第二十八幕 帝都風雲(Ⅵ) ~両雄相反

 もしここにいたのがアーネスト達だけであったなら、或いは彼等はサディアスの元に馳せ参じていたかも知れない。だが……


「待って下さい!」

「……!」


 凛とした美声で男達の注意を一身に集めたのは……勿論ディアナだ。今までサディアスの雰囲気に呑まれて萎縮していたのだが、彼が自分の同志達にまさかの引き抜きを仕掛けてきたのを見て、そんな弱気などどこかに吹き飛んだ。



 一方サディアスは今はじめてディアナの存在に気付いたかのように目を瞬かせた。


「……なんだ、お前は? 女の出る幕ではない。下がっていろ」


「……お初にお目にかかります。私はディアナ・レア・アールベックと申します」


 不快気なサディアスの声に怯む事なく、ディアナは名乗りを上げる。サディアスはその名を聞いてピクッと片眉を上げる。


「アールベックだと? この放浪軍の長……つまりこの者達の主の娘か何かか?」


「いいえ、私の父は既に在りません。そしてこの場でアールベックの性の持ち主は私だけ・・・です」


「……!」

 サディアスが再び眉を上げた。


「女でありながらミドルネームを名乗っていたな? まさか……お前がこの者達の主だと言うのではあるまいな?」


「そのまさかです。彼等は皆、私の大切な仲間。あなたに付く者など誰もいません!」


 ディアナが断言すると、サディアスは増々不快そうに顔をしかめる。



「生意気な……。そもそも何故お前のような小娘が放浪軍など率いている? 自分が何をしているか分かっているのか?」


「勿論理解しています。あなたが先程言っていたように、私達は旗揚げを目的としています。いえ、それはあくまで私の最終的な目的のための出発地点に過ぎません」


「お前の目的だと?」


「はい。私には……この中原に蔓延る戦乱の世を終わらせるという目的があります。それを為す為の足掛かりとしての旗揚げです」


「……っ! この戦乱を終わらせるだと? お前が? く……ふはははは! これは傑作だ! 村の広場の諍いとでも勘違いしているのか!」


 その鋭い表情を歪めて哄笑するサディアス。だが幸か不幸か、以前バジルに悪罵された事で嗤われる事への耐性は出来ていた。


「今のうちに好きなだけ嗤っているといいでしょう。確かに私だけではただの小娘の妄言にしか過ぎません。しかし私は1人ではありません。あなたも認める心強い同志である彼等が私を助けてくれます。私は必ずや本懐を遂げてみせます」


「ぬ……」


 アーネスト達の事を引き合いに出され、彼等の能力を認めて引き抜きを掛けようとしていたサディアスは小さく唸る。


「……その者達はお前には宝の持ち腐れだ。天下統一なら私が成し遂げてやる。女は女らしく街に引き篭もって家事でもしていろ。私ならその者達の能力を上手く使える。私の同志になる方がその者達の為でもあるのだ」


「本当にそうであるか彼等自身に問うてみましょうか?」


 ディアナは自らが勧誘してきた彼等の判断を信じて委ねる。果たしてアーネスト達の反応は……



「確かに……あなたの下に付けば我々の能力を存分に活かせる事でしょう」


 最初に発言したのはアーネストだ。


「しかし、あなたを支えたい、とは正直思いませんな。あなたはご自分で何でも出来るお方だ。既に他に優秀な幕僚もいらっしゃるようですし……。ありがたいお話ですが申し出は聞かなかった事にさせて頂きたく」


「ま、存分に暴れられるってのは悪くねぇが、それはディアナの下でも出来る事だ。そもそも俺はあいつを支えるって約束しちまってるんでな」


 ヘクトールも同意するように頷く。そして……


「これだけは言える。お主も非凡な器の持ち主のようだが、レアもまたお主に劣らぬ大器だ。我らはそれを認めたからこそ彼女の下に馳せ参じたのだ。今更他の誰かに鞍替えする気はない」


 シュテファンもまたきっぱりとかぶりを振った。



「あ、兄上……皆、ありがとうございます!」


 信じてはいたがそれでも僅かに不安はあった。それほどサディアスのカリスマ性は危険な物に感じた。だが結果としては皆がその誘いを蹴ってディアナの下に残る事を選んでくれた。その事実に彼女は胸を打たれた。


 だが対照的にサディアスはスッと目を細めると、その身体から剣呑な空気が立ち昇った。



「私よりその小娘を選ぶとは……。どうやら先見の明は無いようだな。私の下に付かんと言うなら、お前達は私にとって潜在的な脅威にしかならん。その小娘ともども今ここで葬ってくれよう」



 サディアスが合図をすると、周囲を固めていた1000人ほどの部隊が包囲を狭めてきた。同時にサディアスの横に控えていた2人の武人が持っていた槍や戟を構え、サディアスを守るように前に進み出てくる。


