宿怨の果て
第十七幕 勢力存亡の危機
きっかけが何だったのかは分からない。だが気付いた時には
最初は北東ガルマニア方面からの敵軍の侵攻であった。当然他州からの侵攻に備えていたディアナ軍は最寄りのゴルガから迎撃軍を派遣。『金剛不壊』のドゥーガル将軍が率いる迎撃部隊は、ガルマニアの侵攻軍相手に一歩も退かずに敵を釘付けにする事に成功した。
事がそこで終わっていれば何も問題は無かった。無事に侵攻軍を撃退した後、軍師のアーネストであればむしろこの機会を利用して逆にガルマニアに侵攻を仕掛けて領土拡大を目論んだ事だろう。
だが……ガルマニアと戦っている最中に、今度は北のハイランド方面からまるでガルマニアに呼応するかのように侵攻軍が南下してきたのだ。
予想外の事態ではあるが戦乱の世においてはあり得ない事ではない。ハイランド方面には『救国の英雄』カイゼルを総大将とした防衛軍を派遣。やはり一進一退の攻防を繰り広げて敵のそれ以上の侵攻を食い止める事に成功した。
だがここで更なる異常事態がディアナ軍を襲った。西のフランカ方面からも侵攻軍が攻めてきたのだ。流石に三方面同時侵攻となると偶然や突発的な相乗りではあり得ない。この時点でアーネストは背後で事態を操っている者の存在を確信する。
しかしそれはそれとして、実際に侵攻してきている敵軍を放置する事は出来ない。フランカ方面にはヘクトール、ゾッド、ファウストの三勇将に参軍としてクリストフを付けた迎撃軍を派遣。敵軍はかなりの規模であったが、ヘクトールらの剛勇とクリストフの知略によって何とか食い止める事に成功した。
ディアナ軍にはまだ多少の余剰戦力があり、三方面侵攻までなら何とか防ぎきる事が出来ていた。隣接している州は他にないので、これで敵軍の侵攻は打ち止めのはずであった。しかしここで初めてアーネストですら驚愕する事態が起きる。
何とリベリア州とは直接境を接していないはずのイスパーダ州やトランキア州からも、ハイランド州やフランカ州を
すり抜けたという事はつまりハイランド州のサディアス軍やフランカ州のリクール軍は、余所の軍隊が自領を通過する事を黙認したという事だ。乱世においてはまずあり得ない異常事態である。
そしてその通過したトリスタン軍やマリウス軍も、途上のハイランドやフランカの街を無視してディアナ軍のみを標的としている。これもまた異常な事態であった。
だが異常事態が起きているからといって、実際に攻めてきている敵軍を放置は出来ない。イスパーダ方面への抑えにはディナルド将軍と、先日正式に出獄して麾下に加わったばかりのリカルドに当たってもらう事となった。
最早ディアナ軍は余剰兵力まで全て注ぎ込んだ総力戦となっており、ガルマニア州から始まった小競り合いはいつの間にか勢力の存亡を懸けた防衛戦へとその姿を変えていたのであった。
*****
「ディアナ様、既にお聞きの事と存じますが、今現在我が軍は勢力存亡の瀬戸際にあると言っても過言ではありません」
州都エトルリアにて主席軍師のアーネストから事態の説明を受けるディアナ。彼女も勿論理解していた。だが事はあまりにも唐突に、しかも急激に展開し過ぎた。
「い、一体何が起きているのですか!? 何故こんな事が……スカンディナ州を除くほぼ全ての他州から同時侵攻などと。それほどまでに私達は他勢力の敵意を買っていたのですか?」
「考えられる要因ならいくつかあります。最も大きいものとしては敵意よりは
「警戒?」
「あの『エトルリア戦役』で私達は迅速にラドクリフ軍を滅ぼして州統一を果たしました。しかしそれは他勢力からすれば余りにも
「……!!」
あの時はエヴァンジェリンを倒す為にそれが最良手であったので後悔はないが、まさかそれが後になってからこのような形で響いてくるとはディアナは勿論、アーネストでさえ想定外であった。
いや、アーネストはもしかすると想定していたかも知れない。しかし……
「しかし攻めてくるとしてもそれは隣接する州からの敵軍だけだったはずです。それなら対処のしようはいくらでもありました。まさかトリスタン軍やマリウス軍までが途上のフランカ州やハイランド州を
「す、素通り……。そんな事があり得るのですか? いえ、実際に起きている訳ですが、何故そんな事が起こり得たのでしょうか?」
乱世の概念からするとまずあり得ない事象であった。勿論同盟を組めばその限りではないが、敵勢力同士が同盟を結んだという情報は入ってきていないし、ましてやこのような大規模な連合同盟など過去に類を見ない。
「勿論
「で、でも実際に奴等は連合を組んで攻めてきている訳ですよね?」
「そうですね。となると……各勢力と利害関係のない
「せ、勢力に所属していない……。つまり
「いるでしょう。というより
「あ……ま、まさか……?」
そこまで言われれば確かに
「いずれにせよそれは間を置かず嫌でも解る事でしょう。我々としてはその
「しかしその肝心の敵
この広い中原を当てもなく探し回る訳にはいかない。ましてや現在は多数の敵軍に攻撃されてその防衛戦の真っ最中なのだ。
「その点なら御心配には及びません。『盟主』が私達の想像通りの人物であればその居場所はほぼ特定できています。これまで残党共が起こした一連の事件から裏にあの連中がいるだろう事は予測していましたので、クリストフや父上にも協力してもらってその居場所を突き止めようと調べていた事が功を奏しました」
そこでアーネストはディアナに対して神妙な顔を向ける。
「ただし……それにはあなたの協力が必要になります。これで最後とする事をお約束しますが、奴等を隠れ家から引っ張り出す為に、あなたには『囮』になって頂かなくてはなりません。そこで奴等を確実に討ち果たすのです」
「……!」
敵が彼女らの予想通りの人物なら、ディアナ自身が囮となる事で高い効果を期待できるだろう。そして彼女にとって『囮』役は慣れたものであった。今更尻込みはしない。ましてやここで勝たなければ自分達が滅ぶという瀬戸際であれば尚更だ。
「私なら大丈夫です。覚悟ならいつでも出来ています。この危機を乗り越えるために私が為すべき事をお教え下さい」
ディアナは躊躇いなく請け負った。彼女の覚悟を受けてアーネストも重々しく頷いた。
「良い覚悟です。では具体的な作戦をご説明いたします。この作戦の鍵を握るのはあなたとシュテファン殿になります」
義兄の名も挙げた彼はディアナに作戦の概要を説明していく。ここにディアナ軍発足以来最大の危機を乗り越えるための戦いの火蓋が切って落とされた。
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