第二十九幕 オズワルドの秘策!?
「オーガスタスの先遣隊が、予想通り待ち構えていたディアナ軍の迎撃部隊との交戦に突入したようだ。我等はオーガスタスが奴等を抑えている隙に街道を迂回して北上する」
ラドクリフ軍の本隊。激突するオーガスタスの部隊とディアナ軍の迎撃部隊を尻目に、本隊は戦場の西側を迂回して北上していく。
途上の軍議で、軍師であるオズワルドが今後の指針を説明している。軍議に参加していたレオポルドが難しい顔で腕を組む。
「とりあえずディアナ軍の迎撃部隊はやり過ごせましたが、このままこのフランカ州との州境沿いを北上していくのは危険ではありますまいか? 何と言ってもフランカ州と言えば、かのリクール公の根城みたいなものですからな」
リクールの名に、軍議に参加している主だった面々が少し騒めく。当然ながら彼等は主君のエヴァンジェリンとリクール公の確執は承知している。リクールの性格からしても確実にこの機を狙って天子の確保だけでなく、ラドクリフ軍に対する攻撃を仕掛けてくるはずだ。
現時点で中原最大の勢力であるリクール軍に一方的に恨まれているというのは、余り好ましい状態とは言い難い。
「全く……天子を確保しつつディアナ軍とも雌雄を決さねばならんこのような時に。高貴な血筋だか知らんが、リクールの器もたかが知れるというものだ。やはり今の腐敗しきった帝国に何の価値も無いという事実がまた一つ証明されたな」
姉が買った下らない恨みに、ユリアンが忌々し気に鼻を鳴らす。それには構わずオズワルドが咳払いする。
「まさにそのリクール軍だ。我等が連中に敵意を抱かれている事は他の諸侯も、当然ディアナ軍も承知の上。だからこそ我等がこのフランカ州との州境にある迂回路を使うとはディアナ軍も予測できなかった。ここは立地だけを見ればディアナ軍を迂回しつつ、かつ最短経路で皇帝の現在地へと進める好条件の進路なのだ」
だがそれはリクール軍に捕捉されやすくなるデメリットと引き換えとなる利便性だ。メルヴィンが眉を吊り上げる。
「まさかただ便利だからとこのルートを進んでいるのではあるまいな? リクール軍に襲われたらどうするつもりだ!?」
「襲われたらとは、まるで我等が山賊に狙われる無力な行商人かのような物言いだな。無論奴等が現れたら撃退するまでだ。それともお前にはその自信が無いのか?」
オズワルドに挑発で返されたメルヴィンが一瞬言葉に詰まる。リクール軍に怖れを為しているなどとユリアンら他の将達に思われるのはマズい。
「も、勿論そのような事はあり得ん! リクール軍などいくらでも蹴散らしてやるわ! ただ我等の目的はリクール軍との全面戦争ではあるまい? こんな所で奴等相手に戦をしていたら、到底天子の確保には間に合わんし、何よりも無駄に戦力を損耗し過ぎてその後のディアナ軍やサディアス軍といった諸侯を相手に出来なくなるぞ」
格好の言い分を思いついたメルヴィンが反撃する。だが別に間違った事は言っていない。リクール軍とまともに戦うとなれば、勝てたとしても相応の戦力の損耗は覚悟しなければならない。この戦に参加している敵軍はリクール軍だけではないのだ。それでは到底天子争奪戦には勝てないだろう。しかも悠長に全面対決などしていたら間違いなく争奪戦自体に乗り遅れる。
だが軍師たるオズワルドがそれを理解していないはずはない。
「その点なら問題ない。リクール軍が仕掛けてくるようなら……緒戦で徹底的に撃退して、当面の間我等にちょっかいを出せぬようにするまでだ」
「旦那、それが簡単には出来ないから問題だって話じゃないんですかい? リクール軍はそこいらの山賊や小国の軍ってわけじゃないんですよ? 事前に罠張って待ち構えるような余裕はないでしょうよ?」
今ではすっかりラドクリフ軍の将扱いになっている凄腕の傭兵リカルドが疑問を呈する。レオポルドが同意するように口髭を撫でながら頷く。
「そうですなぁ。それにリクール軍には優秀な人材が揃っていますから、即席の罠や計略などすぐに見破られてしまうでしょうしな」
だがオズワルドは謎の自信を崩さない。それどころかうっそりと含み笑いを漏らす。
「実は我々本隊の後を追う形で、間もなく本国から
「……!?」
他の面々が軒並み目を剥いた。オズワルドの軍師としての優秀さは皆が知っている。その彼がこのように言うからには、その増援とやらは相当な兵力かもしくは無双の豪傑が率いてでもいるのかと考えたのだ。だがここにいる誰もそのような心当たりは無かった。
「……その増援とやらを率いているのは誰だ? 本国には前回と同じく防衛役として真っ先に手を挙げたゾランの奴以外に軍を率いられるような将はおらんぞ? そしてゾランの奴が来た所でさして状況は変わるまい。そもそも本国の守備兵力自体も最小限しか残しておらんのだ。まさか俺にも秘密でどこかの有力な武将でも引き抜いていたのか?」
ユリアンが皆の疑問を代弁するようにオズワルドに問い掛ける。
「その疑問は尤もだ。勿論来るのはゾランではない。最小限の兵力とはいえ国の防衛を担う守将は絶対に必要だしな。そして勿論フレドリックら内政方の連中でもないし、お前達に秘密で新規の武将を雇ってもいない。しかし……それ以外にも我が軍には
「何? もう1人、だと?」
心当たりがないユリアンが眉を吊り上げる。他の将達も同様だ。
「この戦に出陣するよりも前、そのフレドリックが私に面白い事を提案してきた。我等が不倶戴天の敵と見做すディアナ軍……。お前達はディアナ軍が何故常にあれほど高い士気を保っていられるのか不思議に思った事はないか?」
「……!」
士気は問題は常にラドクリフ軍の大きな悩みの種であり、弱みでもあった。簒奪で成り上がったという経緯や、麾下の武将たちもユリアンやオズワルドを始め、お世辞にも人品卑しからぬとは言えない者達ばかりであり、また君主のエヴァンジェリン自身がそういった事に無頓着であった為に、将兵共に高い士気を維持する事が困難な状態であった。
これではどれだけ優秀な将を揃えて高いポテンシャルのある軍であったとしても、その半分も実力を発揮できない。
「逆にその問題点さえ解決できれば、この軍は今よりも遥かに強くなる。フレドリックは我が軍もディアナ軍に
「いい加減にしろ、オズワルド。勿体付けていないで早くその増援とやらの詳細を教えろ。フレドリックはお前にどんな提案をしたんだ?」
焦れたらしいメルヴィンが苛立ったように促してくる。他の将達も言葉には出さないが同じ気持ちのようだ。だがオズワルドはかぶりを振った。
「今ここで私がそれを言っては、その
オズワルドはそう言って強引にこの話題を終わらせた。不満そうな顔になる諸将を尻目にこの後の行軍計画などに議題を移していく。
そして翌日。リクール軍の襲撃を警戒しながら北上を続けるラドクリフ軍の元に、件の
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