第十九幕 孤高の異才(Ⅵ) ~一騎打ち

「んん? 何ですか、この小娘は? 汚らわしい女如きが……邪魔するというならこいつも殺してしまいなさい」


 ディアナの姿を見たホーキンズが不快げに口元を歪めて傭兵に命令する。宮廷では男色の噂もあるホーキンズだったが、今の台詞を聞く限りはどうやら真実のようである。


 だがバジルとしては現在それどころではなかった。数日前に彼が悪し様に嘲笑して追い返したあの少女が何故この場にいて、何故よりによって彼を助けるような行動を取っているのか全く訳が分からなかった。


「お、お前、何故……」


「話は後です! 今はこいつを何とかするのが先です!」

「……!」


 ディアナは殺気立つ傭兵から目を逸らさずに怒鳴る。その気迫の鋭さにバジルは思わず息を呑んだ。



「殺すっ!!」


 傭兵の男は突然妨害に現れた少女の姿にも何ら疑問を差し挟む様子もなく、ディアナに対しても殺気を向けて突き掛かってきた。


「あ、危ないっ!」


 少女が殺される光景を想像して咄嗟に声を上げるバジルだが、


「ふっ!」

 何とディアナは鋭い呼気と共に剣を跳ね上げて傭兵の槍を捌いた。どうやらその剣と鎧は伊達という訳ではないらしい。彼女の剣捌きにバジルは普段は細い目を丸くした。


 ディアナが反撃に剣を薙ぎ払うと、傭兵は素早く飛び退って回避した。だがそれによって傭兵の目付きが変化した。


 再び傭兵が踏み込んできて、短槍を連続して突き出してくる。今度は先程よりも格段に速い突きだ。


「くっ……!」

 ディアナはすぐに防戦一方になる。だが驚いた事にそれでも何とか傭兵の攻撃を受けきっていた。しかし次第に余裕がなくなり追い詰められる。そして……


「ふん!」

「あぅ……!!」


 遂に傭兵の攻撃がディアナの身体を捉えた! 辛うじて直撃は避けたものの、苦鳴を上げてその場に片膝を着いてしまう。鮮血がその身体から滴り落ちる。ホーキンズがその姿を見て嗤う。


「ほっほっほ……多少は剣を使えるようですが、劣等な女では所詮この程度。バジルと一緒に死になさい」



「お、おい、もういい! お前だけでも逃げろ!」


 バジルはらしくもないと自覚しながら、思わずディアナを気遣うような声を上げていた。だが彼女はかぶりを振って、再び剣を構えて立ち上がる。その目には絶対に退かないという意志が見て取れた。


「退きません! 絶対に……あなたを助けてみせます!」


「馬鹿な……何故そこまでする!? 官吏なんて他にもいるだろう!? 俺はお前の夢を嘲笑ったんだぞ!」


 事ここに至っては、彼女は頭がおかしいのではなく、本気で真剣に旗揚げという目的に向き合っているのだという事が理解できていた。だからこそ余計に解らない。


「あなたでなくてはいけないんです! 私の夢を嘲笑った……そんなあなたにこそ、絶対に認めて頂かなくてはならないんですっ!!」


「――っ!!」

 バジルは目を見開いたまま衝撃を受けたように硬直する。



「ほっほっほ……先程から訳の分からない事をベラベラと……。本当に女という生き物は感情だけで動く不快な生き物ですね。目障りなのでさっさと殺しなさい」


 一方ホーキンズは追い詰めらてても諦めずに立ち向かおうとするディアナの姿に、嗤いながらも不快そうに顔を歪め、傭兵に止めを指示する。指示を受けた傭兵が今度こそディアナを仕留めんと吶喊してくる。


 避けたり逃げたりすればバジルに被害が及ぶ。ディアナは相手の攻撃を見切るべく、極力冷静さを保つ。


(落ち着け、私……。こんな奴、ヘクトール様に比べたら雲泥の差だわ!)


 あのリュンクベリでの『試練』でヘクトールに加えられた剛撃に比べたら、蝿が止まるような突きだ。本物の武器で殺し合う実戦であるという点を除けば、冷静になりさえすれば決して対処できない攻撃ではない。


(――見えたっ!)


「はぁっ!」


 ディアナは敵の攻撃の軌道を見切ると、気合とともに剣を振り上げて、相手の槍の穂先に当てて跳ね上げた。 


「何……!?」

「ふっ!」


 傭兵の驚愕と動揺の隙を突いて反撃の刃を繰り出す。ディアナの剣は傭兵の胴体を真横に斬り付け、血を噴き出させた。しかし僅かに踏み込みが甘く、一撃で仕留められなかった。だが……


「終わりよっ!!」


 一撃で仕損じたなら追撃で仕留めればいいだけだ。ディアナは敢えて大胆に踏み込む。


「貴様ぁぁっ!」


 傭兵も傷つけられた怒りに顔を歪めて短槍を突き出してきた。傭兵の槍とディアナの剣の軌道が交錯する。




「…………」


 バジルも、ホーキンズも、その場にいる全員の動きが止まり、一瞬の奇妙な静寂が訪れた後……


「お……おぉ……」


 傭兵が呻いた。その身体を袈裟斬りにされた傭兵が、傷口から血を噴き出しながらゆっくりと前のめりに倒れた。そして二度と動き出す事なく、その体の下に血溜まりが広がっていく。


(た、倒した……。私……私だけの力で……敵を倒したわ!)


 傭兵の槍を躱してカウンターで斬り捨てる事に成功したディアナは、初めてある程度以上の技量の相手に自分だけの力で勝利した事実に激しい興奮を感じていた。

 

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