第五幕 潜在せし脅威(Ⅴ) ~苦難の予兆


 何故あの頭目がヘクトールと一緒にこの場に踏み込んできたのか解らず、増々混乱するディアナ。


「がはは! 真打ちは遅れて登場ってな! 他の私兵共を蹴散らすのにちっと手間取っちまったぜ」


「お、お前は、ゾッド!? ……やれやれ、策は完全に失敗したという訳ですか。あなた方を甘く見すぎましたね」


 フレドリックもまた、部屋に飛び込んできた頭目――ゾッドの姿に驚くと共に、忌々し気に舌打ちした。



「流石に2人相手は面倒か。ウルゴル、この場は退きますよ。命拾いしましたねぇ、ディアナさん?」



 形勢の不利を悟って、ウルゴルを促してこの場から撤収しようとするフレドリック。だが当然その前にヘクトールが立ち塞がる。


「こんだけ好き勝手しといてただで帰れると思ってんのか? きっちり落とし前は付けさせてもらうぜ」


 戟を構えて闘気を発散させるヘクトール。だがその間に割り込むようにゾッドが入った。


「……いいぜ。行きな」


「ふふふ……流石はゾッドさん。良い判断です。……それではディアナさん、またお会いしましょう」


「……っ」


 フレドリックに視線を向けられたディアナは再び息を呑んだ。そしてウルゴルを伴ってそのまま部屋から出ると、どこへともなく立ち去っていった。恐らくここやあのゴルガの屋敷以外にも拠点を持っているのだろう。 





「……何で奴等を行かせた?」


 フレドリック達の気配が消えたのを確認してからヘクトールが不機嫌そうにソッドに問いかける。ゾッドは肩をすくめた。


「お前も解ったはずだ。あの化け物野郎、強いぜ。少なくとも今の俺らじゃ例え2人掛かりでも、良くて相打ちって所だ。こんな所であんな奴と心中するのがお前さんの望みなのか?」


