第三十三幕 確かな一歩

 ゴルガの街。


 旗揚げの戦で太守のヴァレンゾを討ち果たし守備兵を降伏させたディアナ軍は、遂にゴルガ県を拠点として旗揚げする事に成功した。


 投降した兵士達の処遇や私兵達の正規兵への格上げ、街の住民への布告など最低限の処理だけを済ませ、ディアナとその同志達はゴルガの宮城へと入城を果たした。



「こ、ここが……私の……私達の街。私……私……遂に自分の街を手に入れたんですね?」


 宮城前の階段の上からゴルガの街並を一望して、ディアナは深い感慨に耽った。アルヘイムを発ってからというもの、決して平坦とは言えない様々な出来事があった。時には命や貞操の危機に晒された事も。


 だがそれらを乗り越えて、義兄をはじめ優秀な同志を味方にする事が出来、自らの軍を組織して、遂にはこうして自らの国を興し、旗揚げに成功したのだ。


 感無量であった。



「元々方針さえ決まれば旗揚げは容易だったのだ。お前は既にそれだけの人材を揃えていたのだからな」


「あ、兄上……。本当にその通りですね。兄上や皆のお陰です」


 シュテファンの言葉にディアナが礼を言うと、アーネストがかぶりを振った。


「言ったでしょう? あなたがただの浪人で終わる事など絶対にないと」


「アーネスト様……。ふふ、そうでしたね! ありがとうございます」


 ディアナは今となっては大分昔にも思える、アーネストとの邂逅時の会話を思い出した。確かに彼は……彼らは有言実行を果たしてくれた。 



 ディアナは改めて同志達に向き直った。


「皆様、本当にありがとうございました。お陰で私はこうして当初の目標である自らの国を興す事に成功しました。しかしこれは始まりにすぎません。私の目標はあくまでこの戦乱の世を終わらせる事。それはつまり天下統一を成し遂げなければ達成できないということでもあります。今までも、そしてこれからも私一人ではこの難事は到底為し得ないでしょう。皆には今まで以上に苦労を掛けると思います。それでもその苦労の先に、私達の望みが叶うはずです。これからも不甲斐ない私を導いて下さい。どうぞよろしくお願いします!」


 真摯に頭を下げるディアナ。彼等の協力が無ければ自分一人では何も為せなかったのは紛れもない事実だ。こうして改めて協力を乞う事に何の抵抗もなかった。


 シュテファンやアーネストは心得ているという風に頷く。そしてヘクトールも自らの厚い胸板を叩いて請け負う。



「おう、任せとけ! 今回の戦は久々に楽しめたしな! むしろ嫌だって言われてもお前に付いていくぜ」


「ヘクトール様……ありがとうございます! 頼りにしていますね?」


 ディアナにその意図があったかは不明だが、上目遣いに可愛らしく懇願されてヘクトールが柄にもなく動揺する。


「お、おう! 俺様に任せときゃ万事問題無しだ!」


 ディアナから頼られて満更でもなさそうな様子のヘクトール。するとそれを見ていたバジルが会話に割り込んでくる。


「ディアナ、俺は勿論お前を全力で支えるぞ? 戦では役に立てんが、こうして街を得た以上これからは俺の舞台だ」


「バジル様、ありがとうございます! 私は政治に関しては素人。バジル様だけが頼りです。何卒これから宜しくお願い致します!」


 ディアナがやはり上目遣いになってバジルに取り縋らんばかりの様子になる。バジルは緩みそうになる頬を抑えて、気障に一礼する。


「ふ……任せておけ。お前にとって一番必要なのは俺の能力だと、これからすぐに解るはずだからな」


「……!」


 バジルが敢えてヘクトールに見せつけるように請け負うと、ヘクトールの眉がピクッと吊り上がる。しかし彼はすぐに何かを思いついたように会心の笑みを浮かべた。


「ディアナ! 今回の戦で倒したり逃げ去ったりでゴルガの兵力も大分減っちまった。このままじゃ周辺勢力との戦は勿論、衛兵の治安維持活動にも支障が出る。だから俺がリュンクベリから俺の直属だった兵士共を引き抜いて来てやるよ。兵士としての練度は保証する。俺は元々あいつらには慕われてたし、俺が声を掛けりゃ必ず移ってきてくれるはずだ。……ま、誰かさんには逆立ちしても出来ない芸当だろうがな!」


