第十五幕 欠けている物
ディアナは決然とした表情で顔を上げる。
「……ありがとうございます、アーネスト様。お陰で私の進むべき道が見えた気がします。戦乱を終わらせる為に戦を起こす……。矛盾しているようですが、それこそが真理なのですね。ならば私はもう迷いません。アーネスト様。私が天下統一を目指すに当たって、まずしなければならない事を教えて下さい」
そう言って素直に教えを乞う。自分1人で為せる難事ではない。また自分が決して有能などとも思っていない。自分が出来ない事は、出来る人を頼ればいい。その為に同志を集めているのだ。
自分が解らない物に対して素直に教えを乞う事になんら抵抗は無かった。そんなディアナの態度に対してアーネストもまた一礼した。
「何なりとお任せを。まずはやはり自らが寄る辺、つまりは国を作らなければなりません。放浪軍のままでは兵力面でも物資面でも国を相手取っていく事など不可能ですから」
「それで『旗揚げ』という訳ですね?」
「その通りです。正直に言いましょう。単に旗揚げするだけなら、今の面子でも充分に可能です」
「え!? そ、そうなんですか?」
「ええ。あなたが勧誘したシュテファン殿とヘクトール殿の武は素晴らしい。彼等の力に私の知略が合わされば、後は少々の私兵を揃えるだけで街一つ奪い取る事など造作も無いでしょう」
「……っ!」
事も無げにそう言ってのけるアーネストに絶句するディアナ。特に気負う様子も無く淡々と告げる彼の姿に却ってそれが事実であると解って、ディアナは戦慄するなり頼もしさを感じるなり忙しかった。
「しかしよしんば旗揚げに成功して自分達の国を作れたとしても、それを維持していく事が出来なければ意味がありません。ここで言う『維持』とは、単に敵国の侵攻から街を守るという事だけではありません。それが何か解りますか?」
また質問が来た。本当に家庭教師の講義を受けているようだ。ディアナは必死で思考を巡らせる。
「ええと……維持。維持という事は…………」
アーネストは額に脂汗を浮かべるディアナに苦笑してヒントを出す。
「例えば私達が街の事など放って戦争にばかり明け暮れていたら、街はどうなると思いますか? 戦をするにも金が掛かりますし兵糧も必要です。それらを戦の度にただ一方的に徴収していたら? あなたはまさに
「……っ!!」
ディアナはハッとして顔を上げた。アーネストの言いたい事が解ったのだ。
「そうか……
彼女の回答にアーネストは満足そうに手を叩いた。
「その通りです。自領の街を維持発展させていく事が出来なければ、そもそも国が立ち行かなくなってしまうのです。その意味で国という物にとって軍事と同じくらい……いえ、場合によっては軍事よりも重要となるのが政治です。政治こそが国作りの根幹となるのです。
「はい……」
「逆に適切な政治を行って街を豊かにできれば、豊富な金や物資で軍備も整えられますし、より多くの兵力を常備できます。そして何より民が豊かになる事はディアナ殿の目指す世の中にも一歩近づく事になります」
「……!」
「政治こそが国作りの根幹……。その考えは御理解頂けましたね?」
「はい!」
ディアナは勢い込んで頷く。だが何故アーネストが今このタイミングでその話をしたのかが分からない。彼はディアナの様子に、解っているという風に頷いた。
「そこで最初の話に戻ってきます。今の私達だけでも旗揚げだけなら充分可能です。しかし……折角街を得ても、その街を適切に運営していける
「……!」
「武官のお2人は軍事に関しては非凡な方々ですが、政治となると門外漢でしょう。私も軍略や知略には自信がありますが、正直街を運営する規模の内政となるとどうしても専門家には劣ります」
「ええ!? で、では、どうしたら?」
ディアナは慌てる。勿論彼女だって政治の知識などほとんどない。
「ですから居ないのなら連れて来ればよいのです。私達を勧誘したのと同じように、金や経済に強い政治の専門家を同志に引き込みましょう。その人物に街の施政を担ってもらえば良いのです」
「そ、それは……でも、私にもそんな人物の当てなんて……」
政治の重要性も今アーネストに諭された事でようやく実感し始めたくらいである。当然政治経済に明るい人物の勧誘予定は無かったし、心当たりも無い。
「……こんな話をしたのは、実は私に1人心当たりがあるからです」
「え?」
ディアナは驚いて彼の顔を見るが、アーネストは何故か若干複雑そうな顔をしていた。
「能力はある人物です。
「え……そんな人が? でも、何か気になる事でも?」
でなければ彼がこんな微妙に苦い表情をする事はないだろう。アーネストが頷いた。
「ええ……間違いなく能力はあるんですが、
「……アーネスト様が推薦する程の能力があるのですよね? であるなら私の答えは決まっています。その方に会わせて下さい。必ず説得してみせます!」
アーネストの講義で政治の重要性も充分理解できた。彼女が自分の進むべき道を進む為に必要な事であるなら、多少エキセントリックな性格だろうがそんな物で怯んでなどいられない。
それに義兄のシュテファンはともかく、あくまで他人であるアーネストとヘクトールという極めて優秀な2人の人物を自分の力で説得できたという事実は、彼女にとって大きな自信にもなっていた。
その人物がどんな人間だろうと必ず説得してみせると、彼女は内心で意気込んだ。
「……畏まりました。それではすぐに手配致しますので準備ができるまでお待ち下さい」
ディアナの内心を悟ったアーネストは、むしろより憂慮に満ちた表情で一礼するのであった……
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