第二十七幕 帝都風雲(Ⅴ) ~奸雄サディアス

 ルード少年との邂逅から1週間ほど経った日。帝都の城壁から離れた場所に設営されたディアナ軍の『本陣』。


 ダラムにいた時よりも広くなった陣の中央には今、300人近い男達が集まって、演台に上がったディアナの話に聞き入っていた。いや、話に聞き入っているというよりは、壇上に立つ彼女の艶姿・・に食い入るように注目していると言った方が正しいか。


 アーネスト達が出した依頼・・によって、この帝都では300人程の人数が集まっていた。帝都の人口比率からしても多いこの人数が集まった背景には、アールベック商会の代表は類い稀な美少女・・・・・・・であるという、アーネストが意図的に流した噂があった。


 その噂に興味を惹かれて物見高く集まってきたそういう嗜好・・・・・・の男達に、実際にディアナの姿を見せて、自分達の正体と目的を明かし協力を仰ぐ。


 勿論中には命の危険がある私兵になどなれないと帰ってしまう者もいたが、大半が碌な仕事にも就かずに腐っていたやくざ者や日雇い生活で糊口を凌いでいたような流れ者の事、正規兵ほどではないがそれなりの条件の待遇と、噂に違わぬディアナの姿を見て私兵となる事を了承する者も多く、最終的には200人程の人数が残った。


 ダラムで集めた私兵と合わせれば300人近い数であり、アーネストとしては充分な成果であるらしく満足げに頷いていた。



 そして今、ダラムでやったように露出の高い派手な鎧を着て、自らの理想を語って協力を仰ぐディアナの姿に、集まった私兵達は熱狂して彼女に付いていく事を誓うのだった。




 そして帝都での用事が済んで、また目的地に向かって南下を再開しようとした矢先の事……


「……!」

 ディアナ軍の行く手に、優に1000人以上はいると思われる武装した軍隊が立ち塞がった。こちらを包囲するような布陣からしても、明らかにディアナ軍を意識している物と思われた。


 物々しい雰囲気に私兵達が不安げに騒めき出す。ディアナも思わぬ事態に傍らのアーネストを仰ぎ見る。


「ア、アーネスト様、これはどういう事ですか!? 彼等は一体……!?」


「……ふむ。見た所、帝国の正規軍のようですね。政庁には私達はただの隊商だと説明してあるはずですが。……帝国軍もあながち無能ばかりでもないようですね」


 アーネストが少し目線を厳しくして自分の顎を撫でる。そして後ろに控えるシュテファンとヘクトールに視線を向けた。


「お二方、場合によっては強行突破・・・・になるかも知れん。勿論そうならないように図ってはみるが、最悪の場合はディアナ殿を頼む。この州の外まで逃げ延びれば奴等も追ってはこれないだろう」


「……うむ、承った」

「ああ、ディアナの事は任せとけ」


 やはり厳しい表情ながら、躊躇いも無く了承する2人の武人。ディアナは事態に付いていけずに戸惑う。


「あ、兄上? ヘクトール様も……。アーネスト様、何が起きているのですか!?」


「……ディアナ殿、以前にお話ししたでしょう? 放浪軍・・・とは基本的に各勢力から歓迎されないものだと。それは帝国そのものとて同様です。私達の最終目標は何ですか?」


「何って、それは……天下…………あっ!」


 ディアナは大きく目を見開く。そう、天下統一という事は、最終的には朝廷を掌握するという事を意味している。それは言ってみれば帝国への反逆とも取れる。だが……


「で、でも、それがそのまま帝国への反逆とはならないのでは!? 目的はあくまで他の好き勝手に戦争する諸侯を討伐・・する事であって……」


「例え表向きはそういう目的でも、裏では皇帝に成り代わって帝国そのものを奪い取ろうとしている……。実際ほとんどの諸侯がそうである以上、それに関しては釈明のしようがありません」


「……!」


「実際に旗揚げをしてしまえば朝廷もこちらを認めざるを得ませんが、放浪軍の段階では国の認可も得ていない私的な武装集団に過ぎません。言ってみれば山賊と同じです。いくらでも難癖を付けて捕縛や、最悪殲滅する事だって出来ます」


「……っ!」


 アーネストだけでなくシュテファンやヘクトールもそれを解っているからこそ、既に強行突破を視野に入れているのだろう。



「……しかし正直目先の事しか見えていない、考えていない今の朝廷に、放浪軍の段階から警戒して潰そうとしてくる者がいるとは予想外でした」


 既に帝国中の各県は太守や刺史などの諸侯がそのまま占有しており、お互いに勢力を拡大しようと躍起になっている状況だ。そんな状態で、たかが数百人の放浪軍を警戒する者など殆どいない。


