第二十六幕 ルード少年

 現地の住民である男に案内させると、それから10分もしない内に、ディアナ達は表通りが見える場所まで到達していた。あれだけ迷っていたのが嘘のようで、まるで妖術にでも化かされたかのようであった。


「あ、あそこが表通りだよ。も、もう行っていいだろ?」


「……ふぅ、解ったわ。でも私達に報復とか馬鹿な真似は考えない事ね。私には仲間がいるのよ。それも私なんか比較にならないくらいの強さの仲間がね。彼等は私ほど優しくないわよ?」


「……っ。わ、解ってるよ。もうお前らには関わらねぇ。絶対にだ」


 男は何度も頷きながら裏通りへと帰っていった。それを見届けてディアナはようやく人心地ついた。



「ふぅぅぅ……つ、疲れたぁ……!」


 思いがけず無法者達との戦闘をする羽目になり、その後もずっと緊張して肩肘張りながら油断なく男を監視していた為、その緊張の糸が切れてどっと疲れが押し寄せてきた。


 思わず近くにあった道と壁の間の段差になっている部分に座り込んでしまう。


「お、おい、ディアナ!? 大丈夫か!?」


 それを見たルードが慌てて駆け寄ってくる。


「え、ええ、何とか大丈夫よ。ありがとう、ルード。あなたこそ怪我はなかった?」


「ああ、私も大丈夫だ。……全てお前のお陰だ、ディアナ。この恩は生涯忘れん」


「しょ、生涯って……そんな大げさな」


 ディアナは驚くがルードの目は至って真剣だ。



「ディアナよ。真剣に問いたい。お前は一体何者なのだ? 女子の身であれ程の剣を使い、実戦も経験している。そしてはるばるスカンディナ州からこの帝都にまで旅をしている。ただの剣術自慢という訳ではあるまい?」


「そ、それは……」


 言ってしまって良い物かディアナは迷った。この朝廷のお膝元である帝都において、旗揚げと最終的には天下統一を目指しているという話をしてしまって大丈夫なのか迷ったのだ。だがルードは縋るような目で見つめてくる。


「頼む。何か事情がある事は解っている。お前に聞いた話は決して他言はせぬと誓う。私が個人的にどうしても気になるのだ。駄目か?」


「う……」

 美少年に縋るような目で懇願され、ディアナは罪悪感に駆られて呻いた。そしてしばしの逡巡の後、頷いた。


「……解ったわ。話してあげるけど、絶対に誰にも言っては駄目よ? あなたのご両親にも」


「……! 勿論だ! 私の胸の内にだけ留め置く! ありがとう、ディアナ!」


 一転して喜色に顔を輝かせるルード。ディアナはその反応に苦笑しつつ話し始めた。

 


*****



「そうか……旗揚げを。この戦乱の世を終わらせる為に、か……。お前の故郷は戦乱に巻き込まれて……」


 話を聞いたルードは神妙な、それでいてどこか心苦しそうな表情となっていた。


「ええ。私の故郷の村は戦に巻き込まれて焼き討ちに遭った。家族も、友達も、知人も皆死んだわ」


「……っ」


「だから私は今の世が憎い。それを終わらせる事が私にとっての『仇討ち』なの」


「…………」


 ディアナの話を聞き終わったルードは心なしか顔色が青くなっていたが、やがてその表情に力が漲り決然とした表情になる。



「ディアナ。良く話してくれた。お前にとっては辛い過去もあったであろうに。だが……お陰で私も決心がついた」


「ルード?」


「私は今の環境が嫌で堪らなかった。逃げ出したかった。周りの大人達の目を盗んでこうして街を冒険・・する事だけが私のささやかな逃避・・だったのだ。尤も今回は羽目を外し過ぎてしまったが……」


 スラムで迷子になっていた時の事を思い出したのか、少し恥ずかしそうな様子になるがすぐに表情を引き締める。


「だがお前の話を聞いていて考えが変わった。いつまでも逃げているだけでは駄目なのだと。私はまだ見ての通り子供で出来る事など限られているが……それでも私は私にできる事を少しずつでもやっていこう……。そう思えるようになったのだ」


「そ、そう……なの?」


 ディアナはルードが何を言っているかを完全には理解できなかった。ただ彼が自分の話に何らかの感銘を受けて固い決意をしたという事だけは伝わってきた。


 それと同時に、そう言えば彼の素性や家庭環境については何も聞いていないという事を思い出した。ルードもそれに思い至ったらしく、申し訳なさそうな表情になる。


「お前の話ばかり聞いて自分の事を話さないのは不公平だな。それは解っているが……どうしても今ここで私の素性を明かす訳には行かないのだ」


「ううん、いいのよ。君も何か事情があるんでしょ? 無理に聞こうとは思わないわ」


 ディアナだって自分の素性を隠そうと思えばできたのだ。明かしたのはあくまで自分自身の意思だ。ルードが引け目を感じる必要などない。


「ディアナ……そう言ってくれて助かる。だがこれだけは断言する。私は必ずまたお前と会う事になる、と」


「……そうなのね? ふふ、じゃあその時を楽しみにしてるわ」


 ディアナはそう言って立ち上がった。話してる内に大分気力も回復してきた。



「さあ、私もそうだけど、君も心配してくれる人はいるでしょう? 思わぬ冒険で道草を食っちゃったし、あまり家の人を心配させる前に帰った方がいいわね。君の家はどこ? 良ければ送っていくわ」


 そう言ってルードを促すが、彼は寂しそうな顔でかぶりを振った。


「いや、心配してくれるのはありがたいが、ここまで来ればもう1人で帰れる。私達はここで別れるべきだろう」


 それは恐らく、彼が自分の素性をこの場では明かせないと言ったのと同じ理由なのだろう。そういう事であればディアナも無理に詮索する気はない。


「……解ったわ。君がそう言うのであれば。じゃあここでお別れね。本当にもう大丈夫なのね?」


「ああ、大丈夫だ。……今日は本当にありがとう、ディアナ。確かに思わぬ冒険であったが、お前と出会えた事は何者にも代え難い出来事であった」


「ルード……。ええ、私もよ」


「必ずまた会おう、ディアナよ!」


 そして2人は固い握手を交わすと、ルードは名残惜しそうな様子を見せつつも表通りの賑やかな人込みに紛れて消えていった。ディアナは彼の姿が完全に見えなくなるまで手を振ってそれを見送るのだった。




 スラムで出会った迷子の少年ルード。再会を約束して別れた彼等だが、その約束はディアナが思っているより遥かに早いタイミングで……そして彼女が思ってもいなかった形で実現する事になる。

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