帝都風雲

第二十一幕 同志集結

 ディアナ達一行が仮の拠点としている、ハイランド州ダラムの街。街で比較的高級な宿の一室に、今5人の人間が顔を揃えていた。



 5人は女性が1人に、残り4人は男性という構成であった。



 女性は勿論、旗揚げを志す少女ディアナ・レア・アールベック。そして大きな卓の上座に座る彼女と同じ卓を囲む4人の男性は、いずれもが分野こそ違えど極めて優秀な人間だけが放つ独特の空気のような物を纏った、一筋縄ではいかない雰囲気の男性達であった。


 1人はディアナの義兄でもあるシュテファン・ヨセフ・リンドグレン。用兵を得意とし、部隊を率いさせれば右に出る者はいない程の卓越した統率能力を発揮する戦巧者だ。今は落ち着いた所作で腕組みをしている。


 1人は『不世出の軍師』と名高いアーネスト・レイ・ブラウニング。かつては数々の戦に参戦し、その都度戦を勝利に導いてきた天才軍師だ。その知略の片鱗と容赦のない苛烈な性格は既にディアナも直接目にしている。


 1人は筋骨隆々の巨体を誇る赤毛の武人ヘクトール・ケルツ・ハイドリッヒ。その剛勇無双の武は一騎打ちでは無敗を誇り、まさに一騎当千を体現したような人物である。しかしその厳つい外見や巨体とは裏腹に、平時は気さくで磊落な性格である事をディアナは知っていた。


 そして最後の1人は、黒い髪をぴっちりと後ろに撫でつけ、黒い衣服を纏った陰気そうな顔立ちの文官バジル・ジェレミ・マルセルム。その雰囲気と瘦せこけた外見、そして実際に当たりのキツい性格から誤解されがちだが、実は熱い情熱を秘めた人物である事もやはりディアナは知っていた。


 4人はいずれもそれぞれの分野で実績を上げてきた、極めて優秀な人物達であり、本来はディアナ如きが彼等の上に立つなどおこがましい限りである。しかし彼等はいずれもディアナの熱意と覚悟を認め、彼女に可能性を見出して同志となってくれた。



「おほん! えー……皆さん。私の同志となって頂いて本当にありがとうございます。改めてお礼を言わせて下さい」


 そんな自分には過ぎた才人達を前にして若干緊張気味に口火を切るディアナだが……


「えー……あー……、本日はこれからの旗揚げに向けての計画を話し合うのと、皆さんの親睦を兼ねてこうして集まって頂いたのですが……」


 彼女が喋りにくそうにしているのは、緊張だけが原因ではなかった。目の前の4人……いや、正確にはその中の2人・・が醸し出している空気にも大きな原因があった。



「ふん……何だ、この見るからに野蛮そうな、脳まで筋肉で出来ていそうな男は? まさかこの猩々しょうじょうみたいな奴が俺達の同志だとか言わんだろうな、ディアナ?」


 バジルがあからさまに不機嫌な胡乱そうな目で、対面の巨漢……ヘクトールを睨み上げる。ヘクトールもまたバジルを威嚇するように獰猛な笑みを浮かべる。


「ほーぅ? 金勘定しか出来ん青瓢箪が随分ディアナに馴れ馴れしいじゃねぇか。お前みたいな剣も握れねぇ軟弱野郎が同志って方がよっぽどタチの悪い冗談だろ?」


 挑発し返されたバジルの細い眉がピクッと吊り上がる。


「戦馬鹿が……。お前らなどそもそも俺達官吏が金や兵糧を都合してやらねば、大好きな戦にも出られん極潰しに過ぎんというのに……。身の程を弁えろ」


「ほう? だったら敵が攻めてきたらお前らだけで何とか出来るんだな? お前らこそ身の程を弁えて、街を守ってやってる俺達に敬意を払えよ」



「あ、あの……お二人共……。お、落ち着いて……」


 いきなりの険悪な雰囲気に慌てたディアナが仲裁しようとするが、しどろもどろで全く効果はなく、それどころか彼女から声を掛けられた事で増々ヒートアップする2人。


「ディアナ! こんな根暗男、必要ないぜ! 俺の武だけでお前に天下を取らせてやる!」


「妄想もここまで来ると害悪だな。ディアナはお前が思っているより賢い。俺とお前とどちらが本当に必要な人材か、当然彼女には解っているはずだ」


「え……!? あ、あの……その……」


 何故か矛先が自分に向けられて激しく焦るディアナ。いつの間にか彼女が2人の内、どちらかを選ばなければならないような論調になっている。彼女の額を冷や汗が伝う。


「ディアナ! こんな奴を選ぶ訳ないよな!?」


「ふ……馬鹿が。選ばれるのは勿論俺だ。そうだな、ディアナ?」


「あ……う……」


 何故か不可解な選択を迫られているディアナは、大量の冷や汗を掻きながら目を白黒させる。こんな事態になるなど完全に想定外だ。どうしていいのか解らず、パニック寸前になりかけるディアナだが――



