第二幕 其ノ二

「こちらのお部屋など如何いかがでしょうか」

 通された部屋は庭園をのぞむ二十畳程の部屋と、十畳程の寝室。専用の露天風呂などもしつらえてある贅沢な物である。

 ユノは見事な庭園やおもむき深い内装に目を奪われている。

 一方のフェムトは、如何いかにも高そうな調度品の数々から目が離せない様だ。

 そんな二人を後目しりめに、トワは案内をしてくれた男と二言三言言葉を交わし、そでの下からそっと包みを渡す。

 男は丁寧なお辞儀の後、静かにその場を辞して行った。

「これは……実に見事な部屋ですね!」

「少しくらい貰って行っても良いんじゃねぇか」

「良い訳なかろ。阿呆な事言っておらんと折角のお高い宿じゃ、楽しまんとな」

「それです! 自分の分くらい自分で出します!」

 その言葉にトワは指を一本立てる。

一片金いっぺんきん──1片金=100塊銀かいぎん──じゃが、持っておるのか?」

「うっ…………」

「ハア? 一片金だぁ? おまっ! ばっっっっかじゃねぇのか!」

「一人頭で割ってじゃよ? 袖の下も合わせると──」

 トワは指を四本立てて見せる。

「ふぅ…………」

 余りの額に意識が遠のくユノ。

「よよよよよよ……四片金だああああああああ? 宿に一泊で四片金とか、お前頭沸いてんじゃねぇのか? 正気か? 俺は正気じゃいられねぇわ!」

「儂が全部払っておるのじゃから気にせんでも良かろうに」

「無駄遣いすんじゃねぇって言ってんだ! こんな使い方してたらあっという間に素寒貧すかんぴんになっちまうぞ!」

「そしたらまた稼げば良かろう。銭など使わない方が無駄じゃ」

 可笑おかしな事を言う奴じゃなとトワは笑う。

「カーッ! 銭がなくっちゃぁいざってぇときどうするってぇんだよ!」

「いざという時頼りになるのは」

 誰の目にも映らぬ速さで抜かれた刀が、フェムトの眼前に突き付けられる。

「銭ではなく、おのが力のみじゃ。銭では命は守れんぞ?」

 そう言うと手品の様に刀が消え、元の鞘に納まっている。

 二人が考える「いざという時」には大きな隔たりがある様だった。


 その後も色々と悶着もんちゃくがありつつも、トワは特に気にした様子もなくフェムトを伴って付属の露天風呂へ。二人きりにする訳にはと、見張りの様に立っていたユノを引ん剥き、風呂へ強制ダイブさせる。

「極楽極楽」

 惜しげもなくその裸身を晒すトワと、対照的に何とかフェムトの視線から肌を隠そうとするユノ。二人の美少女に挟まれ眼福であるはずのフェムトは、トワに裸をマジマジと観察されていて余り楽しめていなかった。

