奥様は我道

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

奥様は我道

 はい、こんにちは。


 あら、随分と若い男の子ねぇ。いくつ? 23? へえ、やっぱり若い人達の世界なのねえ。え、今から話を聞きたい? 時間は……まだもうちょっとあるわね。いいわよ。でも、こんなおばさんのこと聞いて面白いのかしら。だって、どこにでもいる子持ちの専業主婦よ。まあ、あなたがいいなら構わないけど……。それで、何から話せばいいのかしらね。


 そうね、初めてアレと出会ったのは、会社のお昼休みだったわ。ええ、これでも昔はバリバリのキャリアウーマンだったんだから。今が2020年の夏で、あれがまだ平成が始まったばかりの頃だったから、もう三十年も昔の話ね。……こら、歳を計算しないの。


 仕事は好きだったんだけどね。……まあ、デキる人間っていうのは、いつの世も疎まれるものよ。私、いわゆる「お局様」に目を付けられちゃったのよ。だから、お昼休みはいつも一人で外へ食べに出てたの。幸い、ビジネス街だったから、駅前ビルには飲食店がたくさんあったわ。平日のお昼、スーツを着たサラリーマンたちに混じって孤独なお昼ごはん。でも、これも慣れると楽しいものよ。洋食、丼、カレーにお蕎麦。誰にも気がねなく好きなものを食べられるんだから。あのメニューは苦手な人がいたなとか、人と注文が被らないようにしようとか考えなくてもいいの。……そうよ。OLって結構、面倒くさいのよ。


 ただ一つ、困ったことがあって。サラリーマンのおじさんたちと一緒に食べてると、どんどん早食いになっちゃうのよ。10分とか15分とかでパッと食べちゃう。そうするとね、余るのよ。お昼休みが。かと言って、お局様のいるオフィスには戻りたくないし、一体どうやって時間を潰そうかって。それが悩み。


 その日は、駅ビルの地下にある天丼屋さんでご飯を食べてたの。そしたら、後から隣の席に座ったおじさん……そうね、もう定年間近くらいの、白髪の男性だったわね。その人もなかなか食べるのが早くって、先に食べてた私と同じタイミングで席を立ったの。お昼休みはまだ40分くらい残ってたわ。だから、この人はこれから一体どうやって時間を潰すのかしらって、気になって。私、後ろからそ〜っと尾けていったの。そうしたら、隣のビルの地下にある薄暗いお店に入っていったわ。「プリンス」という屋号とは程遠い、お爺ちゃんがカウンターに一人で座ってるゲームセンターよ。まあ、昔はプリンスだったのかもしれないけどね。


 私が小学生の頃にインベーダーゲームが大流行して……あっ、インベーダー知ってる? デッ、デッ、デッ、デッていうの。すごかったわよ〜。もう、ブームなんてものじゃなくてね。日本中の百円玉がなくなっちゃうくらいの……あっ、話の続きよね。そう、ゲームセンター。子供の頃は、不良の溜まり場だから行っちゃダメって校則で禁止されてたんだけど、大人になったらそんなの関係ないし、それに禁止されてた場所って、やっぱり気になるじゃない? 正直、ちょっとワクワクしてたわ。


 そりゃあ、ビックリしたわよ。だって私の頭の中、インベーダーで時間が止まってたのよ。どのゲームを見ても、映像も音楽もすごくって。まさかゲームがあんなに進化してたなんて思わなったわ。……でもねぇ、なんだかどれも複雑で。ボタンもたくさんあるし。試しにいくつか遊んでみたけれど、どれもよく分からないうちにすぐ終わっちゃって。うわあ、さっきのおじさん、よくこんな難しいの遊べるわねぇと思って、キョロキョロ探してみたら、なんかお店の隅っこにいたの。何してるのかしらって、そうっと覗いてみたら……麻雀よ。それも、勝つと女の子が脱ぐやつ。呆れたわね。でも、その隅っこのコーナーにあったゲームはどれも地味で、パッと見てすぐにルールが分かるものばかりだったの。これなら私にもできるかもって思ったから、その中の一つに、もう百円だけ入れてみたの。……え? まさか。三十年後もそのゲームで遊んでるだなんて、想像もしなかったわよ。


 たくさん積まれたパズルのピースの中から、同じ柄、同じ形のものを見つけて嵌めていく。制限時間内に、キレイに全部嵌ったらクリア。


 ルールは単純だし、ボタンも一つしか使わないから、私でもすぐに遊べたの。最初は……確か3面まで進めたのかな。すごい、初めてなのに2つもクリアできた!って嬉しくて。今考えたらバカみたいよね。そういう風に「お・も・て・な・し」されてたのにねえ。……えっ、今のおばちゃん臭かった? うるさいわね、もう話さないわよ?


