第十二幕 中原を照らす光
「お久しぶり、という程ではありませんかな、ディアナ殿。貴女がピストイアに侵入したルートは予測がついていました。待ち構えていて正解でしたな」
「……!」
相変わらず一見柔和ながら裏に計り知れない悪意を秘めた笑いを浮かべるフレドリック。ディアナは唇を噛み締めた。
「フレドリック、貴様……! これは一体何の真似だ!? 父上は道中の不干渉を約束して下さったのだぞ! これは父上も知っての狼藉か!?」
代わりにイニアスが声を荒げて詰問する。だがフレドリックは薄笑いを浮かべたままだ。
「勿論オーガスタス殿はご存知ありませんよ。それに彼が約束したのは軍の兵士による不干渉でしょう? あなた方は今ここで
ぬけぬけと言い放つフレドリックに、イニアスが青ざめながらも眉を吊り上げる。
「貴様、そんな詭弁が通るとでも……」
「死人に口なしですよ。言い訳は後でどうとでも出来ます。こんな機会は滅多にありませんからねぇ。エヴァンジェリン様の障害となる貴女を楽に討てる機会などね!」
「……っ!」
フレドリックが手を挙げると、周囲の兵士達が包囲を狭めてくる。イニアスは完全に顔色を失くすが、そこでディアナが妙に静かな事に気付いた。そしてフレドリックもそれに気付いた。
「おや、どうしました? まさか貴女ともあろう人が諦めたのですか? どうせなら必死に抗ってくれた方が楽しめるのですがねぇ?」
ある意味ではイニアスよりも良くディアナの事を知っているフレドリックが、訝し気にその細い目を更に細める。このまま大人しく死を受け入れるというのは……彼の知っているディアナ
果たしてディアナは僅かに口の端を吊り上げた。
「……おめおめとピストイアに侵入した私を、他ならないあなたが絶対に黙って帰すはずがない。
「……何?」
ディアナの言葉にフレドリックがピクッと眉を上げる。と、丁度そのタイミングで、この場に猛烈な勢いで駆け付けてくる騎馬の一団が目に入ってきた。勿論フレドリック達とは異なる部隊だ。
彼等がやってきたのは南……つまり『嘆きの荒野』しかない方向からであった。その数はフレドリック達と同数の100騎程である。
「あれは…………ち、そういう事ですか」
事態を悟ったフレドリックが舌打ちする。そう間を置かず新たに駆け付けた部隊がフレドリック達と対峙する。その中央から進み出てきたのは……
「ふん、やはり予想通りであったな。大方山賊とでも偽ってディアナ達を襲う算段だったのだろうが?」
それはこの事態を予見していたバジル本人であった。元々ディアナと共にゴルガを発っていたのだが、ディアナだけがスピード重視で少数精鋭を率いて先行していき、残りの本隊はそのままバジルが率いて荒野を渡り、今こうして追い付いたのであった。
「やってくれましたねぇ、バジルさん」
柔和な顔が崩れ、忌々し気に表情を歪めるフレドリック。その怒りを受けたバジルはしかし、鼻を鳴らしただけだった。
「ふん……さあ、どうする? このままここで一戦交えるか?」
「……時間をかけて騒ぎが大きくなれば、オーガスタス殿に察知される危険も増しますか。無念ですがここは退くしかなさそうですね。……いつかまたお会いしましょう、ディアナ殿」
ディアナに対してそう捨て台詞を吐いて馬首を巡らせたフレドリックは、部隊を率いて早々と撤収していった。一度退くと決めたら、後は迷いのない退却ぶりだ。
「……退き際は誤らんか。やはり厄介な男だな」
その後ろ姿を油断なく見送っていたバジルが、彼等の姿が見えなくなってから小さく呟いた。そこに包囲から解放されたディアナ達が近付いてきた。
「バジル様、ありがとうございました!」
「いや、何の。俺はただ後押ししたに過ぎん。今回の成果は、イニアスを無事に連れ戻した事も含めて全てお前の手柄だ。胸を張れ」
バジルは特に謙遜する様子も無くそう言った。そこにその当のイニアスも会話に加わる。
「いや、しかしディアナ様は勿論ですが、先生も流石ですねぇ! フレドリックの行動まで読んでいたとは御見それしました! いやぁ、先生なら軍師になっても充分通用しますよ!」
調子よくバジルを持ち上げるが、彼は一転して不機嫌そうに口を曲げた。
「黙れ、このお調子者が! そもそも今回の件自体、お前が勝手に出奔などするから起きたトラブルだろうが! ディアナや俺達にどれだけ手間と足労を掛けたか解ってるのか!? 反省しろっ!」
「うっ……そ、それは……。でも、まさかディアナ様ご自身が私などの為にわざわざこんな所まで出向いて下さるなんて、普通は予測できませんよ!」
痛い所を突かれたイニアスが、少しバツが悪そうながらも
「何を仰られるんですか。確かにイニアス様が御父上と和解する事を望んでいましたが、それは互いの意に沿わない形であってはならないはずです。イニアス様は既に私達の
「ディ、ディアナ様……」
迷いなく断言するディアナに、イニアスは感動して言葉を詰まらせる。横でバジルが苦笑する。
「これが俺達の主君だ。こいつには良い意味で常識は通じん。お前も正式にディアナ軍に帰属したからには早く慣れるんだな」
妙に実感の籠もったバジルの言葉に、イニアスは今更ながらに自らが仕える事になった麗しい少女君主に畏敬の念を覚えると共に、これからもこの破天荒な少女の元で働ける事に、次はどんな常識外れの出来事が待っているのかと、ワクワクするような楽しみを覚えるのであった……
こうしてまた1人、ディアナの強烈な『光』に魅せられた新たな将星が彼女の元に加わった。イニアスは持ち前の優秀さと人当たりの良さを存分に発揮して、ディアナ軍に裏から貢献し続けていく事となる……
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