第一幕 其ノ二

「おっと嬢ちゃん、ここはオレ達熊殺ベアーズキラーのナワバリだぜ? 通りたかったら身包みぐるみと体を差し出しな。なあにオレらは優しいからよぉ。満足したら解放してやるよ!」

 茶屋を出立し山道を奥へ奥へと歩いていたトワの前に、熊殺ベアーズキラーと名乗る人相の悪い連中が立ち塞がる。どうやらここらを縄張なわばりにしている山賊のたぐいの様だ。

 トワは何か値踏みをする様な視線を男らに向けると、

「ふむ。お主で良いか」

 真ん中の親分っぽい男の元へ無造作に歩いて行く。

 それを見て勘違いした親分が、

「へっ。そうそう。そうやって大人しくしていれば良いんだよ。何も命まで取ろうってんじゃねーんだからな!」

 等と言っているが、トワは取り合う様子もない。その様子を子分たちは少々いぶかしんでいるが、調子に乗っている親分はその様子に気付いていない。

 トワが自分の前で足を止めると親分は、早速味見をしようと手を伸ばす。

 親分の手がトワに触れようとしたその時、トワがスッと人差し指で親分の丹田たんでんの辺りを押さえる。

「周りの奴ばらの様になりたくなば、儂の言う通りにするのじゃ」

「は? 何言ってやがる。子分達がどうしたっ……て……?」

 親分が周りを見渡すとそこには、体を縦に真っ二つにされた子分達の死体が転がっていた。

「は……? へ……? いったい…………なにが、どうし…………」

 一瞬前までピンピンしていた子分達が、何故か突然全員真っ二つにされている。

 訳が分からない状況に胃のが締め付けられる。恐怖で泣き出し叫び声を轟かせ逃げ出したい。しかし出来ない。親分は自分の体に何かとてつもなく嫌な違和感を覚えていた。

「大人しくしておるのじゃ。動くとズレるぞ?」

「ヒィッ!」

 親分は自身も子分達と同じ様に、既に真っ二つにされているのだと理解する。それをこの少女がズレない様に押さえているのだと。

「そう心配するな。ジッとしておれば直ぐにくっつくのじゃ。そういう風に斬ったからのう」

 何でもない事かの様にトワは言う。

 抜く手はおろかそんな素振りさえ、いや少女の行動の何もかもが親分には全く見えなかった。ただ一つ親分が分かっている事は、この少女には逆らってはいけないという事だけだった。

「お主達のアジトへ案内あないせい。心配せずとも、お主の命は助けてやるのじゃ」

 その言葉にいなと答える事の出来る人間は、この場には居なかった。


 熊殺ベアーズキラーのアジトに着いたトワは、アジトに入るや山賊達を片端かたはしから斬って斬って斬りまくり、文字通りの皆殺しにして、貯め込んでいた金銀財宝を全て奪って行く。

 小さな部屋が一つ埋まる程の財宝をどうやって運ぶのかと、約束通り命だけは助けられた親分がトワを眺めていると、トワは無造作に懐に入れ始めた。どう見ても入る筈が無いのに、トワはお構いなしにヒョイヒョイと財宝を掴んでは懐へ入れて行く。不思議な事にどれだけ入れても懐が一杯になる気配がない。見る見る内に小部屋一杯にあった財宝は全てトワの懐へ納められてしまった。

