ヴァージン・スーサイド

 ふたつ年下の女の子が、泣きじゃくりながら控室へと戻ってきた。客に何か酷いことをされたのだろう。糸の切れた人形のように座り込むと、彼女は両耳を手で塞ぎ、呪詛のような言葉を唱え始めた。


 こんなの現実じゃない。

 きっと、悪い夢でも見ているだけなんだ。


 私の位置からでは、彼女の声などほとんど聴き取れはしない。

 だからこれはきっと、私自身の声なのだ。

 心の内側の、極めて抽象的な部分から染み出してきた言葉。少女娼婦が一様に抱える、あまりにも簡単な絶望。


 思えば、悪い夢を見続けているような人生だった。


 スラム同然の劣悪な環境に生まれ、ろくな愛情も受け取らずに育ち、父親がギャンブルで抱えた借金のカタとして娼館に売り払われたのが私だ。

 犯罪組織に脅しつけられ、従順な少女を演じて客どもの相手をする日々。長い時間をかけて、私は、自分の人生が自分のためにあるものではないということを思い知った。


 仕事をするとき、私は自分のことを人形だと思い込むようにしている。

 私は人形なので痛みを感じることはなく、悲しみに打ちひしがれることもなく、脂ぎった客どもを嫌悪して泣くこともない。

 少女のような笑顔で客どもの欲望を受け入れることができるし、頬を赤く染めながら愛の言葉を囁くこともできる。


 最も都合のいい感情を、穴の開いた心に注ぎ続ける日々。

 いつからか私は、今の自分の感情が本物なのかどうか解らなくなっていた。

 ときどき降りてくる絶望や焦燥は、本当に私自身のものなのだろうか。

 客に媚びている時の胸の高鳴りは、本当は私自身のものなのだろうか。


 偽物の感情に、自らの精神が創り出した虚構に、私はいつか喰い殺されてしまうのかもしれない。


 だったら、自分が自分であるうちに死んでしまうというのはどうだろう。

 もしかすると、その方がよっぽど幸福なのではないだろうか。一度試してみるのもいいかもしれない。どうせ、死んだ後のことなど誰にも解らない。


 そこまで考えて、私は背筋が急速に凍えていくのを感じた。

 このように考える心すら、既に偽物に成り代わっている可能性はないか?

 悪い想像を否定できる根拠など、この薄暗い控室には転がっていなかった。


 黒いスーツを着た店員に名前を呼ばれる。

 私は偽物の感情に身体を明け渡し、弾けるような笑顔で駆け寄っていく。

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