「ぬ……!」


 バジルの人望の無さを揶揄しながら、自らの功績をアピールするヘクトール。反論できずにバジルが唸る。



 一方ディアナは能天気に瞳を輝かせている。


「まあ! 流石はヘクトール様です! お強いだけでなく人望もお有りなのですね! 本当に頼りになります! そういう事であれば是非宜しくお願いします!」


「よーし、任せとけ! あいつらは即戦力になるぜ! へへ」


 ディアナにおだてられたヘクトールは増々上機嫌になって胸を張っている。それとは対照的に苦々しい表情になったのはバジルだ。だが彼も何かを決意すると、陰気そうに口の端を吊り上げて笑う。


「ディアナよ。この街の経済状態はあまり良好ではないようだ。このままでは資金繰りで苦労する事になる。兵士だけ増えてもそれに支払う給金が確保できねばただの金食い虫だ。そこでだ……今こそ俺が蓄えていた隠し財産・・・・を処分し、全てお前とこの街に進呈しよう。全部処分すれば50万ジューロ相当は行くはずだ。これで当面金不足の心配はしなくて良くなるぞ」


「……!!」

 ヘクトールが目を剥く。次いで忌々しそうに舌打ちした。一方ディアナは男達の水面下での駆け引きに気付いていない様子で、感動に顔を赤くしていた。


「……! ご、50万ジューロですか!? そのような財産を私の為に……! なんと素晴らしい自己犠牲でしょう! ありがとうございます、バジル様! 私、この御恩は生涯忘れません!」

 

「ふ、ふふ……そうだろう、そうだろう……。俺に感謝するが良い」


 その場の勢いとヘクトールへの対抗心から隠し財産の処分を約束してしまったバジルは、若干目許を引き攣らせながらも、ディアナの感謝を一身に受けて満更でもなさそうに口の端を吊り上げる。


「ぬぅぅ……」


 その様子を見てヘクトールが悔しげに唸る。




「やれやれ、あの2人はまたか……。競争心を持つのは結構だが、余り行き過ぎるのも考えものだな」


 アーネストと共にそのやり取りを眺めていたシュテファンが、呆れたようにかぶりを振った。これまでの道中でもヘクトールとバジルは、ディアナへの関心を巡って度々険悪な雰囲気になっていた。


 放浪軍でいる内ならいざ知らず、これからは自分たちの国を持ち、民や兵の模範となっていかねばならないのだ。いつまでも敵愾心剥き出して喧嘩をされていては困るというのが正直な気持ちであった。

 

「……失敗しましたね」


 アーネストが横でボソッと呟く。それが聞こえたシュテファンは腕組みをしながら頷いた。


「全くだな。あの2人があそこまでレアに傾倒するようになるとは、正直予想外――」


「――私も何か実のある贈り物を用意しておくべきでした。あの2人だけ特別に感謝されるというのは少々業腹ですね」


「……何だと?」


 自分の耳を疑ったシュテファンは、思わずといった感じでアーネストを見やる。


「むむ……! 今からでも遅くはない。私も何か役立つ資源を見繕ってディアナ殿に進呈せねば……!」


 しかし彼はシュテファンに見られても気付いている様子がなく、ディアナ達の方を見ながらブツブツと呟いている。



「アーネストよ、お前もか……」


 シュテファンは愕然として一歩後ずさった。彼等はいずれもシュテファンがその能力を認める才人達。ヘクトールやバジルだけならまだしも、冷静なはずのアーネストまでもがいつの間にかディアナの虜になっているらしい現状に、シュテファンは妙な危機感・・・を抱いた。


「…………」


(よもや……レア自身が傾国となったりはせんだろうな? まさか自覚してやっているとも思えんが、よしんば意図的に男達を虜にしているとしたら……いや、それは考えるだに恐ろしい事だ。いずれにせよ私が注意してレアの手綱を締めていかねばならんか……。全く、世話が焼ける事だな)


 自分たちの国を得た目出度い場だと言うのに、シュテファンは新たに浮き彫りになった課題に、自分でも苦労性と思いつつ深い溜息を吐くのであった。





 この日、ゴルガの太守が交代した。


 新たに太守となったのはまだ20に満たない少女である事から、果たして朝廷の承認が得られるのか、ディアナ軍からは大いに心配、民や周辺勢力からは大いに興味を持たれたが、そのような異例のケースとしてはあり得ない程の迅速さで正式な辞令が交付され、ディアナは晴れて朝廷が認めた太守……ゴルガ県を治める【県令】として承認され、ゴルガ伯となった。


 ホッと胸を撫で下ろすアーネスト達の裏で、ディアナはこの迅速な承認には皇帝であるルナン帝……ルードの意志が関わっている事を悟っていた。


 自らの国を得た喜びと共に、彼女は改めて天下統一と帝都への凱旋の意志を固めるのであった……


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