 それで用は済んだのか、トワは親分の方へ向き直る。

「では、達者たっしゃでの」

 それだけ言うと、トワは親分を一顧いっこだにする事なくアジトを後にした。

「ははははははは…………」

 親分の口からはただただ乾いた笑いがこぼれていた。


 その後もトワは山道で見かけた山賊、盗賊のアジトを全て強襲。殺し尽くし、奪い尽くしていく。

 ある一人の盗賊の頭が尋ねた。「一体何が目的だ」と。

 トワは答えた。「懐が寂しくなってのう。銭がのうては不便でいかん。世知辛い世の中じゃて」と。

 この日を境に、この山道で賊を見かける事は一切無くなったとか。


 ◇


「かしらぁ! フェムトの野郎から合図でさぁ!」

「ああん? 色は!」

「へい! 赤白でヤス!」

「よっしゃ! 直ぐに手隙てすきの奴らを集めろ! 狩りの時間だ!」

「へい!」

 二種類の狼煙のろしの色で獲物の情報を伝えるのが、この盗賊団のいつものやり口である。

 獲物の強さを赤黄青の三色で表し、赤が危険、黄は要注意、青は雑魚と言った具合だ。

 そして獲物の質を上限を白、下限を黒とし、その濃淡で表している。

 今回の赤白は『手練てだれの最高級品』と言った所であろう。

 そのしらせにアジト内は活気付き、わずかな時間で三十人ほどが集まる。

「獲物が罠に掛かった。いつも通りの手筈てはずで掛かれ。抜かるんじゃぁねぇぞ!」

「「「「「へい!」」」」」

「行け!」

 頭の号令で、集まった盗賊達がアジトを出発して行く。

「こんな短い期間に上玉が二つも手に入るたぁ運が良い。なあ? そう思うだろ?」

「…………………………」

 頭の視線の先には、一糸纏いっしまとわぬ姿で、天井と床から延びる鎖で手足を拘束されている女剣士の姿があった。女剣士は頭の問いに沈黙で返す。

 その様子に頭は満足気な表情を浮かべる。女剣士には話す事を許可していない。だから、言葉を発したくても女剣士は言葉を喋る事が出来ないのだ。

 裸の女剣士の下腹部には不可思議な紋様が浮かんでいる。それこそが女剣士を名実共に奴隷と為さしめている魔法の奴隷印である。

 女剣士にほどこされている奴隷印は特別な代物で、御禁制の類の呪印である。この印は女性にのみ効果を発揮し、優先順位はあるものの、あらゆる男からの命令に一切そむく事が出来なくなる。更に厄介な点は、解呪方法が確立されていない所である。

 印を施されたが最後、生涯を男のなぐさみ者として捧げる事を義務付けられる。

「さて、手下共が帰って来るまで手持無沙汰てもちぶさただしなあ。今日はオレがまた、お前の調教をしてやるよ。クックックックッ」

「…………………………」

 囚われの女剣士はただ沈黙で返すのみであった。


「ふー。ちょいと休憩するか。おう! どの位経った?」

 頭は手下達がアジトを出て行ってからの時間を、後ろで調教の補佐をしていた男に尋ねる。

「半刻くらいになりやすかねぇ」

「もうそんなに経つか。それにしちゃあ帰りがおせぇな。お楽しみはアジトに連れ帰ってからだと言ってあんだろうに」

 今までの経験上、予定より帰りが遅い時は決まって、言い付けを破ってつまみ食いをしている時だ。拾い物が上玉の時には良くある事だった。

(チッ! 全くしょうがねぇ奴らだ)

 手下達をののしる思いとは裏腹に、逆にそれだけの上物であるのだろうと、いやおうでも頭の期待は高まって行く。

(流石にコイツの調教ばかりやってても、飽きて来るしな)

