首無し男

 なあ姉ちゃん、こんな酒場に一人で来ちゃ危ないぜ。

 いいか、ここは吹き溜まりだ。あんたみたいに綺麗な女が一人で呑んでるとなると、飢えた獣どもがわらわらと集まってきちまう。とっとと帰った方が身のためだ。


 おいおい、無視すんなよ。

 これは別にナンパなんかじゃねえ。俺はただ常連客として、か弱い乙女の身の安全のために言ってやってるんだ。


 あんたが怖いもの知らずだってことはよく解った。

 ただな、最近よく耳にする〈首無し男〉にだけは気を付けな。


 ……お、食いついてきたな。じゃあ詳しい情報を教えてやろう。

 その殺人鬼に関して解っていることは二つ。


 一つはそいつの手口。

 こういうバーで獲物を見つけて、適当な話題をぶら下げて近付く。しばらく会話に花を咲かせたあと、隙を見て酒に睡眠薬を入れちまうんだ。次に獲物が目覚めたときには、拷問部屋で手足を縛られてるってことになる。


 次に、そいつの身体的特徴だ。

 「首無し」なんて大層な渾名が付いちゃいるが、別に本当に首がないまま動いてるわけじゃない。特異体質を持った銀使いだなんて噂もあるが、俺はそれも眉唾だと思ってる。


 そんな物騒な渾名が付いてる理由は、首を一周する赤黒いアザさ。

 幼少期に親から首を絞められた痕が変色してるとか、単にそういう特殊メイクをしているだけだとか、まあ説は色々あるが、要するにそのアザが首を切断された痕に見えるってことだな。


 はは、怖くなってきたか?

 でも安心しな。あんたはツイてるよ。

 自慢じゃないが、俺はこの辺りじゃ名の知れた傭兵でね。軍にも十年はいたから、その辺のチンピラや殺人鬼なんざに遅れは取らない自信がある。

 そんな俺があんたを守ってやるっていうんだ。

 どうだ、安心だろ?


 お礼? はは、いらねえよ。

 むしろ、こんな美人を守る騎士になれて光栄なくらいだ。

 あんたはここで俺と楽しく安全に呑んで、家まで無事に送り届けられる。なに、俺は傭兵だが、同時に紳士でもあるからな。絶対に手は出さないと約束するよ。

 だから俺に全部任せて、じゃんじゃん呑んでくれよ。今夜は俺のおごりだ。


 マスター、いつものやつを俺と彼女に。ああ、もちろんロックで。

 ん? ああ、たしかに度数は強い酒だが、ゆっくり呑めば大丈夫だよ。心配ない。今夜は俺に全部任せて、あんたは安心して酔っ払ってくれ。


 ……なあ、ところであんた。

 なんで夏なのにマフラーなんか巻いてんだ?

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