第二十三幕 帝都風雲(Ⅰ) ~帝都ロージアン

 『帝都』ロージアン。この中原を支配する統一国家オウマ帝国の首都であり、中原で最も大きな規模と人口を誇る巨大都市でもある。


 その人口は優に100万を超えると言われており、また曲がりなりにも首都として経済や文化の発信地でもあり、凋落し戦乱の世になっているとはいえ、それでも帝国の中心である事に変わりはなかった。




「ここが……帝都」


 初めてロージアンを訪れたディアナは、お上りさん丸出しの雰囲気で周囲の街並みや大通りに溢れかえる大量の人々に圧倒されていた。


 辺境スカンディナ州出身の彼女は州都のカレリアには行った事があったが、流石にこのロージアンは帝都というだけあり、カレリアとは比べ物にならない程の都市規模であった。


「レアは帝都は初めてだったな。私も来たのは久しぶりだが……この中原の『中心』を見た感想はどうだ?」


 隣を歩く義兄のシュテファンが声を掛けてくる。


「そ、そうですね。ここにいると今が戦乱の世だという事を忘れてしまいそうです。私達のやろうとしている事に意味はあるのでしょうか……」


 勿論街が豊かで世の中が平和なのは良い事だ。しかしこの帝都の賑わいぶりを見ていると、戦乱の世を終わらせるという自分の目的が、どうにも大義の無い独り善がりにも思えてきてしまう。


 シュテファンはかぶりを振った。


「確かに表面上はそう見えるかもしれん。しかしこれは、お前の村のような地方にそのしわ寄せを押し付けての偽りの繁栄に過ぎん。目に見える情景だけが全てではないぞ」


「……!」

 そうだ。帝都がどれだけ繫栄していようが、ディアナの故郷のような悲劇は現実に起きているのだ。地方での諸侯同士の内乱も。


 そういう目で見てみると確かにこの賑わいは、それらの事象から目を背けているような歪な賑わいに見えてきてしまう。 


「実際に目を背けているのですよ、ここの連中は。だから諸侯達がどれだけ争い勢力を伸ばしても、それは全て『対岸の火事』に過ぎないのです。自分達だけはそんな戦乱からは切り離されていると根拠も無く信じ込んでいるのですよ。民も軍も、そして朝廷も」


 ディアナを挟んでシュテファンとは反対側の隣を歩くアーネストが、彼にしては珍しく感情を表に出して吐き捨てる。



 ダラムを発ったディアナ軍はそのまま南下を続け、この帝都ロージアンに立ち寄っていたのだ。軍は城外の高原に陣を張っているが、まだ人数が少ない為ダラムの軍にも、この帝都の直轄軍にもそこまで警戒される事無く行軍できている。


 しかしこの帝都でも更なる募兵を行う予定であり、そこで人数が増えれば諸侯達からの警戒も徐々に上がってきて、今のようにのんびりとは出来なくなってくるとの事。


 因みにバジルは軍の人数が増える事を見越して、この帝都で武具や物資の調達に奔走しておりここにはいなかった。ヘクトールも陣地で私兵達の訓練を担当しており、この場には不在であった。



 やがて3人は帝都の更に中央部である政庁のある区画に来ていた。帝都の政庁はそのまま天子たる皇帝が住まう居城の役割も兼ねており、幾重にも美しい堀を巡らした壮大な宮殿の威容にディアナは圧倒されてしまう。


「あれが皇帝の住まう居城……『シャリーア宮』です。外見だけは壮麗ですが一皮むけば、腐敗し自らの栄達と他者を蹴落とす事しか考えていない煉獄の餓鬼にも劣る畜生共の巣窟です」


「……あそこに皇帝陛下が」


 何か朝廷に悪い思い出でもあるのか妙に辛辣なアーネストの態度は置いておいて、ディアナはその宮殿に住んでいるであろう皇帝という存在に思いを馳せた。



(確か、数年前にそれまでのギガン帝が崩御して、今はまだ幼少のルナン帝が御座に着かれているはずよね?)