 風呂の後はそれはそれは豪勢な食事を済ませ、これもまた当然の様にフェムトをとこに連れ込むトワ。

 トワに手招きされ、ユノは最早観念したのか大人しく同衾どうきんする。

 トワはフェムトの胸に顔を埋める様にしてギュッと抱き着くと、そのままフェムトを抱き枕にして寝てしまう。何とも満足気な顔をしていた。

 フェムトがその無防備なトワの体を「色々と」堪能たんのうしようと手を伸ばすと、トワを挟んで反対側で横になっているユノに思い切りつねられてしまう。

「痛てぇ!」

「ふん。不埒ふらちな真似をしようとするからだ」

「ハァ? 不埒な真似だぁ? これは役得って言うんだよ脳筋女!」

「なっ!? 誰が脳筋女だ! 貴様の空瓢箪からびょうたんの様な頭よりはましだ!」

「ハアーーー!? 言いやがったなてめぇ! もう容赦しねぇぞ! ありとあらゆる卑怯な手でヒィヒィかせてやる!」

「やれるものならやってみろ!」

 二人が完全に起き上がってドタバタと暴れ始める。

 放り出されたトワがむくりと起き上がる。

「静かにせんかっ!!」

 一喝すると同時に、有無も言わさず二人に一撃喰らわせ昏倒させてしまう。

「こ奴らは黙って寝る事も出来んのか……ふぁ~ぁ……むにゅ」

 倒れた二人を手早く元の位置に戻し、自分もまたフェムトを抱き枕にして眠りにくのだった。


 翌朝。

 宿を後にした三人はアクダイの繁華街をブラブラ散策していた。

 広いみちを挟んで多くの商店がのきつらね、人々がにぎやかに行きっている。人々の表情は明るく、商売人たちの景気の良い声が街の雰囲気を明るくしている。

 領主の施政しせいすぐれている証左しょうさであろう。

 一本二本外れた路地までも整備されており、浮浪者などの姿は見受けられない。治安も良さそうである。

 道行みちゆく町人達に街の事や領主についてたずねて見ても、評価はおおむね好評であった。

 領主が若かった頃は、古い遺跡探索や古書の蒐集しゅうしゅうに熱中していて、時折領地をからフラっと離れる事なども有った様だが、ここ五年程前からはそんな事もなくなったのだとか。

 民には贅沢ぜいたくをさせ、自らは質素倹約につとめており、唯一の趣味と言えるのは今も続けている古書の蒐集くらいの物らしい。良い物が手に入ると領主に献上けんじょうしている古書店の店主のげんである。

