天子争奪戦

第二十四幕 天子争奪戦(Ⅰ) ~帝都政変

 イグレッドを手に入れ4県を領有する勢力となったディアナ軍。来たるラドクリフ軍との決戦に備えて国力や軍備を整えている最中、その情報・・・・はもたらされた。


 いや、それはディアナ軍だけでなくラドクリフ軍、そして他の州で勢力を伸ばす諸侯達も含めてこの中原全土を矢のような速さで駆け巡った。




「え……サ、サディアス軍が……帝都を占領・・・・・!?」


 ゴルガに戻って来ていたディアナは宮城の執務室で、その報告をを受けて驚愕に目を見開いていた。報告を持ってきたアーネストも深刻な表情で頷く。


「はい。勿論表向きは帝都におわす天子を保護・・したという事になっておりますが……それを信じる諸侯や民衆は誰一人いないでしょうな。とうとうこの時が来てしまいました」


「……!!」


ルード・・・……!)


 ディアナは旗揚げ前に訪問した帝都で出会った少年の事を思い出していた。あれからそれなりの年月が経つ。自分も成長したようにあの少年もすっかり青年に成長している事だろう。


 同時に帝都で自分達を窮地に陥れた梟雄サディアスの顔も思い浮かんだ。あの時はルードが介入してくれなければ自分達は壊滅的な被害を出して、今こうしてソンドリア公などと名乗っていられなかっただろう。


 旗揚げ後も年若い女性であるディアナが朝廷に公認され官位を与えられたのも、恐らくはルードの意思が介在してのものだろう。つまり彼は帝都に居ながらにして間接的にディアナに協力し続けてくれていたのだ。


 そのルードが窮地・・に陥っているかもしれないと思うとソワソワと落ち着かなかった。自分は必ず帝都に凱旋すると約束したのだ。その前にこういう事態が起きてしまった。



「……ディアナ殿。思う所はお有りでしょうが、これは避けられぬ展開でもありました。このリベリア州は帝都からは遠く、我が軍が勢力を拡大して帝都に到達する前に、必ずどこかの勢力が帝都を制圧して天子を保護・・してしまった事でしょう。サディアスのみならず殆どの諸侯の最終的な狙いは帝位の禅譲・・・・・にあるのですから」


 帝位の禅譲。つまり今のオウマ帝国から正式・・に帝位を譲られる・・・・事によって、自らを祖とする新たな王朝を築く……。アーネストの言う通り、それがディアナ以外の恐らくほぼ全ての諸侯の最終目的であろう。


 朝廷を無視して新しい王朝を打ち建てる事も不可能ではないが、それは僭称・・に過ぎず、何の権威の後ろ盾も得られないただの逆賊・・となる。余程民衆の支持と盤石の基盤が無ければほぼ不可能な選択肢だ。だからこそ諸侯達はこぞって朝廷の権威を求めて帝都への上洛を目指すのだ。


 サディアスはその競争に一早く勝利したというだけに過ぎない。


「帝国の復興を目指すディアナ殿からすれば忸怩たる思いでしょうが、今は忍耐の時です。名目上とはいえ『保護』を謳っている以上、サディアスにルナン帝を害する事は出来ません。そしてサディアスもまだ帝位の禅譲を受けられる程の勢力にはなっていません。禅譲を受けるには最低でも【王】の称号を得た上で、3つ以上の州を手中に収める程の巨大勢力になっている必要があります。まだ時間はあります。焦りは禁物ですよ」


「……! そう、ですね」


 確かにアーネストの言う通りだ。現状今すぐにディアナ軍が帝都まで勢力を伸ばす事は不可能だ。そんな事をすればラドクリフ軍やその他の勢力に後背を突かれる事になる。今はとにかくこのリベリア州に確固たる地盤を築く事を優先すべきだ。それが結果的にはルードを助ける事にも繋がる。


 そしてその為には目下最大の障害であるラドクリフ軍との戦に勝利しなくてはならない。今彼女が優先すべきはラドクリフ軍対策だ。


(ごめんなさい、ルード。もう少しだけ待っていて。必ず……迎えに行くから)


 ディアナはそう決心して、込み上げる思いを飲み込んだ。そしてアーネストらの提言に従って、ラドクリフ軍との決戦に備えるべく国力の増強策に励んでいく。だが……そんなディアナの、否、軍師のアーネストですら思い及ばなかった事態が帝都において発生していた。



*****



 ハイランド州の南部にあるバーウィック県。つい最近になって、この県で隠棲していた『救国の英雄』カイゼル大都督がとある勢力・・・・・への再仕官を表明した事でも一時期話題になった県だ。


 そのバーウィック県内を更に南のリベリア州へと伸びる街道沿いに建つ旅人宿の1つに、この日は珍しく集団の客が滞在していた。戦乱の波がハイランド州にまで波及し街道を行き交う旅人や隊商も少なくなり、めっきり不景気になっていた旅人宿であっただけに、宿の主人は久しぶりの大口客に喜んだ。