 頭の目の前には半刻の間休みなく徹底的になぶられ、力なくうな垂れる女剣士の姿がある。

 他の奴等を呼んで、自身は調教の続きを眺めでもするかと考えていると、バタンとアジトの地上部にある出入口の戸が閉まる音が響く。

「やっと帰って来やがったか。おう。獲物をここに連れて来させろ」

「へい!」

 頭の指示に、近くに居た手下が直ぐに上階の出入口へと向かう。

 いつもなら直ぐに手下どものガヤガヤドタドタとした声と足音で騒々しくなるはずが、トットッと軽い足音が一つかすかに聞こえて来るだけだ。

 迎えに行かせたはずの手下の声も足音もしない。

 何か可笑おかしい──

 嫌な予感がする……と頭が息を殺して足音に耳を澄ませていると、程なくトントンと地下へと続く階段を下りて来る足音が一つ。

 ギィィ。

 地下フロアへと繋がる扉が開く。

「ふむ。ここかの?」

 現れたのは、銀髪の少女刀士であった。トワである。

 トワはぐるりと視線を巡らし、頭達に目を止める。そしてその先に居る全裸で拘束された女剣士にも。

「しもうた。来るのがちと早かったか」

 何故なぜか残念そうにボヤいている。

 現れたのが小娘一人──それも絶世ぜっせいの──だと見て思わず笑みを浮かべる頭。だが、ぬぐい去れない違和感が頭に油断をさせなかった。

「おい嬢ちゃん。ここが何処どこだか分かってんだろうなぁ。ここに足を踏み入れちまった以上、次に陽の目を見られるのは奴隷として売られる時だぜ?」

「そこな女子おなごの様に、かの?」

「そう言う事だ。痛い目に合いたくなけりゃぁ大人しくしてるんだな」

「ふふ。お主達は好きに暴れて良いぞ? 痛くはせんからの」

「そっちがその気なら、痛い目を見て逆らっちまった事を後悔するんだなぁ! やれ!」

 頭の合図と共に、トワの左右から手下達が襲い掛かる。

 トワはそちらを見向きもせず一歩前に踏み出し、手下達の前を通り過ぎる。

 次の瞬間、手下達の首がその場に浮いたまま、体だけがトワの後ろを通り過ぎて行く。

 首のない手下達の体がぶつかり合い地面に倒れるのと時を同じくして、浮いていた首が真っすぐ地面へと落ちる。

「なっ…………なんっ…………」

 今、目の前で起きた事の全てが頭には意味不明であった。

 少女がただ一歩歩いただけでこんな事が起きるなんて、一体誰が想像し得ようか。

 トワは全く気にした様子もなく更に一歩進む。

「ヒィッ!」

 理解不能な物に対する根源的な恐怖が悲鳴となって喉を震わせる。

 だがそれが幸いしたのか、声を出した事によって硬直していた脳と体が動き出す。

「う……動くんじゃねぇ! こ……こいつがどうなるか分かってんだろうなぁ!」

 声を震わせ、手も震わせながら、背後から女剣士の喉元に短刀を突き付ける。

 だがトワは止まらない。更に一歩。

「ヒッ! やらねぇと思ってんなら大間違いだぞ! それ以上動くんじゃあねぇ!」

 大の男が見っとも無くわめくものだから、トワはそこであゆみを止める。

「構わんのじゃ。好きにするがいぞ? 儂はそこの娘を助けに来た訳ではないからの」

「……は? じゃあてめぇは一体何しにココに……っ!?」

「いつの時代もお主等の様なやからは、案外小金を貯めておると相場が決まっておる。儂の懐が寂しくなってきたのでの、ちぃとばかり小銭稼ぎじゃ」

「本当にこいつを助けに来た訳じゃないのか……?」

「だからそう言っておろう。むしろその娘の売上金分損したと思っておったくらいじゃ。見た所良い値で売れそうじゃしのう」

「なら……取引をしようじゃねぇか」

「儂には必要ないが?」

 言外げんがい盗賊達おぬしらを全員殺してお宝を頂いて行くからの。という事を伝える。

「お……オレには必要なんだよ!」

「まあかろう。言うてみい」

「まず第一に、今アジトにあるお宝は全部お前さんに渡す」

「当然じゃの」

「くっ……第二にオレ達が捕まえた女をおろしている先を一つ教える。そいつはオレ達みたいな人攫ひとさらいの仕入れルートを幾つも持っている奴でな、相当荒稼ぎしているはずだ。悪くねぇ話だろぉ?」

