光剣こうけんのヒラキ』かっ!?」

 フェムトとユノが同時に違った驚きを見せる。

「「誰だ(よ)」」

 互いが互いの言葉にツッコむ息の良さである。

「はあああああ? ばっかお前ばっか! フテリの名を知らねぇとかお前モグリかっ!?」

「誰が馬鹿かっ! それに私は余所者よそものだ! 街の事に詳しくなくて当然だろうが!」

「そりゃそうだ! フテリって言やあこのアクダイの街で一番の大店おおだなあるじの名前だ! まさかこんな所で奴隷商までやってるとはな! 俺もあやかりたいもんだぜ。ところでさっきお前の言ってた『光剣こうけんのなんちゃら』ってのは誰だよ?」

「人の事を馬鹿にしておいて『光剣こうけんのヒラキ』も知らんとはな!」

「済まぬ。儂も知らんのじゃが……」

「トワ様は良いのです!」

「おおう。そうか……」

「光の如き太刀捌たちさばきとうたわれる伝説の剣士。それが『光剣こうけんのヒラキ』!」

「なんだそりゃ。剣でも光らせて目つぶしでもすんのか? 中々やるじゃねぇか」

「そんな姑息な剣技が伝説になるかこの弩阿呆どあほうめ! 光の様な速さで剣を振るって来るに決まっているだろ!」

「ほう。それは中々凄いのう。──ところでじゃが、先程からそのヒラキとやらが待ちくたびれておるようじゃが? あとフテリとやらも何処かに逃げて行ったぞ」

 トワにそう指摘されユノがフェムトから視線を外すと、確かにそこにフテリの姿はなく、抜身の刀を地面に刺して体を預けながら退屈そうにこちらの様子をうかがうヒラキだけがこの場に残っていた。

「貴様のせいであのクソ商人に逃げられたではないか!」

「ハア? てめぇが馬鹿みてぇにベラベラ喋くってるから逃げられるんだろうが! おつむも足りなきゃ注意力も足りねぇ様だな!」

「言ったな! ずは貴様からなます切りにしてやるっ!」

「言ったさ! おうおう! 出来るもんならやってみやがれってんだ!」

 何時いつまでも互いをののしり合って収集が付かなくなって来たので、トワはベシベシと鞘に納めたままの刀で二人を黙らせる。

 頭を押さえてうずくまるユノと意識を失い昏倒こんとうするフェムト。鍛え方の差が如実にょじつに出た結果であろう。

「おや? もうよろしいので?」

「うむ。待たせたな」

「こちらとしてはフテリ殿が逃げる時間を稼げるので、もっと続けて貰っても結構なのですがね」

「逃げる時間を稼ぐだなどと、心にもない事を」

「いやいや、そうでもない。いつ何時なんどきも用心はしておくもの。今は用心棒として雇われておる以上、最優先は雇い主の安全。近くにられては存分に力を発揮できぬのでな」

「ほれみい。全くもって負ける気などないではないか」

「負ける積りで戦う愚か者ではないのでな。ではそろそろ参るとしようか!」

 ヒラキが刀を構え戦闘態勢に入り、トワがそれに応じようとするのをユノがさえぎる。

「トワ様に剣を向けるなど言語道断! この不届き者め! どうしてもトワ様と剣をまじえたければ、まずはこの私を倒してからにするんだな!」

 スラリと聖剣『鏖丸みなごろしまる』を抜き放ち、ピタリと構える。とても先程までトワに頭を小突かれ、うずくまってうんうんうなってた人物とは思えない立居たちい振舞ふるまいである。

「良いでしょう。前座程度はこなして貰おうか!」

「はあああああああああああ!!」

 ユノは気勢を上げるとヒラキが動く前に、一気呵成いっきかせいに畳み掛ける。

「あれ……? 儂の出番は……?」

 そうつぶやくトワの声は誰にも届いていなかった。

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