詭弁と天秤

 重機の駆動音が、低い唸りとなって真夜中の廃倉庫を埋め尽くしていく。

 合金製の鎖を胴体に巻き付けられた男が二人、二台のクレーンの先端から吊るされていた。彼らの足下に広がるのは、煮えたぎる硫酸で満たされた大釜。


 二人と大釜の周りを取り囲む人間たちは、様々な表情を浮かべていた。

 性的な快感を覚えたのか、熱を帯びた視線を投げかける者。これから行われるゲームへの純粋な興味から、口許を不敵に歪めている者。共通点と言えば、見物人の全員が見るからに富と権力を持て余していると解るような恰好をしていることくらいだ。

 装置の設計者にして、このイベントの主催者である男が壇上に立った。


「吊るされているのは、到底生かしてはおけない極悪人。我々の組織の、罪もない構成員を何人も殺した異常者です。ただし、事件は単独犯によって引き起こされたと状況証拠が告げている。地獄に堕ちるべき悪魔は、彼らのうちどちらか一人なのです」


 空中の男たちは拘束から逃れようともがいているが、もう何時間も暴れ続けていたのか、体力はとっくに限界を迎えていた。頑強な鎖を僅かに揺らすのが精一杯な罪人たちを一瞥した後、主催者は声のトーンを一段階下げる。


「もちろん私たちも努力しました。何度も何度も尋問して、どちらが犯人なのかを訊き出そうとしたんです。でも彼らは口を割らない。このままでは真実は闇の中だ。では、どうすればいいか? ……聡明な皆様ならもうお気付きのことでしょう。そうです、複雑な問題を解決するには多数決が一番ですね」


 なおも無実を主張し続ける男たちに、地上からは容赦のない罵声が浴びせられる。


「ここで再度ルールをおさらいしましょう。皆様には、捜査状況や容疑者二人のプロフィールをもとに、どちらが怪しいか事前に投票していただきました。そして多数決で犯人だと確定した方が、煮えたぎる硫酸にゆっくり沈められていく。……なお、多い方に投票した皆様には、票数の差に応じた配当金が支払われます。はは、これを目当てに来場された方も多いようですね」


 主催者は高らかに宣言した。


「……たった今、開票結果が出たそうです。さあ、どちらの男が悪魔だっ!」


 それが合図だった。二台のクレーンが、地獄のような緩慢さで動き始める。



 野蛮な歓声に支配された客たちを眺めながら、主催者は部下に指示を出した。


「よし、早朝の部の準備を始めろ」

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