「ふむ。そうじゃの」

「卸し先へは後で手下に案内させる。今教えて皆殺しにされちゃぁかなわねぇからなぁ。お宝が置いてある部屋には直ぐ案内するぞ」

「まあ良かろう。それで手を打とうかの」

「そうと決まれば直ぐに案内しよう! こっちだ。付いてきな」

 話がまとまった事で気を良くしたのか、女剣士から離れトワを先導して行く。

 トワはこの隙を逃す事なく油断したお頭を仕留しとめる……事もなく、大人しくお頭に付いてお宝が置かれている部屋へと向かう。

 割と広いアジトとは言え、掛かる時間など知れたもの。一分と経たずに目的の部屋の前に着く。

「ここだ」

 お頭が部屋の戸を開け、先に中に入って行く。

 開いた戸の隙間から、部屋に置かれた金銀財宝が目に飛び込んで来る。

 山と積まれた財宝は、トワの予想を超える量で思わず笑みがこぼれる。

 トワが部屋に足を踏み入れた瞬間、そこに仕掛けられていた魔法陣が発動する!

 一瞬にして魔法陣の光がトワの体を包み込む。だがトワはそれに驚きの声を上げるでも、慌てるでもなく、ただ泰然たいぜんと魔法陣の上にたたずんでいる。

「く…………クックックックッ。まんまと罠に掛かりやがったなぁ!」

 起死回生の罠が決まった事で、頭は満面の下卑げびた笑みを浮かべてトワにゆっくりと歩み寄る。

「その魔法陣にとらわれたが最後、どんな女だろうが強制的に奴隷にされちまう! お前の意思ではもう指先一つ自由に動かす事は出来ねぇぞ! ハァーッハッハッハァッ! そらそら! そうこう言ってる間にお前の体に奴隷の印が刻印されて行ってるぞ! 早く魔法陣から出ないと刻印が定着して永劫えいごう性奴隷としての未来が待ってるぜぇ! おっと、身動き一つ出来ないんだったなぁ! ハァーッハッハッハァッ!」

 頭の言う通り、身動き一つ出来ないトワの下腹部に奴隷紋が刻まれて行く。

 最後にカッと奴隷紋が光を放つ。刻印が終わった証である。

「とんでもねぇバケモノだったが、所詮は女よ! この女にだけ効力を発揮する魔法にかかりゃぁどんな女もイチコロよ!」

 勝利と共に絶世の美少女を得た頭は、早速その戦利品を吟味ぎんみする。

「よぉぉし、まずは最初の命令だ。着てる物全て脱いで裸になりな。性奴隷に服なんざぁ必要ねぇからなぁ? 隠す事は許さん。全てをオレにさらけ出すんだ」

 男がそう命令すると、トワは一瞬の躊躇ちゅうちょなく全て脱ぎ手は後ろへ、足は肩幅程に開き、秘めておくべき全てを頭の前に曝け出す。

 その様子を満足気に眺める頭。その頭の中は、この少女をどう調教して行くかで一杯であった。

「しかし、この奥の手が効かなかったらどうしようかと思ったぜ。これ以上のモンはねぇからなぁ」

「何じゃ。もうこれで終わりか。詰まらんのう」

 トワは何事もないかの様に、命令された姿勢のまま慌てた様子もなく落胆の言葉を漏らす。

「なっ……! てめぇ! 誰が喋って良いっつった!」

「出し物はもう終わりの様じゃし、貰う物頂いておいとましようかの」

「てめっ……」

 頭が命令を聞かないトワに制裁を加えようと拳を振り被る。

 その拳を力いっぱいトワの腹目掛けて振り下ろすと、何故か自分の顔面に真正面から直撃する。

「…………っ!?」

(何が……どうなってやがるっ!?)

 叫ぼうにも何故か声も出ない。

 それに視界もおかしい。さっきまで目の前に居た少女が居ない。代わりに目の前にあるのは……拳を前に突き出したまま地面に倒れている首のない男の体だ。

(アレはオレの体じゃねぇか……いったい……どうなって……)

 思考もままならず、意識は朦朧もうろうとしている。

 重くなっていくまぶたあらがう事は、人である限り不可能であった。

 そして閉じられた瞼が開く事は、二度となかった。

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