孤高の異才
第十四幕 示された道
ハイランド州、ダラムの街。ディアナ達が現在とりあえず仮の拠点としている街でもあった。
そんなダラムの街中の宿泊している宿に備え付けの食堂では、ディアナとアーネストが向かい合って座っていた。2人共真剣な表情だ。
因みにシュテファンや先日仲間になったヘクトールは、それぞれの仕事に当たっていてこの場にはいなかった。アーネストが口火を切る。
「さて……ディアナ殿。こうして改めて話す場を設けたのは他でもありません。仲間や私兵も徐々にですが集まってきている事ですし、そろそろ今後の事についてお話しておかねばなりません」
「今後の事、ですか……?」
「ええ。ディアナ殿には『戦乱を終わらせる』という大きな目標がある事は解りました。目標がある事は大いに結構ですが、その目標に対する具体的な計画などはおありでしょうか?」
「……!」
計画。そう……夢見ているだけでは夢は夢のままだ。それに向かって動き出したからには具体的な計画がなければならない。しかし……
「え、ええと……そうですね……。仲間を集めて、戦力を増強して、それで…………あ、あれ?」
仲間を集めて戦力を増強して……その後どうするのだ? ディアナは愕然として目を見開いた。
今まではとにかく何か行動を起こさなければ、という思いに後押しされて、勢いだけで進んできてしまっていた。それで何とかなってしまっていた。だがこの先もそれでいいはずがない。
全てを見透かすようなアーネストの視線に、ディアナは内心で大いに焦る。
「あ……えと、その……。とにかく戦があれば、それを止めて……和平を結んでもらって……?」
自信なさげなディアナの態度と返答にアーネストは嘆息する。
「はぁ……。それで? 中原は広いですよ? 全国で戦がある度にあちこち飛び回るのですか? そもそも戦など各地方でほぼ同時に起こったりしているんですよ?」
「う……そ、それは……」
「しかも街を支配する諸侯達の軍は、各々少なくても2000は超えます。大勢力となればもっと多いでしょう。対して寄る辺を持たない放浪軍などどれだけ多くとも精々500人にも満たない数が限界です。それで諸侯達の軍を相手取れるのですか?」
「う……」
ディアナの肩がどんどん縮こまっていく。まるで親にやんちゃを叱責される子供の図であった。
「……やはり薄々察してはいましたが、目標はあってもそこに至る為の
「うぅ……ご、ごめんなさい」
呆れたような彼の口調にディアナは恥じ入って俯く。今更自分の馬鹿さ加減と行き当たりばったりの適当さに気付いた。これでは何を言われても仕方ない。
「全く……私が加わって本当に良かったですよ。そのままでは行く当てのない放浪軍として、最後はどこかの勢力に討伐されていましたよ」
諸侯の軍に所属せずに私兵を率いる放浪軍は危険な存在として討伐されるケースも多く、基本的に一つの街に長居する事が出来ない。そうして寄る辺なく街から街を渡り歩く性質から放浪軍という呼び名が定着したのだ。
「……お恥ずかしい限りです。返す言葉もありません。しかし……それならアーネスト様には具体的な計画がおありなのですか?」
逆にそう問い掛けると、彼は即座に大きく頷いた。
「当然です。というか実に単純な事ですよ。私達も
「……! は、旗揚げ……!? ほ、本気で仰っているんですか!?」
ディアナが驚愕する。旗揚げとは特定の街を自分達で
「勿論本気も本気ですよ。放浪軍のままでは諸侯達を相手取る事など不可能ですからね。ならばこちらも同じ条件を整えれば良い。自明の理でしょう?」
「で、ですがそれでは……元々街にいる勢力を
一つの街に二つの勢力が共存する事は不可能だ。当然旗揚げとなれば、戦は避けられない。それだけではない。
「その後も他の街を治める諸侯達と戦う事になる……。そうなれば結局私達が
実はディアナの頭の片隅にも『旗揚げ』という言葉はあった。義兄やヘクトールが『旗揚げ』を前提としているだろう事も何となく解ってはいたのだ。
だが敢えてそこから目を逸らして考えないようにしていた部分があった。それは正に今言った問題があったからだ。
『戦乱終わらせる』という目標を掲げて立ち上がったのに、自分達がその戦乱を巻き起こして民に迷惑を掛けては本末転倒ではないか。その思いがあった。
だがアーネストは冷徹な表情でかぶりを振った。
「確かに短期的に見ればそうでしょう。しかし『戦乱を終わらせる』という壮大な目標を掲げるからには、ディアナ殿にはもっと長期的、大局的な視野・視点を持って頂きたく思います」
「大局的……?」
「そうです。考えてみて下さい。そもそも今の戦乱の元となっているのは何ですか?」
「戦乱の元? そ、それは……ええと……諸侯達同士の戦、ですよね……?」
やや自信なさげな回答。一応間違ってはいないはずだが……
「それも確かにその通りです。しかし更に大元を辿れば、何故諸侯達は争っているのですか?
同じオウマ帝国という
「お、大元の原因……。それは…………帝国の、朝廷の威信が落ちて、諸侯を抑えられなくなったから……でしょうか?」
またもや自信なさげに回答するディアナ。気分は完全に家庭教師の質問に答える生徒だ。果たしてアーネストは手を叩いた。
「まさにそれです。中央の弱体化は地方の群雄化を促します。これは世の理です。今の戦乱の世は、腐敗し凋落した朝廷がもたらしたとも言えます。ならばディアナ殿。あなたが『戦乱を終わらせる』に当たって最終的に何を成し遂げなければならないか、自ずと見えてきませんか?」
「最終的に……? ま、まさか……朝廷に代わって天下を統一する、なんて事は……」
今の話の流れからするとそうなる。ディアナはまさかと思いながら、恐る恐る回答する。それは余りにも……大それている。自分はただの田舎者の、しかも女なのだ。そんな事が出来るはずがない。
だがアーネストは大真面目な様子で再び頷く。
「正解です。場当たり的な対症療法など無意味です。戦乱という病を治すには、大元となる病巣自体を取り除かなくてはなりません。
「――――っ!!」
ディアナは激しい衝撃を受けたように身体を震わせる。
「わ、私が……天下を……?」
「そうです。その過程で自分から戦を起こさねばならない時もあるでしょう。しかしあなたがそれらの戦に勝利していった先に天下統一が、曳いては『戦乱を終わらせる』という目標の達成があります。早く戦乱を終わらせたいなら、早く戦に勝利して天下を統一すれば良いのです。全てはあなたの意思次第なのです」
「私の、意思……」
「あなたさえその意思があるなら、私もシュテファン殿もヘクトール殿も全力でそれを支える事をお約束します。今はこのような浪人の身で、旅の宿先で天下を語るなどおこがましいとお思いでしょうが、あなたが我々を信じて頂けるなら、それは近い内に必ずや『おこがましい夢』ではなくなるでしょう。あなたは既にそれだけの人材を手に入れているのです」
「……!」
自信過剰とも取れる言い分だが、今のディアナにとってはこの上なく頼もしい態度に感じた。
彼と話している内にディアナは、今まで先の見えない暗い霧の中を漂っていた所から、一気に光明が差して道が開けたような気分と高揚を覚えていた。
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