千古不易

第十三幕 千古不易(Ⅰ) ~隠棲の老将

 リベリア州の州都エトルリア。州都だけあって帝都には及ばないものの、人口数十万人を抱える大都市である。


 最近になって毒婦エヴァンジェリンによる大規模政変『毒婦の抱擁』によって君主がすげ変わったが、ほぼ無血開城状態だった事もあり、そこまで大きな混乱は起きなかった。それは高級住宅街に居を構える富豪達にとっても同様で、内政に長けたフレドリックの仲介によって彼等は大きな被害や略奪を受ける事なく存続を許され、若干税金が高くなった事以外には相変わらず、それ程不自由ない生活を送れていた。



 そんな大きな屋敷が立ち並ぶ住宅街の一角。余り華美さのない質実剛健な佇まいの屋敷が建っていた。その屋敷の客間では現在、屋敷の主と訪問客とが部屋を締め切って密談・・を行っていた。


 2人はどちらも老境と言って差し支えない年齢の男性であった。しかし同じ老人とはいえ、2人の印象は正反対と言えるものだった。


 屋敷の主は老境とは思えないほど厳つい顔と体格をしており、流石にその髪と濃い髭は真っ白であったが、全く老い衰えた印象を感じさせない矍鑠かくしゃくとした老人であった。


 一方で訪問客の方は綺麗に撫で付けられた髪と髭の痩身の老人であり、ひどく疲れたような暗い雰囲気が年齢以上に老けた印象を与えていた。



「むぅ……随分懐かしい顔が訪ねてきたと思ったら……。お主はそれで良いのか、ギデオン?」


 屋敷の主がその厳つい外見通りの重厚な声音で客人に問いかける。客人――帝国主計官のギデオン・バート・ブリストルは、相変わらず悲壮な表情のまま頷いた。


「ああ。もう私にはあの子達は止められん。そして止める資格もない。だから、こうするしか無いのだ。お前には本当に迷惑を掛けてしまうが、他にこんな事を頼める者がいないのだ」


 ギデオンが心苦しい表情で頭を下げると、屋敷の主はかぶりを振って豪快に笑った。


「なに、気にするな。こうやって隠居生活を送ってみて気付いたが、どうやら儂は根っからの戦人であったらしい。こんな穏やかな生活はどうにも性に合わんと思っておった所よ。それにお主には昔、さんざん迷惑を掛けて助けてもらった恩があるしの。これで貸し借り無しという事にしておくぞ?」


「ふ……そんな事もあったな。戻れるならあの頃に戻りたいものだ」


 昔日を懐かしむようにギデオンが目を細めた。だが過ぎ去った過去は二度と戻らない。例えどれだけ後悔して人生をやり直したいと思ってもそれは叶わないのだ。


 ギデオンは迷いを払拭するようにかぶりを振った。ただの感傷だ。



「では、宜しく頼むぞ、ドゥーガルよ」


 ギデオンは再び屋敷の主――ドゥーガルに頭を下げた。ドゥーガルもまた快く請け負ってくれた。


 これが彼自身の贖罪・・であった。彼はもう自分の子供達と血塗られた道を進むと決めた。だが同時に止められるものならそれを止めたいとも願っていた。


 今回の旧友への依頼は、そんな彼の心の二律背反アンビバレンツを顕すものであった……



*****



 ソンドリア郡フィアストラ県。ここは戦によって併合された地であり、ソンドリア郡を手中に収めたディアナ軍の勢力下において、最も治安が乱れている地域でもあった。


 また不倶戴天の敵であるエヴァンジェリン率いるラドクリフ軍やその他の勢力とも隣接している最前線都市でもあり、ディアナ軍も治安維持と安定に力を注いでいるとはいえ、基本的に県下の情勢はまだ不安定であった。


 それを象徴するかのように県内には最近になって比較的規模の大きい山賊団が複数発生し、県下の村々を荒らし回り治安を悪化させていた。


 治安の悪化は国力の低下に繋がる。商人もそんな剣呑な山賊団が暴れている危険な地域で商売をしたいとは思わないし、物流も滞り経済が落ち込む悪循環となる。


 ラドクリフ軍に付け入る隙を与える要因ともなるし、ディアナ軍としても早急に対処しなければならない問題であった。


 複数の山賊団のうち最も規模の大きい物に対しては、現在この県の太守であり剛勇無双で鳴るヘクトールが対処に当たる事となった。だが山賊団は複数ある。ヘクトールも同時にいくつもの敵に当たる事はできない。


