第二十幕 驕傲のメルヴィン
作戦を立て戦闘準備を整えるディアナ達。そうして2日ほど経った時、伝令から街に迫ってくる軍勢を確認したという報告が入った。数は分からなかったものの、「かなりの大軍」との事であった。
「ふぅ……いよいよか。二人共、準備は万端かな?」
報告を受けたディナルドがディアナ達を振り返る。彼女もシュテファンも既に武具を身に着け軍馬に跨り準備は万全であった。
ペリオーレの兵士達にも既にディアナ軍への帰属は通達されており、君主であるディアナ自身とその腹心の将であるシュテファンが指揮に加わるという事は了承済であった。
「うむ、私もレアも問題ない。それでは出陣するとしようか」
そして3人は最低限の衛兵だけ街に残した総勢1400の軍を率いて、南東方面から出現した謎の敵軍の迎撃に向かった。
「南東方面か……。つまり奴等は『嘆きの荒野』から渡ってきたという事か」
シュテファンが難しい顔で分析する。ペリオーレが隣接しているのは同じソンドリア郡のゴルガとフィアストラのみで、州都のエトルリアとはパドヴァ湖によって分断されている。
ゴルガは当然無いし、フィアストラもこんな所属不明の大軍を通過させる事などあり得ないだろう。となるとペリオーレへの侵攻ルートは限られてくる。
『嘆きの荒野』は死の砂漠『ザハラーゥ』の外縁部に位置する不毛の渓谷地帯で、土地の水分は干上がり、至る所に断崖や地割れが存在している危険な場所で、軍隊が行軍するには全く適していない。
「……だからこちらからの進軍は無いと思っていた。儂とした事がそんな固定観念に囚われておったわ」
「だがこれで南東も危険だという事が解った。今後はゴルガ方面には兵を割かなくて良くなるので、その分を南東方面の監視と防備に回せる。むしろ奴等が南から攻めてきてくれて良かった」
やや自嘲気味に呟くディナルドに、シュテファンは彼なりの言い方で慰める。ディナルドは苦笑する。
「ふ……そうだな。過ぎた事を気にしていても仕方ない。むしろそれをどう今後に活かすか……。かつては儂がお前に教えた気構えを、逆にお前に教えられるとはな」
以前はシュテファンの上官として彼の軍略の師でもあったディナルドは、複雑そうながらも教え子の成長ぶりを感じて嬉しそうな様子でもあった。
その後もしばらく南下を続けていると、やがて北上してくる敵軍を捕捉したという報告が入った。間違いなく件の軍隊だろう。
ある程度の距離を開けて睨み合う両軍。
「……多いな。あれは確実に2000以上はいるぞ」
「なるほど。ペリオーレを蹂躙すると豪語するだけはある。これはちっと厳しい戦になりそうだな」
敵軍の陣容を目視したシュテファンが厳しい表情で唸る。その横ではディナルドも頷いている。
「2000以上の軍隊を動員できる放浪軍など聞いた事もない。これは確実に奴等の背後にはどこかの勢力がいるな」
「うむ……レアとバジルが調べてくれた所によると、首魁のエヴァンジェリンとやらはどこぞの君主の愛人であるらしい。恐らくその勢力の軍ではあるまいか」
「愛人に掌握される勢力か。全く世も末だな」
「……! 兄上、ディナルド様。敵軍から誰か出てきます!」
会話を続けるシュテファン達の横で敵軍の威容を緊張した面持ちで見据えていたディアナは、その中央から少数の騎馬が進み出てくるのが見えた。その騎兵達は白と黒の縞模様が入った旗を掲げていた。
あれは中原の慣習において、戦の前に一度だけ使者を立てて両軍の代表同士で話をしたいという意思表示であった。案の定、騎兵達は両軍が睨み合う丁度中間あたりで停止した。
「あ、兄上、どうしましょうか?」
「……ふむ、これは我等の作戦においてむしろ好都合かも知れん。受けてみるか。話があるというなら聞くだけ聞いてやろう。レア、お前にも来てもらうが……仮にあの中央にいる将がオズワルドだったとしても、決して冷静さを失ってはならんぞ」
義兄から釘を差されるが、ディアナは迷う事なく頷いた。
「……!! は、はい、大丈夫です。それに兄上が側にいて下されば、それだけで私の心は落ち着きますから」
「……! ふ……そうか。ならば行くぞ」
そしてこちら側からもディアナ、シュテファン、ディナルドの3人の他、丁度相手側と同じ人数の騎兵を選出して『会談』の場へと赴く。
ディアナ達が到着すると、敵の騎馬隊の中央にいる人物が進み出てきた。放浪軍の将とは思えないようなやけに綺羅びやかな鎧兜に身を包んだ、こちらを見下した表情の傲慢そうな若いハイランド人の男であった。
