第三十一幕 ゴルガ開国戦(Ⅰ) ~可憐なる頭領

 ゴルガ太守のヴァレンゾは苛立っていた。ただでさえこんな危険な火山地帯の辺境に追いやられて、勢力拡大も上手く行かずに腐っていた所に、よりにもよって自分の領内で放浪軍が決起したというのだ。


 500人規模の放浪軍で、連中はこちらの退去勧告に従わずに、あまつさえ県内にある砦の一つを占拠してしまったのだ。あの砦はガルマニア州へ通じる交易路の一つであり、そこを占拠されたままだと街の経済に大きな悪影響が出てしまう。


「ただでさえ周囲の県との戦で経済は停滞気味だと言うのに……忌々しい馬鹿どもめ!」


 ヴァレンゾは吐き捨てる。これが他の県で決起したというなら、むしろいい気味だと笑っていられたのだが、自分の懐で好き勝手されていてはそうも行かない。


「500人程か……。まあ放浪軍ならその辺りが限界であろうが、これ以上放置していては他の太守どもに付け込まれる隙を与えるだけだな。やるなら迅速に、そして徹底的に、だな」


 二度とこの県で反乱などする気が起きないように、見せしめの意味も込めて徹底的に殲滅するのが上策だろう。


 ヴァレンゾはそう決意すると、素早く出陣の支度を整えた。現在ゴルガには2000近くの兵力があるが、当然他の県への警戒もあるので全軍を動員する訳には行かない。


 ヴァレンゾは1200の兵をこの放浪軍討伐に割り当てた。そして自らがこの討伐軍を率い、麾下で最強の武将であるジルベルトに先陣を任せる。


 500人の放浪軍相手には盤石に過ぎるとも言える布陣だが、それこそたかが放浪軍相手に余計な時間や兵力の消耗を避けたいヴァレンゾとしては充分妥当な物であった。


「よし、出陣だ! 身の程知らずな蟻共をさっさと駆除するぞ!」


 こうしてゴルガのヴァレンゾ軍が出陣した。だがヴァレンゾは放浪軍の兵力だけを見ていて、それを率いるに注目していなかった。烏合の衆と高を括っていた。そしてそれが自らの運命を決する事になるとは、この時点では知る由もなかった……



*****



 ヴァレンゾ軍が動き出したという報は、アーネストの放っていた斥候によって一早くディアナ軍の元に届けられていた。


「ふむ、1200か。まあ想定の範囲内だな。他勢力への防備を除いて動員できる兵を全て動員したという所か。悪くはない判断だが……それでもまだ甘いな。貴様がやるべきは、一時的に防衛戦力も全て動員して全軍で討伐に当たる事だったのだ。サディアスと違い、我々の危険性・・・を見誤ったのが貴様の敗因・・だ」


 占拠した関所の指令室。斥候からの報告を受けてアーネストが、自らの顎を撫でながら冷笑する。


「確かにこの関所はかなり立派だし、ここに籠って戦えば充分勝機はありますよね」


 ディアナが指令室の窓から見える関所の壁を眺めながら呟いた。ここはガルマニア州とリベリア州を結ぶ要衝であり、古の戦国時代にも両国の間でしばしば戦場となった事から、強固な関所が築かれるに至った。


 時にはこの関所をガルマニア側が占拠した事もあり、何度も改築を重ねてリベリア側に対しての防壁も厚くなっているので、ここなら少ない兵力でも充分対抗できそうだとディアナは思った。


 だがアーネストは呆れたようにかぶりを振った。


「ディアナ殿……。それは戦場で軍を率いる将としては無能に過ぎますよ?」


「え……!?」

 彼女は驚いて彼の方に振り返る。するとアーネストではなく同席している義兄のシュテファンが、やや厳しめの諭すような表情で喋ってくる。


「レア、籠城という行為は基本的に援軍を前提としている物だと以前に教えたはずだな?」


「え…………あっ!」


 言われて思い出したディアナは顔を青ざめさせる。確かにまだアルヘイムにいた頃、義兄からそのように教わった記憶があった。


「援軍が来るまでの間、もしくは敵の物資が底を付くまでの間その場を死守しなければならない。そういった場面では籠城という行為も有効だ。だが今回の戦に於いて籠城は最悪手だ。理由はこれ以上説明せずとも分かるな?」


「う……は、はいっ!」


 ここで解らないなどとは口が裂けても言えない。ディアナは恐怖から必死に頷いた。それに実際諭された事で、彼女も籠城の愚に思い至っていた。


 当然自分達には援軍など無い上に、ここは敵の領内であり、敵の物資が尽きるよりこちらの物資が枯渇する方が確実に早い。これでは籠城などしても自分達を追い詰めるだけの自殺行為だ。


