第一幕 其ノ三

「最後の余興よきょうとしては、まぁこんなもんじゃろう」

 一瞬にしてかしらの首を素手で刈り取り盾にして見せたトワは、もう用無しとばかりに頭の首をポイと打ち捨てる。

 絶対隷属の奴隷紋を刻まれたはずのトワは、何事もなかったかの様に部屋に積まれている財宝を頂戴して行く。財宝を回収し終えたトワは紋様を一瞥いちべつ

「ふうむ。好みの紋様ではないし消しておくかの」

 手を紋様にかざすと、何をしたのかあっさりと紋様が消失する。

 トワは裸のまま、脱いだ服と刀を手に持って他の部屋も見て回る。

 残っていた盗賊達を見つける度に斬捨てながら物色して行き、出荷前の女達をついでに助けておく。一通り物色し終わった所で、最後に女剣士がとらわれている牢へと向かう。

 女剣士の奴隷紋も消した所で声を掛ける。

「これ、そろそろ起きんか」

「ん…………っ」

 トワに軽く頬を叩かれ意識を取り戻す女剣士。

「…………っ! あなたはっ!? ここは危ない! 早く逃げるんだっ!」

 囚われの自身の身より、目の前の少女の心配をする。女剣士はそう言う少女であった。

「安心せい。ここにおった賊共はみな儂が始末しておいたのじゃ。ここで生きている人間は、今は儂とお主だけじゃ」

「……!? 本当かっ!? それは良かった。私はもう奴隷に落ちてしまったが、あなたは無事なんだな」

「その事なんじゃが、お主と会話するのに邪魔じゃったから、お主に付けられておった紋は消しておいたぞ」

「!? ……そうか……ありがとう。有難う」

 心から嬉しそうに涙を流す女剣士。

 受けた凌辱の記憶は消せないが、人としての尊厳は取り戻せた。今はそれで良しとする他ない。自分と同じような目にあう者、あっている者を無くすべくこれからも剣を振るって行こうと少女は心に誓う。

 勇者である少女は決して折れる事なき強き心の持ち主であった。

「私の名はユノ・スルーズ。旅の剣士です。良ければ恩人であるあなたの名前をお教えください」

「ん? 儂の名前か……そうじゃな、トワ……と。そう呼んでおくれ。本名は今の文明じだいにはちとそぐわぬでの」

「トワ様……ですね。承知致しました」

「硬い硬い。様も要らぬ」

「恩人にそういう訳には参りませぬ。トワ様には命以上の物を救って頂きましたゆえ」

「ええい、全くお主の様な奴はいつの文明じだいでも儂の言う事を聞かぬな! まあ良い好きにするが良い。それより、お主いつまでその恰好でいる積りじゃ?」

 トワに指摘され、ユノは自身が一糸纏わぬ姿のままだった事を思い出す。慌てて服を探すも、女物の服などあろうはずもない。

 ユノがいよいよ、盗賊の死体から服をぎ取ろうかどうしようか悩んでいると、トワがアジトを荒らし回ってゲットしていた物の中から、女剣士の物とおぼしき装備一式を渡してやる。

「ああ……まさしく私の物! 重ね重ね感謝の極み! 特にこの聖剣『鏖丸みなごろしまる』は先祖伝来の家宝なのです! 本当にありがとうございます!」

 装備一式を受け取りユノは感激の余りまた泣きそうになる。いそいそと装備を整え聖剣『鏖丸』を腰に下げる。

 体は汚れたままだが、これで取り敢えず恰好は付く。外も出歩ける。

「お主、今何ぞおかしな事を言わんかったか? 聖剣?」

 何か見た事ある剣じゃのうと、トワはじーっとユノが聖剣と呼ぶ剣を見つめる。

 ユノはトワが聖剣に興味があるようだと気付き、トワの前に差し出す。

「はい。聖剣で御座います。『鏖丸』という銘と共に当家に代々受け継がれて参りました。何でも千年前の魔王軍との戦争で、伝説の救世ぐぜの勇者がたずえていた剣だと伝え聞いております」

 それを聞いて記憶の点と点が結ばれ、一本の線となる。

(あ~~~! 儂が神族と魔族のクソガキ共を皆殺しにしてやった時使っておった剣じゃ! そうじゃそうじゃ! 思い出したわ! そこらで拾った剣を使い捨てて最後に持っておったのがこんな剣じゃった!)