 それから、お昼は毎日プリンスでゲームをするのが日課になったの。え? どうしてゲームを続けたのか? それはね、音が良かったのよ。ピースが嵌った時に「スコーン!」って気持ちのいい音が鳴るの。それが聞きたくって。だって、仕事してる間に気持ちいいことなんて一つも無いでしょ。だからよ。


 で、遊ぶうちにだんだん慣れてきて、4面、5面と先に進めるようになったわ。でも、そうすると困ったことが起きたのよ。20面くらいまで進んだところで、あれだけ余ってたはずのお昼休みが足りなくなったの。しょうがないやって、後ろ髪を引かれながら諦めたわよ。それから毎日、20面まで遊んで仕事に戻るの繰り返し。ゲームセンターのゲームって保存ができないから、いつも最初からやり直しなのよね。


 でもある日、気が付いたの。あれ? このピースの配置、前に見たことあるなって。配置がランダムじゃないって気が付いたのは、その時が最初よ。でも、後で3,000種類もあるって知った時はビックリしたわよぉ。え? もちろん全部覚えてるわよ。なに、普通は覚えられない? でも、電源パターン使ったら2,000種類にまで減るのよ。だったら大丈夫でしょ? ね!


 とにかく、その日はいつもより5面も多く先に進めたの。配置を見た瞬間に、頭の中から攻略法を引き出してきて、最短距離でゴールを目指す。そうすると、お昼休み中にまだまだ先のステージへ行けるわけ。そうやって、一年くらいは遊んでたわね。まあ、それからしばらく遊ばなくなったんだけど。


 どうしてって……そりゃあ、結婚したからよ。お局様に「お先に失礼します〜」って言った時のあの顔ったら、今思い出しても笑っちゃうわねオホホ……。とにかく、会社を辞めたから、もうゲームセンター通いはできなくなったの。


 再開したのは、息子が小学生になって、昼間家にいなくなったのがキッカケね。やっと少しは自分の時間が持てるって思った時にね、気になったのよ。あの先には、どんなステージが待っていたのかなって。だから買ったのよ。


 えっ、ちょっと待って。なんでそんな顔してるの?


 言うほど変なことじゃないでしょ。筐体買うのって。……そりゃあ、旦那には反対されたけどね。でも、あなたが去年買った車の方が桁が1つ多いし、場所もとってるわよ!って言ったら、じゃあしようがないかって。


 ……うん、確かにこのゲーム、家庭用に移植はされてるわよ。でも、それってちょっと違うじゃない。ブラウン管と液晶だし、コンパネとコントローラだし。あ、椅子もゲーセンと同じの買ったわよ。あのお爺ちゃんにメンテの仕方も教わったわ。それに、ちゃんと一回につき百円入れてるんだから。だって、そうしないと緊張感が出ないし。でも本当にいい買い物したわよ。電源パターンだって、家で研究しなきゃ気付かなかっただろうし。えっ、自分で調べたのかって? 別に、それくらい普通でしょう。だって、かれこれ三十年も毎日遊んでるんだから。全国一位のスコアだって言われても知らないわよ。だって、他にやり続けてる人なんて一人も知らないもの。


 ……あらやだ、もうこんな時間。それじゃあ、もういいかしら? そろそろ会場へ行くわね。それにしても、どうしてわざわざ金網の中でゲームさせるのかしらね……お客さん、見辛いでしょうに。


 あと、こういうのって、人と人が対戦するものだとばかり思ってたんだけど。本当に、こんなおばさんが一人でゲームしてるだけでいいのかしら。


 eスポーツにも、色々あるのねぇ……。


-おわり-

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