「……ちっ」


 ヘクトールもそれは認めざるを得なかったのか、不快気に舌打ちする。ゾッドが苦笑する。


「ほれ、それより今は嬢ちゃんの介抱が先だろ」


「うおっと、そうだった! 悪い、ディアナ! 今助けるぜ!」


 ヘクトールは慌ててディアナの下に駆け寄ると、その拘束を解いてくれる。



「へ、ヘクトール様……な、何で……どうやって?」


 拘束を解かれたディアナは、彼が生きていた喜びと安心もさる事ながら、まず疑問が勝った。ヘクトールが頬を掻いた。


「あー……まあ、あれからこっちも色々あってな。落石で死ぬ事は免れたんだが、完全に気を失っちまっててな。で、瓦礫に埋もれてた俺をこのゾッドが助けてくれたのさ」


 水を向けられたゾッドが再び豪快に笑う。


「がはは! あの落石でぺしゃんこにならずに済んだ頑丈さには恐れ入ったぜ」


「はっ、よく言うぜ。お前だって似たようなもんだろ」


 頑丈さを褒められたヘクトールが苦笑を返す。どうやらそれで彼に助けられて、そのままディアナ救出の為に、2人でフレドリック達の足跡を追ったという事のようだ。


 だがそこで新たな疑問が生じる。


「で、でも何故、その……ゾッド、さんが私達を助けてくれるのですか? 私達は直前まで戦っていた間柄だったのに……」



「……ディアナ。ゾッド達は実際にはフレドリックが言うような凶悪な山賊なんかじゃ無かったんだ。それどころか民の為に他の山賊や盗賊を退治する義賊集団だったんだ」



「……!」

 ヘクトールの説明に瞠目するディアナ。


「カルム商会が裏ではジャハンナムを始めとした禁制品の密輸や流通で荒稼ぎしている悪徳商人だと知っていて、奴等の活動を妨害する為に襲撃を仕掛けていたんだ」


「……っ!」


 それを疎ましく思ったフレドリックは、ディアナ達との共倒れを狙ってあのような周到な罠を仕掛けたのだ。そして何も知らないディアナはまんまと奴等の罠に嵌ってしまった。



「そ、そんな……そういう事だったのですね。申し訳ありませんでした、ゾッド様。私が愚かなばかりに、みすみす奴等に踊らされて大変な事を……」


 ショックを受けたディアナは悄然と謝罪する。だがゾッドはかぶりを振った。


「……いや、嬢ちゃんが気にする事はねぇよ。ただそう言われて納得出来るもんでもねぇよな。そうだな……じゃあ一つだけ俺の頼みを聞いてもらえるか?」


「……! は、はい! 私に出来る事であれなどんな事でも……!」


 罪悪感からディアナは勢い込んで頷いた。ゾッドが再び苦笑する。



「ああ、いや、そんな大層な事じゃねぇが……俺をあんたらの軍に加えてもらえねぇかと思ってよ」



「……え? わ、私達の軍に? な、何故……」


 思わぬ申し出にディアナは目を瞬かせる。


「奴等にしてやられたのはあんたらだけじゃねぇ。俺も子分たちの殆どを失ったんだ。生き残れたのはごく僅かだった。このまま済ます気はねぇ。奴等には必ず落とし前を付けさせる。連中はどうもあんたを狙ってるみたいだから、それならあんたの仲間になれば奴等と戦える可能性が高いだろ? 勿論仲間になるからにはそれ以外の戦なんかでもきっちり働くぜ」


「……!」

 確かにゾッドの腕前は相当な物だ。直接剣を交えたからこそ解る。味方とすれば頼りになるのは間違いない。ヘクトールも首肯する。


「ディアナ、ゾッドの腕は俺も保証するぜ。それに奴等がお前を狙ってるらしいってのもな。なら味方は1人でも多い方がいい」


「そう……ですね。ご迷惑もお掛けしてしまいましたし……。解りました、ゾッド様。あなたを是非ゴルガに迎え入れたいと思います。これから宜しくお願いします」


 ヘクトールの言う事も尤もだ。少なくともゾッドがフレドリック達の仲間でない事だけは間違いないので、その点でも安心だ。


「おう、こっちこそ宜しく頼むぜ! それに子分たちの復讐ってだけじゃねぇ。どうもあんたは危なっかしくていけねぇ」


「う……」


 ゾッドの言葉にディアナは恥じ入って俯く。同時に心の中で忸怩たる思いを抱く。


(危なっかしい、か……。確かにそう言われても仕方ないかも。駄目ね、このままじゃ。私、もっと強くならないと……)



「ディアナ、どうかしたのか?」


 物思いに沈む彼女の様子を心配したヘクトールが声を掛けてくる。ディアナは慌てて話題を変えた。


「あ、い、いえ、何でもありません。それより……あのフレドリックは、今回の件は全て『あのお方』の為にやった事だと言っていました。誰か他に主人がいるような口ぶりでした」 


「『あのお方』? 知ってるか、ゾッド?」


 ヘクトールに問われたゾッドも首を横に振る。それを受けてヘクトールも口角を下げる。


「……ふん。どうにも穏やかじゃねぇな。どのみちアーネスト達にも報告しなきゃならんから、そこであいつらに対策を考えてもらおう」


「そ、そうですね……」


 確かにアーネストやシュテファン達に任せれば安心かもしれない。しかし自分が誰かに憎まれて命を狙われているという状況に、ディアナは精神的な負荷を感じざるを得なかった。それが誰とも解らない正体不明の相手というのであれば尚更だ。


「ディアナ。心配するなって方が無理な話だが、それでも大丈夫だ。俺は命を懸けてお前を守る。勿論シュテファン達もだ。ゾッドだって仲間に加わってくれたし……。必ず何とかなるぜ!」


 彼なりに元気づけようとしてくれるヘクトールに、ディアナは若干涙ぐんで上目遣いになる。



「ヘクトール様……。あ、ありがとうございます。頼りにしていますね?」


「……! お、おう、任せとけ! 二度とあんな連中に不覚は取らねぇぜ!」


 思わず動揺してしまうヘクトールだが、それを見ていたゾッドがまた豪快に笑った。


「がはは! なるほど、そういう事か! まあそのうちいい事あるぜ、兄弟!」


「うるせぇ! 誰が兄弟だ、誰が!」


 ヘクトールが顔を真っ赤にして怒鳴っていた。その様を見てディアナもようしゃく少し気持ちが解れてきて、小さく笑うのだった。




 ヘクトールによってあわやの所で救出されたディアナ。命は助かったものの、彼女を狙う正体不明な『敵』の存在が明らかになり、ディアナは大きな不安と焦燥に苛まれる事になる。


 旗揚げを為したばかりのディアナだが、早速その身に試練が降り掛かろうとしていた……

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