バッド・トリップ(前編)
目が覚めると同時に、私は強烈な不快感を自覚した。
安ホテルの硬いベッドから転がり落ちて、そのままバスルームへと直行。白い便器に手をついて、激しく嘔吐し続けた。
途方もない苦しみに苛まれながら、胃の内容物を全て吐き出し続ける。胃の中が空になると、今度は胃液が喉をせり上がって溢れてきた。
典型的な二日酔いの症状。それもかなり重度なものだ。胃液すらほとんど出なくなってきた頃には、私の思考はいくらか明瞭になってきた。
涙で滲んでいた視界も、次第にクリアになってくる。ほどなくして、便器の水溜りに浮かぶ汚れた内容物たちが私の目に飛び込んできた。
消化しきれなかったパスタの麺、細かく刻まれた緑や赤の野菜たち、ダイヤがあしらわれた純銀製の指輪、1万エル紙幣の一部、マニキュアの塗られた人間の指、元が何だったのか判別し難い肉の切れ端、それら全てに絡みつく赤黒い液体。
昨晩、私の身に何が起きたのか。私はいったい何を食べてしまったのか。
それが全く思い出せないのが最大の問題だ。
深酒、あるいはドラッグによる一時的な記憶障害……どうやらそういうわけではなさそうだった。イレッダ地区の外れにある場末のバーで呑んだ記憶は間違いなく脳内に残っているし、そもそも私に違法薬物を摂取する習慣はない。
だいたい、私はこの街の多くを占めているような犯罪者どもとは違う。スポンサードされているメーカーから贈られたカメラと、執筆用のノートPCだけを持って〈成れの果ての街〉を取材しに来た善良な一般市民にすぎないのだ。
誰かの策略に嵌められたとしか考えられない。私のやろうとしていることを快く思わない誰かの策略に。
とはいえ取材の進捗状況はというと、犯罪組織〈ロベルタ・ファミリー〉の末端構成員に少し話を聞いてみただけだ。極めて慎重に立ち振る舞ってきたつもりだったが、まさか彼らの逆鱗に触れてしまうミスを犯していたのだろうか。
……そうだ、カメラだ!
記憶の欠落を辿る手掛かりがあるとすればそこしかない。記憶がない間に撮影された何かが、メモリーに残っている可能性がある。
私はバスルームを出て、私物が散乱するテーブルまで走った。そして震える手でカメラを拾い上げ、昨晩に撮影された写真データをチェックする。
(続く)
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