「先見の明がある者が見れば、我が軍が既に充分警戒に足る・・・・・存在だという事を見抜くでしょうね」



 ディアナ達がそんな話をしている間にも包囲を狭めてきた帝国軍の部隊。そしてある程度の距離まで近付いてくると、その中から10騎ほどの騎兵が突出してこちらに向かってきた。その騎兵の中心にいる武将は明らかに他の兵士とは異なる空気を醸し出していた。どうやらあの武将がこの部隊の指揮官のようだ。


 またその中央の人物だけでなく、彼の両脇に随伴している2人の武人も只者ではない空気を発散していた。



「私は帝国軍のサディアス・デューク・アシュクロフト中佐だ。アールベック商会というのはその方らで間違いないな?」



 案の定、中央にいたその人物が前に進み出てきてこちらを睥睨してくる。まだ若い武官で、恐らく義兄のシュテファンと同年代か少し上くらいだろうか。だがその眼光は鋭く、威圧感と迫力に満ちた雰囲気を纏っていた。彼の姿を見たディアナは内心で、心臓を鷲掴みにされるような圧迫感を覚えていた。


 そんなディアナの代わりにアーネストが進み出て礼を取る。


「これは将軍様。私はアールベック商会の代表補佐を務めておりますエルネスト・・・・・と申します。この物々しい様相は一体何事ですかな? 我々は帝都の政庁から正式に営業許可を頂いた真っ当な商人でございますが」


 アーネストは『不世出の軍師』として名が知れ渡っているので、今回商会を装うに当たって偽名を用いていた。だが鋭い目付きの指揮官――サディアスは、ふんと鼻を鳴らした。


「その方らが商人だと? 笑えぬ冗談だ。最近の隊商は一騎当千の武者を護衛とし、お主のような油断ならぬ知恵者を補佐に雇う、随分と贅沢で剣呑な集団であるようだ。そこらの無能な太守が率いる県軍より余程たちが悪い」


「……!」

 アーネストが小さく舌打ちをする。やはり見抜かれている。このサディアスという男の眼力は確かなようだ。サディアスはシュテファン達を指差す。


「その後ろの2人、我が両矛たるこの2人にも劣らぬ武勇であるようだ。そのような者達が只の隊商に雇われた傭兵であるはずも無し。いずれかの地で旗揚げを目論む放浪軍だな?」


 サディアスは完全に断定口調だ。この期に及んでは下手な誤魔化しは無意味だろう。アーネストはスッと目を細める。


「……で、あるなら如何致しますか?」




「知れた事。……お前達を我が軍・・・に迎え入れたい」




「「「……っ!!?」」」


 アーネストだけでなくシュテファンやヘクトールも思わずと言った感じで瞠目した。それは余りにも予想外の申し出であった。てっきり難癖を付けて問答無用で殲滅を図ってくると考えていたのだ。しかも……


「ほぅ……? 我が軍、と来ましたか」


 一瞬の動揺から立ち直ったアーネストが、その一言だけでこの事態の凡その背景を把握していた。そしてそれを見て取ったサディアスも満足げに口の端を吊り上げる。


「ふ……やはり頭が切れるな。私の見立てに間違いはなかった。その通り……私は近い内にこの腐り果てた帝国の高官共を一掃し、新たな秩序を打ち立てるつもりだ。その為の準備も着々と進んでいる。だが今、私自身はこの帝国では一介の佐官に過ぎん。我が理想を為すには、私と志を同じくする者……つまり同志・・が必要だ。それもお前達のような優秀な同志がな」


 サディアスはそう言ってアーネスト達に向けて、両手を広げて迎え入れるようなポーズを取った。


「どうだ? お前達も現状に何らかの不満を抱いたが故に野に下り、旗揚げを目指しているのであろう? 私ならお前達の期待に応えられる。お前達の能力が存分に活かされ評価される場を、これからいくらでも用意できるだろう。我が元に来い。このハイランドはこれから激動の台風に曝される事になる。そしてその後は中原全土が。その中心となるのは我々と……お前達だ! 時代を動かす感覚……お前達にも味わわせてやる」



「――――」


 不覚にも……アーネストもヘクトールも、そしてシュテファンまでもが若干心を動かされていた・・・・・・・・・。今この場にはいないが、もしいればバジルも同様だっただろう。


 それ程までに……サディアスの自信に満ち溢れた覇気とでもいうべき物は強烈だった。一種のカリスマ性とでも言うのか。この男は先天的に覇者の性質を生まれ持ったかのようであった。


 この男に付いていけば全て上手く行く。自分はもっと上に行ける。自分は何かを為せる。この中原全土を舞台とした物語・・の中心人物になれる……。


 アーネスト達をしてそう思わしめる、目に見えない何かをこの男は持っていた。


 この男が今の帝国軍で佐官止まりなのも納得だ。今の惰弱で腐敗し凋落した帝国にサディアスの居場所はないだろう。だからこそこの男は自らの居場所を作るべく、そして自らの『器』に相応しい権力を得る為に動き始めているのだ。

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