「その通りです。ここはゴルガ県の要衝。ここを占拠された事で、太守のヴァレンゾは必ず自らが親征してでも一刻も早く我等を討伐しようとするはずです。この関所を占拠したのは、あくまで奴を直接戦いの場に引きずり出す為に過ぎません」


「な、なるほど……」


 実際に1200もの兵を率いてヴァレンゾが直接攻めてきているらしいので、アーネストの読みは当たっていたという事になる。



「でも……相手はこちらの倍以上いるんですよね? 私がこんな事を言うのもなんですが、本当に勝てるんでしょうか?」


 ディアナの声が不安に揺れる。兵達の前では絶対にこんな不安は出せないが、義兄を始め同志達の前では別だ。アーネスト達もそれを解っているので特に咎めるような事もなく、それどころか自信に満ちた頼もしい笑みを浮かべて頷いた。


ディアナ軍・・・・・としては今回が初戦・・となりますね。それなら不安に思われるのも無理はありません。しかし……あなたは我等を勧誘して正解だったと、この戦で実感する事になるでしょう。今こそ我等の真価・・をお見せ致しますよ」


「……!」


 アーネストだけでなくシュテファンも当然のように頷いている。そのこれ以上ないくらいに頼もしい姿に、ディアナは自らの不安がスゥ……と消えていくのを感じた。


「よ、宜しくお願いします、兄上! アーネスト様!」


「何なりと。しかし勿論あなたにも働いて頂きますよ? この戦で我が軍の大将があなたである事を、名実ともにゴルガの兵達にも知らしめる必要がありますので」


「……! は、はい! 私にできる事なら何でも!」


 既に戦に勝った後の算段までしているアーネストの姿に尚の事頼もしさを感じつつ、ディアナは勢い込んで身を乗り出した……



*****



 ヴァレンゾ率いる討伐軍が関所に近付くと、何と放浪軍は籠城せずに野戦に持ち込むつもりらしく、布陣した上でこちらを待ち構えていた。


「ふん……流石に籠城を選択するほど馬鹿ではなかったか。だが同じ事だ。2倍以上の兵力の差は覆せん。一息に磨り潰してやるわ」


 ヴァレンゾは構わずに進軍を命じる。敵が野戦を選択してくれたのは、むしろこちらとしても無駄な時間を掛けずに済んで都合がいい。


 やがて敵軍との距離が縮まってくるが、ヴァレンゾはそこで目を疑う事になる。


「んん? あの前にいるのは……敵将か? だがあれは……お、女だと?」


 敵軍の前にまるでそれを率いるかのような位置で、軍馬に跨ってこちらを睥睨している人物は、鎧は着ているもののどう見ても男には見えなかった。


 その鎧自体も女性用に改造されたやや露出の多い派手なデザインで、むしろその人物が女性である事を強調していた。金色に輝く長い髪を束ねて、気の強そうな美貌と青い瞳が目を惹く。


 ヴァレンゾがまさかと疑っていると、その年若い少女は剣を抜いた。



「ゴルガ太守のヴァレンゾと見受ける! 我が名はディアナ・レア・アールベック! この軍を率いる頭領である!」



「……!」

 やはり何かの間違いではなかった。唖然とするヴァレンゾやゴルガ兵達の視線を集めながら、その美しい少女はよく通る美声で宣言を重ねる。


「我が悲願達成の為に、このゴルガの地は私がもらい受ける! 大人しく降伏してゴルガを明け渡すならよし! 歯向かう・・・・というのであれば、お前の首は我が剣によって刎ね飛ばされるものと思えっ!」


「な…………」


 こちらの半分にも満たぬ兵力、そして年端も行かない少女に、まるでこちらを歯牙にも掛けないかのような物言いをされ、ヴァレンゾの顔が朱に染まる。


「ふ……ふ、ふざけおって、小娘がぁ! このゴルガを奪うだと? 貴様のような小娘が!? こんな笑えぬ冗談は生まれて初めて聞いたわ! こちらこそ大人しく降伏すれば命までは取らぬ気であったが、もういい! ……ジルベルト! 奴等を一人残らず殲滅しろ! 特にあの小娘だけは絶対に逃がすなっ!!」


「はっ! お任せあれっ!」


 太守の命を受けた猛将ジルベルトが、巨大な槍を掲げて進み出る。ジルベルトが敵軍を指しながら号令を掛ける。


「突撃だ! あの小娘も! それに従う愚かな連中も! 1人として生かして帰すなっ!」


 ジルベルトが自ら率先して突撃を開始する。それに追随するように1200のゴルガ兵達が一斉に動き出す。こうして両軍の戦端が開いた。


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