 そんなトワの様子をジッと見つめるユノ。

(それにしても何じゃあ『鏖丸』って! 誰じゃそんなふざけた名前を付けよったのは……って儂じゃ! ああああああ! 今になって言われると猛烈に恥ずかしいのじゃ! 余所よそ様に渡す剣になんちゅうテキトウな名前を付けとるんじゃ。くうぅ、千年前の儂をくびり殺してくれようかっ! これがアレじゃな、先々文明むかしに聞いた黒歴史という奴か……)

「この『鏖丸』に何か御座いましたでしょうか?」

 その名を聞く度に顔を赤くして身悶みもだえしているトワが可愛くて、ついつい何度も尋ねてしまうユノだった。


「ところでトワ様……」

「ハァハァハァハァ……何じゃ?」

「その…………いつまでそのお姿で?」

「ん? おお。い。誰に見られた所で気にせんよ」

 トワは盗賊の頭の命令で服を脱がされた時のまま、ずっと全裸である。服は手に持ったままだ。何故着ないのか? トワにとって服など着ても着て居なくても大した違いはないと思っているからだ。

「お主は絵や文字に裸を見られて恥ずかしいと思うかの?」

「…………? いえ。そんな事はありませんが……」

「そう言う事じゃ」

 トワの言わんとしている事が良く分からないユノだったので、返事が「はあ……」と生返事になってしまうのも致し方なかった。

「さて、儂はボチボチ宿へ戻るが、お主はどうするのじゃ?」

「それですが……」

 もし良ければとユノが言葉を続けようとしたタイミングで、バターンと勢い良く地下への戸を開けて飛び込んで来る男が一人。

 その男を見るや否やユノが目にもまらぬ速さで斬り掛かっていた。

 飛び込んで来た男は、茶屋で店主をしていた盗賊の男、フェムトである。

 彼我ひがの距離は牢屋の格子を挟み、更に十歩以上。

 しかしその間を埋めるのに要した時間はわずかに刹那せつな

 電光石火を文字通り体現する様な動きに、フェムトは自分が今正に死の淵に居る事に気付かない。

 僅かの逡巡しゅんじゅん躊躇ためらいもなく繰り出されたユノの剣戟けんげきは、しかしフェムトの命を奪う事は無かった。

「これこれ。儂はこ奴に用があるのじゃ。勝手に殺してくれるな」

 いつの間に移動したのか、そしていつの間に着たのか……。

 全裸でなくなったトワが、フェムトの首をね飛ばさんとしていた剣を、親指と人差し指、二本の指でいとも簡単そうに挟んで止めていた。

「「 !? 」」

 ユノはトワの尋常ならざる身のこなしと技量に驚嘆きょうたんし、

 フェムトは突如現れた二人の美少女と、今にも首を断ち切られそうな位置で静止している剣に腰を抜かしそうな程ビビりまくっていた。

「なななななな…………」

「……止めないで下さい! こいつだけは!」

 何か言わんとするフェムトをさえぎりユノがえる。

 剣を握る手に力が篭り、刃が僅かに進む。剣身がフェムトの首に触れ、じわりと朱を滲ませる。

「ヒィッ!!」

 見ずとも分かる金属の冷たさに、フェムトの背筋は凍り付く。

「儂はこ奴に用があると、そう言ったはずじゃが? 三度はないぞ?」

 トワはフェムトの首に突き付けられた聖剣を、つまんだ二本の指でヒョイとユノの手から取り上げてしまう。剣が首から離れ安堵あんどしたのか、足に力が入らなくなりフェムトが地べたに座り込む。剣を突き付けていた当のユノは、まさかの事態に目を白黒させている。

「ええええ! え? だって今私、かなり力入れて握ってましたよ!? ええ? 何で? え? どういう事です?」

 余りの驚きにフェムトの事も頭から吹っ飛んでしまっている。

「内緒じゃ。それよりも、こ奴を殺す事は許さん。よいな?」

「…………むぅ。トワ様がそこまで仰るのでしたら…………今は諦めましょう」

「まあ今の所はそれで良しとしておこうかの」

 不承不承ふしょうぶしょうトワに従う事にしたユノに、取り上げた聖剣を返す。

 ユノは渡された聖剣を大人しく鞘へと仕舞う。斬り掛る積りは無いというアピールだ。

 実際の所、トワさえ邪魔しないのであれば抜打ちで一刀両断する事など容易たやすく、何と成れば、剣など使わずともフェムト程度の男を殺す事など、ユノにとっては赤子の手をひねるが如き行いである。