 それを受けてシュテファンとヘクトールもそれぞれの得物を構えて闘気を発散させる。


「ふん、優秀な人材を見ると勧誘したくなるサディアスの悪い癖だな。最初からこうしていれば良かったのだ」


 2人のうち、巨大な戟を持った大柄な武将が鼻を鳴らす。それを聞いて、もう1人の長槍を構えた細身の武人が苦笑する。


「まあそう言わずに。そのサディアスの勧誘癖のお陰で我々の軍も短期間でここまで強くなったんですから。時には失敗もありますよ」


 会話しながらも2人の武人は恐ろしい程の闘気を噴出させてこちらを牽制してくる。その闘気を肌で感じたディアナは、自分ではこの2人のどちらと戦っても全く勝負にならないと悟った。それはリュンクベリでヘクトールの闘気を浴びた時と同じ感覚であった。



「……シュテファン、分かってんな? 俺ら、ここで命捨てる覚悟で行くぜ?」


 そのヘクトールが油断なく2人の武人を見据えながらシュテファンに問いかける。果たしてシュテファンも躊躇いなく頷く。


「うむ、相手方にもこれ程の武人がいるのは予想外だったな。アーネスト、済まんが先の約束は果たせそうにない。逆にお前とバジルにレアの事を頼みたい。我らが活路を開く」


「……必ずや。本当に済まない、お二方」


 アーネストが冷徹に状況を判断して頷く。シュテファン達と敵の武人2人はほぼ互角と言っていいだろう。そうなると残りの兵の数と質で劣るこちらが圧倒的に不利だ。


 そうなるとこの場での最優先事項は、何としてもディアナを無事に離脱させる事だ。シュテファンとヘクトールはほぼ確実に助からない。



「あ、兄上!? ヘクトール様!? 何を仰られるんですか! 皆で一丸となれば必ずや切り抜け――」


「――レアッ! 現実を見ろ! そして何が最適かを判断するんだ! お前なら出来ると信じているぞ」


「……っ!!」

 義兄からの叱咤にディアナは目を見開く。激情がこみ上げそうになるが、寸での所で発散する事は堪える。こみ上げる涙を飲み込み、ディアナはサディアスの姿を戦乱そのものであるかのように睨む。


(絶対に……ここから生き延びてやる! 兄上達の遺志に応える為にも、私はこんな所で死ねない……!)


 ディアナが固く決意するのと同時にサディアスが手を挙げる。あの手を振り下ろした瞬間に敵軍の突撃が始まるはずだ。その手が無情に振り下ろされようとした瞬間――




 ――パアアァァァァァァ……ンッ!!




「……っ!?」


 広範囲に高らかに鳴り響くラッパの音が、サディアスの動作を中断させた。ディアナ達も、両軍の兵士達も……この場にいた全員が、一体何事かとラッパの鳴った方角に視線を向けた。そしてその目が一様に驚愕に見開かれた。


 軍楽隊を同行させた場違いに綺羅びやかな一団がこちらに向かってきていた。儀杖兵と思われる派手な装飾の兵士達に囲まれた中央には非常に豪華な装飾が施された立派な馬車が牽引されていた。


「あ、あれは……?」

「馬鹿な……。儀杖兵に軍楽隊、それにあの馬車の文様は……まさか……」


 何が起きているのか解らないディアナが戸惑うが、アーネストにはこの一団の正体が解ったようだ。そして信じられないといった風にかぶりを振る。



「……何故、皇帝陛下・・・・がここに?」



「っ!?」

 サディアスの訝しむような声を聞いて、ディアナもようやく事態を把握して瞠目する。


(え……こ、皇帝陛下って……。つまりこの帝国の皇帝陛下って事、よね? ええ!? ど、どういう事……!?)


 ディアナが混乱している間にも儀杖兵に囲まれた馬車が近づいてきて、睨み合う両軍の間で停まった。



「オウマ帝国第二十二代皇帝、ルナン帝の御成~~!」



 先頭にいた儀杖兵が声を張り上げる。サディアスは非常に不本意な様子ではあるが、渋々馬から降りてその場に片膝を着いて平伏した。配下の軍もそれに倣う。あの2人の武将もだ。


「……ディアナ殿。ここは我らも倣いましょう。皇帝がどんなつもりか解りませんが、とりあえず出方を伺いましょう」


「そ、そうですね……」


 どの道あのままでは最悪の事態になっていたのだ。これ以上悪くなりようがない。ディアナは特に異存なく、アーネスト達と一緒にその場に平伏する。


 

 そして馬車の扉が開き、中から1人の人物が地に降り立った。これこそが現皇帝、ルナン帝に相違ないはずだ。


 まだ成人していない小躯に皇帝らしい豪華な衣装を纏い、その頭には帝位を象徴する宝冠が輝く。そしてその宝冠を戴く至高の面貌は……


(…………え?)


 ディアナは己の目を疑った。何故ならそこにいる『皇帝』は、つい一週間ほど前に会った人物と全く同じ顔をしていたから。輝くような金色の髪に見惚れるような美貌を持つ少年……


(ル、ルード・・・……!?)


 それは正しく一週間前、帝都のスラムで小さな冒険を共にしたあの美少年であった!

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