ルーチンワーク

 メールに記載されていた番号の箱を、メールに記載された通りの数だけトラックに詰め込んでていく。倉庫で箱を探す。トラックまで運ぶ。倉庫で箱を探す。トラックまで運ぶ。たったそれだけの動作を五、六回ほど繰り返すだけで、現金で二万エルが手渡されることになっている。

 実に割のいいバイトだ。それはもう、ほとんどおぞましいほどに。


 俺は週に一度きりのバイトに精を出している間、自分の脳に大量のドライ・アイスをぶっかけて冷凍保存する様子をイメージする。要は思考停止だ。倉庫で箱を探してトラックまで運んでいる間、俺は何も思考してはならない。


 箱の中身に興味を持ってはならない。

 荷物の送り先がイレッダ地区である理由を勘ぐってはならない。

 バーで俺にバイトを紹介してきた男の正体を探ってはならない。

 この程度の仕事で二万エルも貰えることを、疑問に思ってはならない。


「おい」同僚の一人が耳元で囁いてきた。「落ち着けよ、鼻息荒くなってるぞ」

「……ああ、悪い。問題ないよ」


 ルールはもう一つあった。

 たとえ作業中ずっと黒服の男たちに銃口を向けられていても、動揺したり逃げ出したりしてはならないのだ。そして、俺たちに銃口が向けられている理由について考えることも絶対に許されなかった。


 心を殺して淡々と作業を続けていても不条理は起きるものだ。箱を持って少し先を歩いていた同僚が、何かにつまづいて転倒してしまうような不条理が。

 転倒した男がうめき声を上げた瞬間、銃声が豪雨のように鳴り響いた。

 四方から放たれた銃弾は転倒してしまった同僚の全身と、彼が持っていた箱に降り注ぎ、血の花弁を虚空に咲き乱らせていく。


 今月に入ってもう二度目だ。ミスった奴が銃殺されるのも二度目。箱に空いた無数の穴から赤黒い液体が溢れてくるのも二度目。その中で明らかに人のものではない断末魔が聴こえてくるのも二度目だった。


 俺は自らが抱えている箱を大事に抱え、床に撒かれた血液を慎重に避けながら歩いていく。

 箱の中身に興味を持ってはならない。

 箱の中で蠢いている何かに、恐怖を抱いてはならない。

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