 そんな自分の意思の及ばぬ所で、自身の生き死にが左右される様子を、ただ恐怖に震えながら見つめるしかない様に見えるフェムト。しかしその実、最初こそ本当に腰を抜かしチビりそうなほどビビっていたが、今の彼は虎視眈々こしたんたんと現状を打破する策を考えていた。

 考えては……いた。

 何も思い付かなかったが。

(いやいやいやいやいや。ムーリムリムリムリムリ。だって俺腕っ節はからっきしですもの! 小賢しく、小狡く立ち回るのが俺の得意分野だっつーの! こんないきなり決定的な状況に放り込まれちゃぁどうしようもねーわ!)

 出来る事と言えば、精々心の中で悪態あくたいを付きつつ美少女二人を下から眺める事くらいだ。

(どっちかで良いから俺のモンにしてぇぜ……)

 大分余裕が出て来たのか、フェムトが美少女二人を眺めてそんな事を考えていると、トワから声を掛けられる。

「帰りに寄ると言うたのに。そんなに早う儂に逢いたかったのかの?」

 勿論フェムトが一服盛ったのも、そして何の目的でここへ急いで来たのかも分かった上で問いかけている。

「へへーっ! どうかどうか命ばかりは!」

 渾身の土下座を決めるフェムトはその実、何とか下着くらい覗いてやろうと機会をうかがっていた。トワはフェムトのその動きに気付いていたが、好きにさせていた。

「安心していぞ。お主の命は儂が保証しよう。何せ儂はお主の事を気に入っておるからの。特にそういう所とかの。じゃからあ奴にも手出しはさせんよ」

 とユノを指さす。

「おおそうじゃ、まだお主の名を聞いておらなんだな」

「フェムトだ。姓はねぇよ」

「フェムトか……。うむ。しかと覚えたぞ」

 フェムトはトワの話など上の空で、トワの下着を覗く事に全神経を集中させて居た。もう少しで見える……と思ったら、ギュムっとトワに足で踏まれた。

「お主は実に馬鹿じゃのう」

 そう言うとトワは、クックックッと小さく笑いを漏らす。

 踏んだ足でそのまま軽くペイっと後ろにフェムトを蹴り飛ばして転がす。

「うわっ! 何しやがるっ!」

「そんな見え透いたやり様では見せてやるわけには行かんのう。見たければもっと精進する事じゃな。自分で言うのもなんじゃが、儂は尽くすたいぷじゃぞ? モノにすればこの世界などお主の思うがままじゃ。精々気張っておくれ。期待しておるぞ」

 そう言ってトワはフェムトの顔を覗き込んだかたと思うと、そのまま唇を奪う。

「お主に一つ呪いを掛けた。儂から一日以上遠くに離れると死ぬ呪いじゃ」

「ハア!? ちょ……てめっ! ふざけんな!」

「そうです! こんな奴は今すぐ殺してしまいましょう!」

「てめぇ! ばか! そんな簡単に人様を殺そうとするんじゃねぇ!」

「貴様に言われたくないわ!」

「へへーん! 俺は生まれてこの方人を殺した事なんかありませーん! ちょっと馬鹿な女を騙して奴隷にしてやってただけですぅー! お前みたいにな!」

「(ギリギリギリギリ……)コロス……」

「おおっと! そんな事していいのかねぇ! 俺の命はこの……」

 フェムトがそう言えば名前を知らないなと気付き視線をやる。

「トワじゃ」

「そう! このトワ様に命を保証されている! てめぇの恩人であるこのお方に逆らおうって言うつもりじゃなかろうなぁ!」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……。トワ様! どうかこの畜生のそっ首叩き落すご許可を!」