そいつの姿を見たディアナは、瞬間的にこの男は件のオズワルドとやらではないと悟った。正直こんな軽薄そうな男をディナルドやシュテファンが警戒するとは思えない。
そして彼女の予想は正しかった。
「私はハイランドはロージアンのメルヴィン・アラン・クロムウェルだ! 今日は我が主ラドクリフ殿の名代として参った!」
若い男――メルヴィンが胸を張って声を張り上げる。ラドクリフというのはエヴァンジェリンの名字だ。やはりこいつらはエヴァンジェリン一味で間違いないようだ。
そしてどうやらこの男は帝都ロージアン出身であるらしい。ディアナはこんな場面ながら一瞬、帝都で別れたルナン皇帝――ルードの顔を思い出した。
メルヴィンはこちらと、そして後ろに控えるペリオーレの軍勢を睥睨すると不快そうに鼻を鳴らした。
「ふん! ディナルドよ。これは我等に降伏する意思は無いという事だな? 愚かな奴だ! つまらん意地のために自らの街を犠牲にするとはな!」
最初から挑発的な態度のメルヴィン。どうやらこちらと和解する気はなく、ただ対話の場にかこつけてこちらを威圧しようという腹づもりのようだ。
ディナルドも対抗して最初から不快げに鼻を鳴らす。
「ふん、どうせ最初から儂を殺すつもりだったのだろうが! 貴様らのようなどこの馬の骨とも知らぬ輩にくれてやる街などないわ! お主らこそ痛い目を見る前に逃げ帰った方が得策だぞ?」
馬の骨と揶揄され、気位が高そうなメルヴィンは露骨に怒りを顕にし目を細める。
「貴様……後悔するなよ? そしてお前……何故女がこんな所にいる? その出で立ち……まさかお前は……」
メルヴィンは最初から気にはなっていたらしく、ディアナの方に視線を向けてくる。彼女の容姿はエヴァンジェリン一味の間でも当然知られているらしく、メルヴィンはその正体に思い至ったように瞠目した。
ディアナはその視線を受け止めるように敢えて顎を反らして胸を張った。
「私はゴルガ伯のディアナ・レア・アールベック! 卑怯卑劣なお前達になど、私は決して負けはしません! 例えどれだけの兵力で攻めてこようが敗れ去るのはお前達です!」
敢えて勇ましい口上でメルヴィンを挑発する。これこそが彼女もこの場に赴いた理由であった。
「ほぅ……お前がディアナか。まさかこんな所で会えるとは思ってもいなかったぞ。くくく……これは俺にも運が向いてきたわ」
案の定メルヴィンの注意と興味を深く引いた様子だ。何と言っても首魁のエヴァンジェリンから直接抹殺命令が下っていた程だ。今までにも多くの刺客が彼女を狙っているが、結果的には皆失敗している。
もしディアナを捕らえるか殺すかする事ができれば、確実に一味の中で出世するのだろう。それはトレヴォリの事件におけるナゼールの言動が物語っていた。
まずこの場でディアナという『美味しい餌』があるのだという事を敵に認識させる。それがこの場での目的であった。
自らがすでにこちらの術中に嵌っている事など露知らず、メルヴィンは都合の良い戦果と未来を思い描いて歪んだ笑みを浮かべる。そして他の騎兵達に合図して馬首を巡らせた。
「いいだろう! そんな死にたいというのであれば望み通りにしてやる! お前達を殺し、ペリオーレの街を火の海に変えてやるわ!」
意気揚々と軍に引き揚げていくメルヴィン。それを見送ってディアナ達も自陣に帰投する。
「よし、とりあえずはこちらの思惑通りに進んでいるようだな。だが当然油断は禁物だ。冷静に作戦通りに事を運ぶぞ。言うまでもなく、レア。お前の役目は非常に重要だ。心して掛かれ」
「……はい! 任せて下さい。必ず私は私の役目を全うしてみせます!」
シュテファンの言葉にディアナは力強く頷く。
「ふ……頼りにしているぞ?」
そんな義妹の頭を撫でて激励するシュテファン。ディアナは少し照れくさそうに、しかし気持ちよさそうに目を細める。
「おほん! よし、皆の者、準備は良いな! 戦闘開始だ!」
自分達の世界に入っている兄妹を尻目に咳払いしたディナルドは、ペリオーレ兵1400に向けて号令を掛ける。兵士達からは鬨の声が上がる。ほぼ同時に敵軍も動き出した。
ここにペリオーレの街とディアナ自身を巡る会戦の火蓋が切って落とされた!
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