 先代のギガン帝はまさに今の戦乱の世を作る要因となった腐敗と愚政の象徴とも言える人物で、長年の不摂生と放蕩の果てに腹上死したとされている。


 しかし醜い権力闘争の中で直径の子孫は全て暗殺や時には皇帝自身が処刑したりで全て亡くなっており、唯一残っている男児として、傍系で官位の低い家柄であったルナン少年に白羽の矢が立ち、次代の皇帝に即位したのであった。


 ギガン帝とは遠い親戚で血の繋がりは薄く、その為かギガン帝とは似ても似つかぬ利発な少年であるらしいが、やはりまだ年若いこともあり、先代の頃から朝廷の実権を握っていた高官達が引き続き後見人のような立場で幅を利かせているらしい。


(お可哀想に……。きっと凄くもどかしいし悔しいはずよね。周りの大人達が自分を利用して全ていいようにしてしまうなんて……)


 彼女は皇帝の境遇に同情する。女である事で選択の幅を狭められてきたディアナにもそういった感情は理解できた。



「とはいえ帝都がダラムとは比べ物にならない、中原屈指の大都市である事に変わりはありません。ここでなら私兵をより大勢集められるでしょう。という訳で私達は今から募兵の依頼を出す手続きの為に政庁へ向かいます。ディアナ殿は一足先に宿に戻っていて下さい」


 街から街へ移動中はディアナも私兵達と同じ陣で寝食を共にする事になるが、各街に逗留中の時くらいはきちんとした宿に泊まらせようというアーネスト達の計らいによって、彼女はこの帝都にある旅人宿に部屋を取らせてもらっていた。


 因みに募兵に関しても、私兵を集めていますなどとあからさまに喧伝する訳には当然行かない。そんな事をすれば場合によってはそれだけで太守や官憲等に警戒され、最悪逮捕される事もあり得る。


 その為、隠れ蓑・・・となる依頼を出して人を集めるのだ。今回はバジルの発案によって、隊商を組む為の人工や護衛の人集めという名目となっていた。


 隊商名はアールベック商会。遥か南東のリベリア州で大規模な林業を行う為に、街を離れて暮らせる若い男性を多数募集しているという設定である。そして依頼を見て集まって来た男達に自分達の正体と目的を明かし、後は美少女・・・頭領のディアナに説得・・させて取り込むという流れだ。


 ダラムでの成果・・を鑑みて、アーネストはこの流れに大きな自信を持っているようで、あなたなら絶対に大丈夫ですと何度も太鼓判を押してきた。最初は不安だったディアナもアーネストの口車に乗せられて、私兵達を説得する役割を最終的には満更でもない気分で引き受ける事になった。



 正式な依頼を出すにはその街を治める太守や刺史(帝都なら皇帝の名代を務める代官)の認可が必要で、認可を受けると各街に必ずある広場の掲示板などに貼り出される。


 掲示板には安定した職や日雇いの仕事を求める人々が集まり、大抵賑わっている。基本的にはその貼り出された依頼書を破り取って、依頼主の元まで直接出向いて面談という形が通常だ。


 破り取ると言っても獣皮紙を始めとした紙類は高価なので、大きく破損させたり紛失した場合は逆に罰金を取られる事もあるので、扱いには細心の注意が必要だ。


 その為大半の単価が安い募集依頼はリング竹と呼ばれる、特にこのハイランド州に大量に自生していて成長や繁殖も早い竹の幹を加工した物が使われる。


 因みにこのリング竹は各街の政庁や軍、商会などでも大量に使われている竹簡の原料でもあり、天然資源の乏しいハイランド州の貴重な輸出資源でもあるのは余談だ。



 獣皮紙を用いた依頼書はそれだけで依頼主が裕福である事を示唆しており、仕事を求める人々の注目度が高くなる。


 ディアナ達の依頼はバジルが奮発して高価な獣皮紙を用意してくれたので、予定している人数は問題なく集まるだろうというのがアーネストの見立てであった。


 だが今回は募集人数が不特定多数なので、依頼書はそのままで募集を見た旨だけを伝えれば、シュテファンやヘクトールが最低限の審査だけを行い誰でも受け付ける方針であった。


 今回のやり方が上手く行くようなら、目的地の県に到達するまでの道中の街で同じやり方で募兵していく事となっていた。



 募兵や運営の実務に関してはアーネスト達に一任しているので、ディアナはお言葉に甘えて一足先に宿へと帰っている事にした。


 帝都ロージアンは流石に皇帝のお膝元であり、最も発展している都市という事もあって治安の面でも特に大きな問題はない為、女であるディアナの単独行動も問題視されなかった。


 ディアナ自身はその辺のゴロツキくらいなら自分で問題なく撃退できる自信があったのだが、アーネストだけでなく義兄のシュテファンからも基本的に単独行動は控えるように念を押されており、この帝都での帰り道は久方ぶりの1人での自由行動・・・・であった。

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