「駄目じゃと言うとろうが。こ奴は儂の所有物じゃからの」

「はあ? 誰がてめぇの所有物だ!」

「お主じゃ」

「そんな事聞いてんじゃねぇ!」

「儂がお主のご主人様じゃ」

「そういう事でもねぇ!」

「今まで散々さんざん女子おなごを奴隷にして来たのじゃ、たまには自分が奴隷になってみるのもよかろ」

「全然良くねぇわ!」

「ふむ。しかしお主に掛けた呪いは儂以外には解けん。そして儂は解く気はないのじゃ。どうしても解かせたいというのであれば……」

「おう…………」

「お主が儂をモノにする事じゃな。先程も言うたが、儂は尽くすたいぷじゃからな? 主人の言う事には逆らわぬよ」

「クソがっ!」

「そう悪い条件でもあるまい。お主の命は儂が保証しておる。儂の傍におる限り殺さぬし、殺させぬ。安心して儂の攻略にはげむがいぞ。うむうむ。これで当分退屈せずに済みそうじゃ」

「クソっ! ただのいい玩具おもちゃじゃねぇか……」

 そうは言ったものの、フェムトも内心そう悪い条件じゃないなと考えていた。いやむしろ、良すぎると言って良い。本当ならもうとっくに殺されていておかしくないのだ。このトワという娘は自分の何がそんなに気に入ったのかは分からないが。まあ物は考えようだ、どんな悪さをしてもこいつの傍にいる限り安全だってこった。そう考えるとむしろ今までの盗賊の下っ端生活より良いまであるな。

 悪態をき不満気な態度を取りつつも、早くもちゃっかりそんな事を考えているフェムトである。

「さて、思わぬ形ではあったが用も済んだ事じゃし宿に戻るとするかの」

 付いて来いと、トワはフェムトを促す。

 呪いが嘘か真か。試してみる訳にも行かない以上付いて行くしかない。

 その二人の様子を見てユノが声を上げる。

「わ……私も! お供します!」

 フェムトは露骨に嫌そうな顔をし、トワは少し思案する。

「その男が不埒ふらちな働きをせぬよう見張ります! トワ様はどうもその男に甘い様ですので!」

 ユノはキッとフェムトをにらみ付ける。

 フェムトはそうは言ってもトワの手前、そうそう手出しは出来まいとタカをくくり相手にしない。

 何か思案していたトワが良い事を思い付いたとばかりに楽し気なかおを浮かべる。

「一つ条件があるのじゃが、良いかな?」

「ご許可頂けるのでしたら何でも!」

「ほう……何でもとな? それは結構。お主にはこ奴の手伝いをしてもらおうかの」

「えっ……!?」

「悪事に加担せよとは言わぬ。こ奴が儂を攻略する手伝いをするのじゃ! のるまなぞは設けんが、余りさぼって居る様だと罰としてフェムトに一晩お仕置きさせる事にしようかの」

「そ……それは…………」

 トワから出された条件にユノの意思が揺らぐ。

 思わぬ棚ぼた展開になりそうな予感に、フェムトは興奮を隠しきれない。

 テキトーにのらりくらりさぼってりゃ、あのクソ生意気な金髪の小娘を犯し放題って寸法よ。

「ああそうじゃ、フェムトや。呪いの事じゃが、発動すると地獄すら生温い苦痛の中、体の穴と言う穴から体液を撒き散らし、衰弱し果てるまで意識を絶つ事も許されずもがき苦しみ続ける事になるからの。その後きっちり回収して再すたーとじゃ。あ、あとさぼってるとユノにお仕置きさせるからの」

「おおふ…………」

 脳裏に描いた薔薇色の未来は、あっさりと暗黒の地獄絵図と化してしまった。

 さようなら天国。こんにちは地獄。

 フェムトが己の行く末をはかんで涙していると、ユノが決意を固める。

「…………その条件で構いません。どうかお供させて下さい」

「うむ。そうか。なら好きにするが良いのじゃ」

「はいっ!」

 ユノはトワの言葉に景気の良い返事したかと思えば、キッとフェムトを睨み付ける。

「貴様の様な不逞ふていやからをトワ様と二人きりにする訳には行かんからな!」

「へいへい。もう好きにしてくれ……」

 暗鬱あんうつとした未来予想にがっくりと肩を落としたフェムトは、ユノに構う元気もない。

「クックックッ。実に愉快じゃ。これから楽しくなりそうじゃのう!」

 盗賊のアジトを後にし一人楽し気に笑うトワを、燦然さんぜんと輝く太陽が明るく照らしていた。

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