第三十二幕 ゴルガ開国戦(Ⅱ) ~同志達の真価

 歩兵や少数の騎兵の指揮はジルベルトに任せ、ヴァレンゾは後方から弓兵による斉射を仕掛けてくる。


 アーネストに言われた通りにヴァレンゾを挑発したディアナは、一直線に突撃してくる敵軍の姿に手応えを感じ、やはり当初の作戦通り防御と後退に徹する。といっても彼女だけであの敵軍相手に持ち堪えられるはずがない。


 彼女の役目は敵軍に自分の存在を誇示し、ヴァレンゾを挑発して突撃を促す事。そしてその後は……



「――よくやったぞ、レア。後は我等に任せておけ」


「へへへ! やぁっっと、思う存分暴れられるぜぇ! この時を待ってたんだよ、俺はっ!」



 2人の同志、義兄のシュテファンと猛将のヘクトールがディアナと入れ替わるように前に出て、兵達の指揮を交代する。


 後陣に下がったディアナは、この重要な局面で後は同志達に任せるしかない己の無力さに歯がゆい思いを抱きつつも、義兄たちの勝利を信じて戦況を見守る。


 因みに後陣はアーネストが受け持っており、100程の兵を弓兵に仕立てて斉射の指揮を取っていた。



「いくぜぇぇ、お前ら! 俺に続けぇぇぇっ!!!」


 ヘクトールが愛用の戟を振り回しながら、一切怖れることなく嬉々として正面から敵軍に突撃していく。降り注ぐ斉射の矢は全て彼が戟を振り回すだけで、容易く撃ち落とされた。


 巨大な戟を風車のように旋回させながら迫る堂々たる体躯のヘクトールの迫力に、ゴルガ軍の先鋒が若干怯んで突撃の勢いが弱まる。その隙を逃さず、まるで獲物に襲い掛かる猛獣のようにヘクトールは敵軍の只中に飛び込んだ!


「おおおおおりゃああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 凄まじい気勢と共に戟を縦横無尽に振り回すヘクトール。その度に鎧を着ているはずの敵兵士が、まるで木っ端のように吹き飛び弾け飛ぶ。大量の血しぶきと悲鳴と怒号が巻き起こり、ゴルガ軍の先鋒が一時的な混乱状態に陥る。


 ヘクトールの武勇は凄まじいの一言に尽き、敵軍の士気を大いに挫く。そこに敵が態勢を立て直す前に、ヘクトールに追随していた自軍の私兵達が追いついてきて接敵する。ディアナの虜となっている私兵達は、ヘクトールの凄まじい武働きにも鼓舞され、恐ろしく高い士気を維持したままゴルガ軍に斬り掛かる。


 その結果信じがたい事に、僅か半数程度であるはずのディアナ軍が優勢となってゴルガ軍を押し込んでいた。



「ええい! 放浪軍相手に浮足立つな、馬鹿どもめ! 数はこちらが圧倒的に上だ! 冷静になれ! 囲んで一人ずつ始末していけ!」


 思わぬ戦局に苛立ったジルベルトが声を枯らして統制を取る。その甲斐あって僅かにゴルガ軍が落ち着きを取り戻すが……


「お!? てめぇが副将だな? 俺はリュンクベリのヘクトール! 俺の戟の錆びになってもらうぜ!」


 ヘクトールがジルベルトの姿を認めて、喜色を浮かべて挑みかかる。ジルベルトもそれに気付いて迎撃の態勢を取る。


「ふん! 浪人風情が……! リュンクベリだと? そんな北の片田舎、知らぬわ!」

「知ってんじゃねぇか!」


 2人の武人の長柄が激突、交錯する。ジルベルトは長槍を軽々と使いこなし、息も付かせぬ連続突きを仕掛けてくる。一撃一撃が相当の速さと重さだ。しかしヘクトールも巨大な戟を素早く取り回し、ジルベルトの攻撃を全て受けきる。


「へっ……やるな、お前! 雑魚の相手ばっかじゃ物足りねぇと思ってたんだ! 楽しませてもらうぜ!」


「ほざけ、でくのぼうが!」


 2人の武人の得物が何合も打ち合わさる。ヘクトールの薙ぎ払いをジルベルトが槍の柄で受け止める。ジルベルトの突きをヘクトールの戟が受け流す。


 そうしてしばらく攻防の応酬が続いた後……


「……っ!」


 ヘクトールの剛撃を何度も受け続けた槍の柄が、その衝撃に耐えきれず真っ二つに断ち割れた! 槍の柄には鉄の芯が通っているというのにそれごとだ。あり得ない現象にジルベルトの顔が驚愕に歪む。