 そんな調子で昼時まで街中をウロウロし、お腹が空いて来たので近くの飯屋へと入る。

「で? 何が楽しくてこんな引っ張り回してくれたんだ? あ?」

「昨日は小遣い稼ぎで忙しくてのう。街を回れなんだのでな。ただの観光じゃ」

「んなもん一人で行けっつーの。……あーっ! 疲れた……。俺はもう歩かねぇからな!」

「そうか……仕方ないのう」

 少し寂し気な表情を浮かべるトワ。

 知った事かと意にも介さないフェムト。

 フェムトを置き去りに出来るかもと、嬉しそうなユノ。

「そうじゃ! 儂がおぶって……」

「ヤメロ!」

「止めて下さい!」

「おおう……そんなに嫌かの?」

「そんな事されるくらいなら、市中しちゅう引き回しの刑の方が何倍もマシだ! 俺を天下の笑い者にでもする気か!」

「こんな奴など首に縄でも付けて引きずり回してやれば良いのです」

「何だとてめぇ!」

「ヤル気ですか? 良いでしょう! 掛かって来くるがいい!」

「二人とも静かにせんか。ここは飯を食う所じゃ。暴れたいなら飯を食った後にせい」

「チッ!」

「フン!」

 トワに水を差され、渋々上げた腰を下ろす。

「フェムトが疲れたと言うのなら仕方がない。今日は一日観光についやす予定じゃったが、少し予定を前倒しするとしよう。お主達も少々暴れたい様じゃしの」

「予定って何だよ?」

「まだ秘密じゃ」

「へっ。勿体もったいぶってんじゃねぇよ」

 そうこうしていると卓に料理が運ばれて来たので、トワは手を合わせ、ユノは略式の祈りを捧げ、フェムトはさっさとパク付き始めていた。

 一頻ひとしきり料理を食べ終え腹が満たされると心も満たされた様で、フェムトが今更ながらに聞いて来る。

「そういやお前、俺が気に入ったとか言ってたが……自分で言うのも何だが、俺の何がそんな気に入ったんだよ」

「あ! それは私も気になります!」

 ハイハーイと手を挙げて主張するユノ。

「ん? 言っておらんかったか。似ておるのじゃよ。儂の初めての夫にの」

 サラッと見た目十代前半の少女なトワがそんな事を言う。

「は?」「へ?」

 予想外の答えに二人して間抜けな顔になっておるなぁ等と、しょうもない感想がトワの脳裏をよぎる。

「お前結婚してた──」

何処どこが似てるんですかっ!? 今直ぐ似ても似つかぬ姿に変えてやりますよ!」

 フェムトの言葉をさえぎってユノがトワを問い詰める。

「ちょっ! おい! おれ──」

「顔ですか!」

「顔は似ておらんのう。もっと賢そうな顔じゃったからのう」

「背格好ですか!」

「似ても似つかんのう。もっと背が高くて引き締まっておったのう」

「ではもしや……性格ですか!」

「こんな小悪党ではなかったのう。真面目でいさかいを好まぬ男じゃったよ」

「じゃあ何にも似てないじゃないですか!」

「じゃがそれが不思議と瓜二つなんじゃよ。魂の形がのう」

「魂……ですか……?」

「茶屋で一目見た瞬間分かってしもうたよ。こ奴はあのお方の生まれ変わりに違いないと」

「それは見て分かる物なのでしょうか」

「カッカッ。お主達には分からんかもしれんが儂にはよう見えとるからのう。一目瞭然じゃ」

「同じ魂の形、生まれ変わりなのはこの際良しとしましょう。私では正誤の判断が付きませんので。ですが、今のこ奴は只の屑。目を掛けてやる値打ちはないかと思いますが」

「儂にとってはその程度の事、些事さじに過ぎんよ。あのお方は儂にとって絶対じゃからの。じゃが、確かに今のこ奴では物足りんのも事実じゃ」

「でしたら!」

「じゃからお主にこ奴を鍛えて貰おうかと思っておる」

「「はああああああああああああ!?」」

 二人の絶叫が見事にハモる。

「ビシバシしごいてやってくれ」

「トワ様に頼まれては致し方ない。貴様のその腐った性根を叩き直してやる!」

「大きなお世話だっ! っておい! 俺の話も聞け!」

「貴様の話にく時間など、縁側えんがわで雲を眺めている時間より無駄だ」

 縁側で流れる雲を見ているのも案外好きなトワが、「無駄扱いされてしもうた……」とショックを受けていたが、その言葉を発したユノは気付いていなかった。

「誰の話が無駄だっ! お前ぇもちったぁ興味のある話だろうさ! 黙って聞けってんだ!」

「儂は聞きたいぞ?」

「トワ様がそうおっしゃるなら。おい、さっさと話せ。聞いてやる」

 フェムトはユノの態度にチッと舌打ちをしながらも、これでやっとさっき言いかけた事が聞けると自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。

「お前結婚してたのか?」

「うむ。初めての夫にとついだのはもう何時いつの事じゃったかの。何せ昔過ぎての。それから何回か結婚したが、今は相手は居らん。次の夫候補はお主じゃがな」

「んん? 初めてが遥か昔で、その後何回も結婚してるって……お前、そんななりで年は幾つなんだよ?」

「それなんじゃがなぁ……千を超えた頃から面倒になって数えておらん」

「「千……」」

「むかーし同じ様に年を聞かれての、一度調べてみて貰った事があったのじゃが、『判然とはしなかったが、少なくとも万の単位では足りない』とか言っておったな」

「「……万……以上だと……」」

「その時より近い時代の時には、『億年以上は間違いなさそうですね』とか言うておったわ。クックックッ」

 嘘か真か分からぬ話を楽し気に話すトワ。とても年齢の話とは思えない単位に、二人はホラ吹きすぎだろと思いつつも、こいつ(このお方)ならあり得るかもしれないと思わせる何かがトワにはあった。