「――いい加減にせんかっ!!」



「「……っ!?」」


 卓を叩いての一喝が、ヒートアップしていた彼等の頭に冷水を浴びせる。彼等の視線を集める先には……


「あ、兄上ぇ……」


 ディアナが安堵のあまり泣きそうな表情になる。彼女の頼れる義兄であるシュテファンが厳しい表情で、子供じみた諍いをするヘクトール達を睥睨していた。


「頭を冷やせ、馬鹿者ども! レアが困っているのが見て解らんのか、ヘクトール!」


「ぬ……!」

 改めて指摘される事で状況を客観的に見れるようになったらしく、ヘクトールが小さく唸った。ここでアーネストも『仲裁』に参加する。


「バジル、お前もだ。ディアナ殿を追い詰める事が本意か? 冷静になれ」


「……っ」

 バジルも明らかに自分の失態を顧みたように顔を顰めている。シュテファンが畳み掛ける。


「我々が何の為に、今までの立場を捨ててこの場に集ったか思い出せ。つまらぬいがみ合いをする為か?」


「主義主張のぶつかり合いはあって当然だが、ただ個人的感情で気に入らない相手を排斥するようでは二流止まりだぞ?」


 アーネストも彼らしい論調で言葉を重ねる。2人からの冷静な指摘にヘクトール達も完全に頭が冷えたようでバツの悪そうな様子になっていた。



 ヘクトールが頬を掻きながらディアナに向き直る。


「あー……ディアナ? 悪かった。お前を困らせるつもりはなかったんだ。お陰で目が覚めたぜ」


「へ、ヘクトール様……良かった……!」


 ディアナはホッと胸を撫で下ろした。バジルも追随して謝罪してくる。


「ち……確かに今の俺は見れたものじゃなかったな。済まなかった、ディアナ。お前を支えると言っておきながらこれでは示しが付かんな」


「バジル様……! あ、ありがとうございます……!」


 ディアナの表情がようやく明るくなる。一時はどうなる事かと焦ったが、何とか丸く収まってくれてディアナは安堵の溜息を吐いた。同時に義兄とアーネストにも感謝の眼差しを向ける。





 一方でその眼差しを向けられたアーネストは、今の一幕に思いを馳せる。


(……まあ、あの2人は特にディアナ殿に運命を感じて、自分が彼女に口説かれた・・・・・という意識で同志となったはずだからな。自分と同じような立ち位置の男がいるのは面白くなかろうな)


 彼は能天気・・・に安堵の息を吐いて笑うディアナに視線を向ける。


(……ディアナ殿も無自覚なだけに罪作りなお方だ。かく言う私とて……)


 アーネストが内心でそんな事を考えている時、シュテファンがディアナに声を掛けていた。


「しかしお前も人の上に立つなら、もう少し毅然とした態度を身に付けねばな。これからも意見の対立などは必ず出てくるぞ?」


「う……ぜ、善処します……」


 ディアナが恥ずかしそうに俯く。シュテファンはそれを見て、普段は厳めしい顔をふっと緩める。


「ふ……まあいきなりやれと言われても無理な話だ。追々身に着けて行けばいい。それまでは遠慮なく私を頼るがいい」


「……! は、はい、ありがとうございます、兄上!」


 ディアナは嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべている。そのやり取りを眺めていたアーネストはとある疑念を抱く。


(……シュテファン殿も義兄という事だが、本当にディアナ殿に対してそれ以上の感情は持っていないのだろうか。何と言っても血は繋がっていないのだし、異性の義兄弟というのは余り前例のないケースであるしな……)


 そこまで考えた時、アーネストはハッと正気・・に戻った。


(おっと、いかんな。私とした事が詮索好きの端女のようであったな。……ただこうした感情は往々にして大きなトラブルの元となる。それが原因で国が割れた、傾いたなどという事もあながち冗談ではなく起こり得る事態だ。今後も注意だけは払っておかねばな……)


「あの……アーネスト様? どうかなさいましたか?」


 いつしかディアナの方を注視して思案に耽っていたらしく、彼女が訝し気な顔を向けてくる。アーネストはそれに気付いて、一瞬にして思考を切り替えてにこやかに微笑んだ。


「……いえ、大した事ではありませんよ。それよりも皆落ち着いたようですし、ぼちぼち本題・・に入りませんか?」


「……! あ、そ、そうですね……!」


 言われてディアナが慌てて居住まいを正して表情を引き締めた。アーネストを含む4人も改めて彼女の話を拝聴する姿勢になる。





「おほん! ……皆さま、こうして私の元に馳せ参じて頂いた事、改めてお礼を申し上げます。そして同時に私の『戦乱を終わらせる』という途方もない夢に賛同して頂いて感謝に堪えません。しかし私はご存知のように1人では何も為せない未熟者です。私の夢を叶える為にはどうしても皆様のご協力が不可欠です。私達はこれからまず旗揚げを目指す事になりますが、どうのように進めて行けば良いのか私だけでは皆目見当が付きません。どうか皆様のお力とお知恵をお貸し下さい!」


