第一幕 其ノ一
幾万の魔物を従える、幾万もの悪魔の軍勢。
幾万の天使を従える、幾万もの神々の軍団。
億を優に超す二つの超大勢力が、陸空を埋め尽くし、争い合っている。
余りにも超大過ぎる軍に作戦や指揮などはなく、ただ真正面から互いを滅ぼし尽くさんと、互いの命を喰らい合っている。
そんな様子を遠くから眺めていると、後ろから男に声を掛けられる。
「ついにこんな所まで…………ここは危ない。また
声のした方へ振り返る。
声の
「主様がそう
「そんな危険な事、大事なトワにさせる訳には行かないよ」
フルフルと首を横に振る主様。
「あの様な有象無象共など、
主様に向かって膝を付き、額が地に着くほど深々と頭を下げて
「でも…………」
それでも首を縦に振ろうとしない主様のお優しさに、儂の心が
主様のご意思に意見するとは何様かと。
「二人で建てたあの家を……失いたくないので御座います。どうか……どうか……っ!」
「…………っ。…………分かったよ。でもね、トワ。僕はあの家よりも何よりも、君の事が一番大切なんだ。それだけは忘れないでおくれ」
「有難うございます。主様」
主様は儂を抱き起して下さり、そのまま抱擁を交わし、口付けを一つ。
「くれぐれも怪我などしないでおくれ」
「
名残惜しさを断腸の思いで振り切り、主様から一歩距離を取り腰を折り曲げ深々と頭を下げる。
「では行って参ります。儂の活躍振りをゆるりと御観覧下さりませ」
そう告げて軽やかに地面を一蹴りすれば、次の瞬間には儂の姿は悪魔と神々の争いの真っ只中にある。
「邪魔なゴミ共めが。消え失せるがいい!」
地平線の
その様子を確認する事なく、反対の手で神から剣を奪い、
描いた半円は放射状に広がり、周囲の悪魔を
儂らの愛の営みを邪魔しおった
それから──
陽の影が伸びる間もなく、億を超す悪魔と神々の軍は滅ぼし尽くされていた。
立っているのは只一人、トワのみであった。
◇
「ちょっと! ちょっとお客さん! そろそろ起きて下せぇ!」
「ん…………何じゃ……? 今良い所じゃったと言うに…………」
ゆさゆさと店主に揺り起こされた銀髪の少女刀士が、
それで少し意識がハッキリして来たのだろう、左右をキョロキョロと見回している。
「おお…………済まぬな。寝惚けておった様じゃ。ちと昔の夢を見ておってな、中々良い所じゃったので、つい……の。許せ」
見た目の割に何故か年寄臭い喋り口の少女に違和感を覚えつつも、店主は愛想良く応える。
「起きて下されば結構でございやす」
トワは空を見上げ、太陽の位置を確認する。
「おお……もう昼か。一刻ほども寝ておったのだな。ほんに済まんかったのう」
店主に向かって深々と頭を下げ詫びを入れる。
「いえいえ。眠気覚ましにお茶でもお持ちしましょうや」
「
「へい。少々お待ち下せぇ」
そう言って店主は奥に引っ込み茶の準備をする。
「お待たせいたしやした」
それらを受け取り、茶請けを一口。茶をズズズと一口啜り一息付く。
「ふう……。美味いのう」
「有難うごぜぇやす」
「そうじゃ店主。ここに来る前に小耳に挟んだのじゃが、最近ここらに盗賊共がよう出ると。本当かの?」
「へぇ。その通りでさ。お陰でめっきりこの道を通る旅人が減っちまってねぇ。店を畳もうかどうか考えてんでさ。二、三日前にもそりゃーもう
「まだ戻ってきておらぬと」
「そうなんでさぁ。恐らくは…………」
「で、あろうの。ふむ。これは
「へ? いやいや。お止めなせぇ。お嬢ちゃんじゃあタダで捕まりに行くようなもんだ」
「儂の心配をしてくれるとは、嬉しいのう。なあに儂の事は心配いらぬ。また帰りにでも寄らせて貰うでな。釣りは要らぬよ」
トワはよっこいしょと呟きながら立ち上がり、店主に
「多すぎまさぁ! ウチのお代は一品
「貰うておけば良いものを。律儀な奴じゃのう。だが釣りは要らぬと言った手前、それを受け取る積りはない。ここは儂の顔を立てて、寝こけておった迷惑料じゃと思って貰っておいておくれ」
「そこまで仰るなら、ここはあっしが折れやしょう」
渋々一塊銀を受け取る店主。
「無理にお引止めは致しやせんが、くれぐれもご注意下せぇ」
「うむ。ではな」
トワはそう言うと振り返る事無く、山道を奥へ向かって歩いて行った。
それを見送る店主の顔には、
「どうしてこうもチョロいもんかねぇ」
トワの背が見えなくなると、店主は愛想の仮面を脱ぎ捨て本性からの
「こないだの女は依頼のブツだったから手が出せなかったが、今日のは掘り出しもんだ。後でたーっぷり楽しませて貰うぜぇ。へっへっへっ。あの綺麗な
店主は股間の一物を恥ずかし気もなくおっ起て、この後のお楽しみで頭が一杯である。
「おっとこうしちゃいられねぇ! さっさと合図を出さなきゃな。そしたらアジトに先回りだ。拾いもんの女は早いモン勝ちだからなぁ」
店主は店の裏手から合図の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます