第十三幕 気炎の将星(Ⅴ) ~覚悟と意地


「は……ははは! 良く立った!」


 鬼気迫る彼女の姿に一瞬瞠目したヘクトールだが、すぐに喜色を浮かべると棒を振り上げて猛然と打ち掛かってきた。


「おら!」


 四度目の攻撃。そしてここで今までとは異なる展開が発生した。ヘクトールが敢えてディアナに受けやすいように木剣目掛けて攻撃している事と、威力も相当手加減している事は同じだが、その威力自体は今までの攻撃と全く同程度のはずだった。だが、


「ぐ、うぅぅぅぅっ!!」

「何……!?」


 ヘクトールが再び目を瞠った。何とディアナは全身で踏ん張るようにして、彼の一撃を辛うじてだが受けきったのだ。凄まじい衝撃が身体中に伝播しているはずだが、それでも尚倒れずに踏み止まる!



「ヘクトールの一撃を受けきった!?」


 それまで黙して静観に徹していたシュテファンもまた瞠目した。まさかの展開にヘクトールが一瞬だけ固まる。


「うわあぁぁぁっ!!」


 そこに反撃の好機を見出したディアナは、残っている全ての力を振り絞って全霊の一撃を叩きつけた。だが……


「うおぉっ!?」


 ディアナの気迫に押されて動揺しながらも咄嗟に掲げた棒が、無情にも彼女の一撃を受け止めてしまった。


「わ……私は、まだ……」


 しかしそれでも諦める事無く追撃しようとしたディアナだが、これまでの疲労やダメージの蓄積と最後に放った全霊の一撃の反動によって消耗がピークに達し、そのまま崩れ落ちるようにうつ伏せに倒れ込んでしまった。





 起き上がってくる様子が無い。意識を失ったようだ。


「レアッ!!」

 シュテファンが駆け寄ってきて彼女の様子を確認する。


「……消耗によって気を失ったか。ヘクトール、済まんが介抱はさせてもらうぞ?」


「…………」


 シュテファンが確認を取るが、何故かヘクトールは上の空な様子で気絶しているディアナの顔をじっと見下ろしていた。


「ヘクトール……?」


「あ? あ、ああ……そうだな。とりあえず俺の屋敷まで運ぼう。ここからすぐ近くだ」


 我に返ったヘクトールに促されて、シュテファンは気絶した義妹を抱えてヘクトールの屋敷へと場所を移すのであった。



*****



「……く、ぅ……ぅぅ……はっ!?」


 覚醒すると見知らぬ天井が目に入ってきた。と同時にディアナは反射的に上体を起こした。どこかの寝室で大きな寝台の上に寝かされていた。


「……! レア、目を覚ましたか」

「あ、兄上……!?」


 寝台の脇には義兄のシュテファンが控えており、今までずっと看病してくれていたようだ。それに感謝しつつもディアナは別の事が気になった。


「こ、ここは一体……?」


「ヘクトールの屋敷の客間だ。お前は最後の一撃を放った後、気絶したのだ」


「……!」

 若干混乱していた記憶が一気に甦ってくる。そうだ。自分は……結局ヘクトールから一本も取る事が出来なかったのだ。条件を満たせなかった。



「も、申し訳ありません、兄上……。折角ヘクトール様をご紹介頂いたというのに、私が不甲斐ないばかりにその機会をフイにしてしまいました……」


 悄然と項垂れて謝罪するディアナ。自分にもっと力があれば、一本くらいは取れていたはずだ。少なくともあんな無様は晒さなかった。


 彼女が無様を晒したという事は、彼女を紹介したシュテファンの顔にも泥を塗ったという事だ。恥辱、後悔、煩悶、罪悪感……。様々な負の感情が渦巻き、彼女は顔を上げられなかった。だが……


「レア、顔を上げろ」

「兄上……」


 穏やかな声音に恐る恐る顔を上げてみると、義兄は彼にしては少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


「お前が思うほど悲観した状況でもないかも知れんぞ?」 

  

「え……?」

 ディアナが怪訝な表情になった時、寝室の扉が勢いよく開いた。



「お!? 目を覚ましたのか!」

「ヘクトール様!?」


 この屋敷の主でもあり、練兵場で彼女を圧倒的な武力でねじ伏せたヘクトールであった。しかし今はあの時のような凄まじい闘気と気迫は鳴りを潜め、陽気で気さくな雰囲気となっており、ディアナの無事な姿を見て嬉しそうに歯をむき出して笑っていた。


 しかしディアナはそれに気付く余裕も無く、慌てて寝台の上で居住まいを正して彼に向かって深々と頭を下げた。


「ヘクトール様! お願いでございます! 今一度! 今一度だけチャンスを頂けませんか!? 厚かましいお願いなのは重々承知しておりますが、どうか何卒挽回の機会を……!」


 必死になって懇願するディアナだが、ヘクトールは無情にもかぶりを振った。


「……いや、もう答えは出ている。これ以上はやるだけ無駄だ」


「そ、そんな……」


 取り付く島もない言葉にディアナの顔が絶望に染まる。ヘクトールはそんな彼女には構わずシュテファンの方に視線を向けた。



「で、シュテファン。今仕えてる君主に暇を告げる・・・・・ってのはどうやりゃいいんだ?」



「…………え?」


 ディアナは聞き間違いかという風に唖然としてヘクトールの巨体を見上げた。だがシュテファンは既に解っていたらしく頷いた。


「ふ……何も難しい事はない。自らの心に正直に告げればよいだけだ」


「なるほど。なら俺の言い分は決まってるな。あんたよりももっと俺が支えるに相応しいが見つかったってな」


 何の躊躇いも無くそう言ってのけるヘクトール。ディアナは唖然とした表情のまま思わず身を乗り出す。


「な、何故……? 私は結局ヘクトール様から一本も取れなかったのに……」


 それが条件だったはずだ。だが彼はややバツが悪そうに頭を掻いた。


「あー……確かにそれが条件だったんだがな。あんたの最後の一撃……。あの時俺は恥ずかしながら完全にあんたの気迫に呑まれちまってな。反射的に防ぎはしたが、精神的には間違いなく一本取られてたのさ」


「……!」

 自分でも無我夢中だったが、歴戦の勇士であるヘクトールがそんな風に感じていたとは意外だった。



「あんたの『覚悟』って奴は充分に見せてもらった。なら今度は俺がそれに応える番だろ? あんたに手荒な事をしちまった分はこれからの働きで返させてもらうぜ」



「あ……」


 ようやくヘクトールがこちらをからかっているのではない、本気なのだという事が実感出来てきたディアナ。その瞳から涙がこぼれ落ちる。それを見たヘクトールがギョッとする。


「お、おい、どうした!? まだ痛むのか!? ホントに悪かった! 加減はしてたつもりなんだが……」


「い、いえ……そうじゃなくて……! ほ、本当に宜しいんですか? 本当に私の同志となって頂けるんですか!?」


「……! ああ、勿論だ! 俺は頭は足りねぇが、一度した約束は絶対に破らねぇよ」


「っ! あ、ありがとうございます、ヘクトール様! 私、もっと強くなります! だ、だから……これから宜しくお願い致しますっ!!」





 こうしてディアナは無双の豪傑であるヘクトールの心を動かし、同志とする事に成功した。彼女の元に次々と集う将星達。徐々に充実して厚みを増してくる戦力。


 ディアナが自らの道を見極めて進み始める時は確実に近づいてきていた……


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