「はっ! 中々楽しめたぜ! じゃあなっ!」


 恐るべき怪力で相手の槍を断ち割るという離れ業をやってのけたヘクトールは、獰猛に笑うと凄まじい勢いで戟を振り下ろした。ジルベルトが副武器の剣を抜く暇もなかった。


 兜ごと頭を断ち割られたジルベルトが即死して馬から転落する。ヘクトールはその戟を高く掲げて大喝する。



「敵将、このヘクトールが討ち取ったぁぁぁぁぁっ!!!」



 大音量の一喝は周囲で戦う両軍の間を遍く駆け巡った。


「あ、あのジルベルト将軍が討たれた!?」

「あいつ、人間じゃねぇ!」

「ば、化け物だぁっ!!」


 ゴルガ軍随一の猛将であったジルベルトが一騎打ちで敗れたという事実と、それを為した怪物が敵軍にいるという事実が、二重にゴルガ軍を動揺させる。



「流石はヘクトール殿。頃合いだな。火矢を放てっ!」


 敵軍の動揺を見て取った後陣のアーネストが、弓兵達に指示を出す。放たれた火矢は大半が敵兵に当たって弾けたものの、一部は敵を素通りして地面に突き立つ。そして更にその中の一部が、予め敵軍のいる辺りに・・・・・・・・・・埋設してあった油袋に引火。


 燃え上がって飛び散った炎が他の油袋にも飛び火して、瞬く間に敵軍を赤と黒の煙で埋め尽くしていく。


「わあああ!? な、何だ!? 急に炎が……」

「わ、罠だ! 火計だ! 逃げろ、逃げろぉっ!」


 ジルベルトが討たれた動揺も相まって、ゴルガ軍の騎兵や歩兵たちは既に大混乱の様相を呈していた。しかもその間にもヘクトールら敵軍が容赦なく攻め立ててくるのだ。太守のヴァレンゾがどれだけ統制しようとしても、最早鎮静は困難な状態であった。



「馬鹿な……馬鹿な! 何だ、この状況は!? 何故たかが500の放浪軍相手にこんな事になっているのだ……!」


 ヴァレンゾからすれば全く訳がわからない状況だった。敵軍に猛将がいて出鼻を挫かれたと思ったら、そいつにジルベルトが討たれたというまさかの報告。その混乱に追い打ちを掛けるように、敵の罠による火計が発動し、最早統制が不可能なほどに戦線が崩壊してしまった。


「ま、負ける……? 負けるというのか? この儂が? たかが放浪軍相手に……? あり得ん!」


 現実を認められないヴァレンゾが呻くが、そこに更なるダメ押しが……


 それでも何とか退却を図ろうとしたヴァレンゾだが、前線の混乱と火計の炎を隠れ蓑にして、敵の別働隊が間近まで迫っていたのだ。


 別働隊は数にすれば100人程度だったが、それでも今のゴルガ軍にとっては致命的とも言えた。しかもそいつらは恐ろしいほど巧みにこちらの退路を塞いで、撤退を妨害してくる。



「ゴルガ太守のヴァレンゾだな? 我が名はアルヘイムのシュテファン。既に戦の趨勢は決した。これ以上兵に無駄な犠牲を強いる前におとなしく投降されよ」



「……!」


 別働隊の指揮官と思われる武将が名乗り出て、ヴァレンゾに投降を促してくる。後方からはヘクトールと火計の炎が迫っている。追い詰められたヴァレンゾはしかし、女が率いる放浪軍などに投降する気は微塵もなかった。


「ふざけるなぁ! 卑しい浪人風情がっ! 奴等を突破すれば逃げられる! 蹴散らせ! 数はこちらが上だっ!」


 ヴァレンゾが率いている部隊はそれでも200ほどいるので、100程度の部隊であれば数の差で押し切れる。


 突撃してくるヴァレンゾ達を見て、シュテファンがかぶりを振る。


「愚かな……つまらぬ意地で時勢から目を逸らすか。ならばこちらも容赦はせぬ。……ヴァレンゾを討ち取れ! 逃げる兵は極力無視しろ!」


 シュテファンの指示で迎撃体制を整える別働部隊。両部隊が激しく衝突する。シュテファンは麾下の部隊をまるで自らの体の一部のように自在に操り、倍の数の敵軍を翻弄し、巧みに分断させ、遂に中心に居たはずのヴァレンゾの元まで到達した。


「馬鹿な! この儂が……!」


「ヴァレンゾ、覚悟っ!」


 信じられないように目を見開くヴァレンゾ。間近まで接近したシュテファンは目にも留まらぬ速度で剣を一閃。ヴァレンゾの首を一撃で刎ね飛ばした。



 ここに戦は完全決着を見た。ディアナ軍も敵の斉射などで多少の被害は出ていたものの、損耗率は1割以下であった。大勝と言える。ディアナ軍は逃げ散る兵士は追撃せずに、投降する兵士は受け入れた。



 そのまま戦勝の勢いを維持してゴルガの街まで進軍するディアナ軍。太守や将軍が討たれ、主力部隊が敗走した事を知った残りの守備兵たちは、勧告を受け入れて籠城する事なく降伏した。


 旗揚げは為った。ディアナは優秀な同志達の働きによって、遂に自らの寄る辺を手に入れたのであった……

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