「じゃーなにか、お前は不老不死の仙人様か何かってぇ事か?」

「ん? いや儂は普通の人間じゃよ。見れば分かろう。こんなカワユイ仙人など見た事あるか? あやつら爺婆か若作りばかりじゃからのう」

「そもそも仙人自体見た事ねーよ!」

 そもそも仙人自体見た事ねーよと言いそうになったのをグッと我慢するフェムト。

「そうか。見た事なかったか。まだ探せば何処かにるかもしれんし、見て見たければ探し出して連れて行ってやるのじゃ」

 そうトワに言われて、フェムトは全然我慢出来てなかった事に気付く。

「不老不死と言うのもちと違うのじゃが、まあ結果的には同じようなものであるし、そう言うても大きく間違っておるわけでもない、かのう」

「結局どういう事だよ?」

「不老不死という扱いでいじゃろうという事じゃ」

「普通の人間は百年と経たず死ぬんだが?」

「そこはちと昔色々あってのう。ちなみにじゃが、儂の子や孫は普通に年を取って死んでいったぞ?」

「コブ付きかよ」

「それも昔の話じゃ。今儂の系譜で生きておる者はるまいよ。寂しい事じゃがな」

 トワはヨヨヨと涙をぬぐう振りをしながら、チラリとフェムトの様子を窺ってみるが特に同情を誘えたりはしなかった様だ。ユノの方は滂沱ぼうだの涙を流していたが。

 フェムトに変化がないと見て、トワは泣き真似を直ぐに止めてしまう。

「何か優しい言葉の一つでもあるかと思うたが、残念じゃ」

「演技がバレバレなんだよ。まあ演技じゃなかったとしても俺の反応は変わらんがな!」

 とそこで、ユノが割って入る。

「トワ様。もし差しつかえなければ何処でどうやってその様なお力を得られたのかお聞きしても?」

「ああ。別に構わぬよ」

 トワは鷹揚おうよううなずき、ユノの質問に答えてやる。

「そうじゃのう……何処から話したものか……。ふむ。お主等、神族と魔族は知っておるの?」

「はい」「見た事はねぇがな」

 二人それぞれの返事が来る。

「奴等の事、どの程度の脅威だと感じてる?」

「そうですね……世界の命運を左右するくらいには」

「まっ、そんな感じだ……」

 真面目に答えるユノと、明らか知ったかぶりしてるだけのフェムト。

「まあそんな所じゃろうな。そも神族と魔族とは、それより遥か昔に存在してった神と悪魔、それらと人との混血児達の一族じゃな。元の神と悪魔達の強さは……そうじゃのう、神族と魔族の王でやっと一番の雑魚と『戦いになる』と言った所じゃな」

「なっ……!?」

「そんなバケモンが居んのかよ」

「ん? いやもうらんよ。儂がみな、殺したからのう」

 朝にご飯を食べましたよ位の気軽さで言いのけるトワ。トワにとっては正に朝飯前の事ではあったのだが。

 開いた口が塞がらない二人を余所よそに、トワの話は続く。

「その神と悪魔も元を辿れば、所謂いわゆるところの人じゃった。儂と同じ、な。儂らは神や悪魔が栄えるより更にはるか太古、『原初の混沌』と呼ばれる存在にお仕えする巫女じゃったのじゃよ。その中で儂は『時』を管理する『原初の混沌』にお仕えしてったのじゃが、そうそうに飽きて仕舞われてな、『全て』を儂に押し付けて何処かに行ってしまわれたのじゃ」

 全くもって無責任な話じゃと軽く愚痴ぐちこぼす。

「そうして『原初の混沌』の力を得てしまったのじゃが、まあその後色々あって、他の『原初の混沌』や儂と同じ様な巫女と戦う羽目になり、その全てをくだして今の儂がある、とまあそう言う事じゃな。そしてその時の戦いに参加する力すら無かった巫女達が、後に神や悪魔になったのじゃ」

 相当に端折はしょりながらも大まかな流れは説明できたじゃろうと、やり切った感をただよわせるトワは、次は二人の事を聞く番じゃと口を開く。

「まあ儂の事はもういじゃろ。本格的に話し出すとお主等の寿命が尽きてしまうでな。今度はお主達の話を……」

 聞かせんかと続けようとした所で、トワの言葉はさえぎられる。

「居たぞ! こっちだ!」

 店の入り口からこちらを見て、一人の男が声を上げる。

 その声を聞き付けて仲間とおぼしき者たちが、駆けつけるなりトワ達の傍へ近付いて来ると、リーダー格の男が周囲を一瞥いちべつしトワ達に声を掛ける。

「ここは場所が悪いな。大人しく付いて来て貰おうか」

「でえとのお誘いにしては物々しいのう。断ると言うたら?」

「強がらん方が身のためだ。俺達が用があるのはそこの金髪の女だけだ。黙って差し出せば見逃してやる」

 どうやら自分の追手だと悟ったユノは、気を引き締め男達を問答無用で叩き伏せようと剣に手を掛けた所で、そっと男達に気付かれない様にトワによって抑えられる。

「確かにここじゃあ周りのお客さん方に迷惑だ! 場所を変えてゆっくり話そう!」

 殊更ことさら大袈裟おおげさな身振りをまじえてフェムトが他の客にも良く聞こえる様に大きな声で言う。

「行くぞてめぇら!」

「はい」

 フェムトの命令を受け大人しく立ち上がるトワ。

 トワは目配せでユノに従うよううながす。

 渋々ながらユノも「はい」とフェムトに返事をして立ち上がる。

 その様子を見た男達には思い当たるふしがあった。

「もしやおぇさんは……?」

「へい。グオーデ様の所の生き残りでさぁ」

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