 一息に喋った彼女は4人に向けて深々と頭を下げる。これを受けて4人の才人達は先程のような険悪な空気など嘘のように、真摯な態度で彼女の願いに頷いた。


 まずヘクトールがそな厚い胸板を叩く。


「おう、任せとけ! そうだなぁ。やっぱ旗揚げするなら兵が強い所じゃないとな。スカンディナ州のウィンランド郡はどうだ? あそこは強い軍馬の産地だし、強力な騎兵を編成しやすくなるぜ?」


 ディアナとしてはまずどのようにして旗揚げを成功させればいいのか聞いたつもりだったのだが、いきなり旗揚げ成功を前提として話し出すヘクトール。


 ディアナは呆気に取られてしまうが、何と他の3人もそれ自体には全く疑問を抱く事無く、当たり前のように旗揚げの成功を前提として話を進める。


 ディアナはアーネストが以前に言っていた、この面子なら旗揚げ自体は容易だという話を思い出した。アーネストだけでなく義兄も含めた他の面子も同じような認識だったらしい。何とも頼もしい事であった。


 因みにウィンランド郡とは北方のスカンディナ州でも更に最も北に位置する郡で、寒冷な気候で強い馬が育ちやすく、軍馬の産地として名高かった。北にある広大な異境『ノーマッド』に住まう低地人とも取引がある事で有名だ。



 だがシュテファンがかぶりを振った。


「兵だけ強くとも、土地が瘦せていては強い軍は組織できん。やはりフランカ州が狙い目だろう。あそこの穀倉地帯は捨てがたい。私としてはモンペール郡のいずれかの都市を推したい」


 フランカ州は実り豊かな肥沃な大地が広がっており、この中原に出回っている農作物のうち6割以上がフランカ州で生産された物であり、特にモンペール郡は広大な穀倉地帯が有名で、あの辺りの都市を拠点に出来れば兵糧の心配はまずしなくて良くなる。



「金だ。金さえあれば軍も兵糧も揃えられる。拠点にするならやはり商人が集まりやすい、金回りの良い街が理想だ。その意味ではこのハイランド州がいい。腐っても朝廷の権威は大きい。人も物も金も一番集まるのはこの州だ。いっその事このダラムで旗揚げするのはどうだ?」


 バジルが文官らしい提案をする。確かに先立つ物がなければ何も始まらないし何も出来ない。金が潤沢にあればより街を豊かにするのも、軍備を整えるのも容易になる。



 だがそれらの意見に待ったを掛けるのが軍師のアーネストだ。


「皆、忘れてはいないか? 条件の良い場所は他の諸侯達も当然狙っているという事を。激戦が予想される場所を敢えて拠点にする必要はあるまい。多少条件は悪くとも周囲に強敵がいない県を拠点とすれば、じっくりと力を蓄える事ができる。条件の悪さは我々の力で克服していけば良い事。なので私としてはイスパーダ州のカマラサ郡か、もしくは辺境トランキア州のセルビア郡での旗揚げを推薦する」


 イスパーダ州は西の大海『セリオラン海』に面しており、漁業や海の先にある島国シャンバラとの海洋貿易が盛んな温暖な州である。だが帝国では漁業は農業ほど盛んではなく、またシャンバラとの取引も危険なセリオラン海を渡る必要がある為、フランカ州に比べると諸侯の注目度は低い州だ。


 南のトランキア州に至っては、果てしなき樹海『アマゾナス』と接している帝国最南端の辺境で、治安も悪く経済も停滞気味で、確かにそれほど強大な勢力は存在していないと思われる。


 アーネストが挙げた2郡は、彼が事前に調査した上で条件が良い・・・・・と判断した場所なのだろう。



 皆アーネストの意見は認めつつも、やはり自分の意見や拘りなどを主張していく。ディアナも拙いながら自分の考えや希望を述べてみる。


 それらの意見を取り纏めて、尚且自分の意見も加味して整理していくアーネスト。いつしか議論は白熱し、当初は軽い打ち合わせ程度のつもりが、終わった頃には夜が明けて空が白み始めていた。




 議論の末方針を決定したディアナ達は、それに沿っていよいよ具体的な行動を開始していく事になる。


 【戦乙女】ディアナの名が中原の歴史に刻まれる、その最初の一歩が踏み出されようとしていた……

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