 そこに白羽の矢が……ではなく、自ら志願して山賊討伐に乗り出したのは……





「怯むな! 敵は所詮烏合の衆です! 我が軍の精強さを山賊共に見せつけてやりましょう!」


 討伐部隊の陣頭に立って兵を鼓舞するのは、派手な女性用の鎧に身を包んだ麗しい女武者……ディアナだ。周囲では既に山賊団との戦端が開いており、派手な剣戟音や怒号が響き渡っている。勿論ディアナ自身も剣を振り回して迫りくる山賊と斬り結んでいる。


 山賊団は総勢で300程はいるようだ。中々の規模である。ディアナが率いている討伐部隊はそれより少なく200を少し超える程度。数の上では不利である。


 君主であるはずのディアナがなぜ敵よりも小勢で戦に臨んでいるのか。それはあまりに大規模な討伐隊だと、山賊が戦わずに逃げてしまう為である。それでは根本的な解決にはならない。


 なのであえて敵よりも少数の編成とし、また指揮官が女のディアナである事がなおさら敵の侮りを引き起こし、現在こうして賊共を逃さずに戦端を開く事に成功したのであった。


 だがその為に兵力を犠牲にしているので、現実問題として敵の数のほうが100程も多い状態だ。いくら敵が烏合の衆とはいえ、この数の差はかなり厳しい。だからこそ賊共も勝ち目ありと見做して逃げずに襲ってきているのだが。


 しかしディアナは一切慌てていなかった。それはこの数の差でも勝てると自惚れているからではない。



「……っ。流石にこの数の差は厳しいですね。……退却です! フィアストラの街まで撤収します!」


 果たしてディアナは部隊に退却の合図を出す。指揮官からの合図に討伐部隊の兵士達は、算を乱さない程度に撤収を開始する。戦において退却中というのは格好の追撃のチャンスだ。


 案の定山賊たちは女であるディアナが自分達に恐れを為して逃げ出したのだと思い込んで・・・・・、怒涛の勢いで追撃を開始する。少数である事とディアナが女である事が、山賊たちの油断を生んでいた。


 逃げるディアナ達。追う山賊達。その追走劇がしばらく続いた後、2つの軍は左右にやや小高い丘と森が広がる地形に差し掛かった。そこを更にある程度進んだタイミングで――



 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 鬨の声と共に左右の森から突如武装した兵士達が出現して、まるで山賊たちの退路を断つように後方に回り込みつつ攻撃を仕掛けてきたのだ。その数はざっと200近く。


 いきなり左右から出現して後方を脅かしてくる敵に山賊たちが明らかに動揺して、統制が大いに乱れる。だが逃げようにも出現した部隊によって退路は断たれており、左右も丘と森が広がっていて組織だった行動は取れない。


 それだけでも山賊たちにとっては相当な衝撃であったが……



「流石は兄上・・! これ以上無いというくらいの完璧なタイミングと包囲ぶりですね! よし! 私達も反転して敵を挟撃! 一気に殲滅します!」



 それまで退却を続けていたディアナの部隊が、まるでそれを待っていたかのように整然と反転して、山賊たちに対して反撃に転じてきた。山賊からすればそれまで勝ったも同然と敵を追い回していたはずが、突然前後から挟撃されたようなものだ。


 大混乱に陥って、碌な反撃も出来ないまま一方的に殲滅されていく。


 ディアナの作戦は退却と見せかけて敵を伏兵地点までおびき寄せて、伏兵との挟撃によって殲滅するという比較的単純なものであった。


 しかし山賊がろくに統制も取れていない集団であった事、ディアナが敵の油断を誘いやすい性質だった事、そして何より今回の討伐作戦でディアナの補佐・・をする事になった義兄シュテファンの巧みな用兵ぶりによって、300もの人数の山賊団を殆ど一方的に殲滅する事を可能としたのであった。


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