 しかも宿泊代を値切ってくる事も無く気前よく払ってくれた事もあって上機嫌であったが、それだけにこの末法のご時勢に随分太っ腹な客だとその素性が気になった。そういう目で見てみると、その客は隊商という事で主人・・は馬車に乗っていたのだが、その馬車は一見粗末に見えるが実際にはかなり仕立ての良い高級な馬車を使い古したように装って・・・いるだけだと、多くの旅人や隊商を相手にしてきた主人は気付いた。


 『隊商』の主は顔に火傷があるという事で頭巾で顔を隠していたが、その立ち振る舞いには明らかな気品が感じられ、供の者達もどことなくあか抜けていない浮世離れした印象を感じていた。


 一旦気になりだすと宿の主人は、その『隊商』の素性がどうにも気になってきた。




「ふぅ……このような物、暑苦しくて敵わんな」 


 一方その『隊商』の主が泊まっている部屋。『隊商』の主は頭巾を脱いでそう愚痴を零した。その顔は火傷など全く負っておらず、それどころか非常に整った見目麗しい容貌の青年・・であったのだ。


「申し訳ありません、ルナン陛下・・・・・。どこに陛下のご尊顔を知っている者がいるとも限りません故、この旅の間は御辛抱を」


「ふ……解ってるさ。だから表にいる時は一切文句も言わないだろう? こうして部屋の中でくらい愚痴を言わせてくれ」


 同室している侍従長・・・の諫言に、ルナン帝――ルード・・・は苦笑した。


「あの天をも恐れぬ逆賊サディアスの手から逃れる為には仕方ないとは言え、本当に信用できるのでありましょうか、その……ディアナ・・・・という少女は? 既にリベリア州のソンドリア郡一帯に勢力を築いているとなると、陛下の権威を狙う他の諸侯共と同じ穴の狢という事はありませぬか?」


 侍従長の懸念は尤もだ。彼女・・を直接知らなければそう思うのも無理はない。だがルードはかぶりを振った。


「いや、彼女は信用できる。彼女自身が帝国の復興・・を公言しているし、それだけでなくドゥーガル将軍やカイゼル大都督ら、今の帝国の有り様に失望して野に下っていた英雄達が彼女の元に集っている事こそが何よりの証拠だ。そうであろう?」


「それは……確かにその通りです」


 侍従長も渋々ながらそれは認めた。特にカイゼル大都督の復帰は中原でも大きな注目を集め、ディアナ軍の名声と正当性は確実に高まったと言える。


 本当はそれだけではなく、帝都でディアナと直に接してその人となりを知っているからという理由も大きいのだが、あの冒険は彼と彼女と2人だけの秘密であった。



 今ルード達は公務と偽って帝都を出て、そのまま変装・・して一路リベリア州のゴルガに向かっている最中であった。サディアスが帝都を占拠してルードを保護・・した時から、ずっとこの脱出計画を練っていたのであった。今頃シャリーア宮では大変な騒ぎが巻き起こっているだろう。


 だが皇帝が現在帝都におらず自分の手の内から逃げている事など、サディアスは絶対に隠そうとするはずだ。少なくとも帝都に緘口令が敷かれている事は間違いない。だが同時に何としても自分を連れ戻そうと追手(サディアス曰く救出部隊・・・・)を差し向けているはずなので、その前にリベリア州のディアナ軍の勢力圏内に入ってしまわなくてはならない。


 ルードも侍従長達も宮殿暮らしで強行軍に慣れているはずがないので、どうしても最低限の休息は必要になる。その為に今夜はこうして旅人宿に泊まっているが、明日はまた急いで南下を再開しなくてはならない。


「さあ、明日は早く発つ。今夜はもう休むぞ」


「はっ」


 皇帝がそう言えば侍従たちに否は無い。燭台の灯りを消して、一行は旅の疲れもあって早々に寝入った。




「…………」


(こ、皇帝陛下だって……? こりゃえらい事になったぞ……!)


 旅慣れていないルード達一行は、部屋の外で宿の主人が聞き耳を立てている事に気付かなかった。とんでもない秘密を聞いてしまった主人は慌ててその場を離れた。


 しかし軍人でも官吏でもない、ただの旅人宿の主人。しかもその主人は生来口が軽く喋り好きな性質であった。自分が聞いてしまった秘密を胸に秘めておく事など到底できず、ルード達一行が宿を発った後に、他の宿泊客にその事実をつい喋ってしまった。


 勿論主人の聞き間違い、もしくは法螺を吹いているだけと一笑に付す客が殆どであったが、帝都から出てきた旅人や行商人の中には帝都で緘口令が敷かれている事を知っている者もいた。


 そういう者達は主人の話が事実だと確信する。そしてそうなると噂という物は一気に広がり駆け巡るのが世の常。ましてや大きく話題性のある噂ほど光の速さで中原を駆け巡るものだ。


 当のルード達の移動速度よりも遥かに速い速度で中原に広がった噂は、当然ながら情報収集に余念がない各有力勢力の諸侯達の耳にも入る事になり、ただでさえ戦乱渦巻く帝国に更なる混乱を引き起こす事になっていくのだった……

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