第十一幕 武辺者

 そんな退屈そうな様子の彼の元に近付いてくる2人分の足音。


「相変わらずの馬鹿げた身体能力と槍術の切れだな、ヘクトールよ。しかし戦場でまみえた時ほど充実しているようには見えんな?」


「あぁ? 何だ、おま…………っ!?」


 声を掛けられた巨漢――ヘクトールが胡乱気な視線を向けて……すぐにその目が驚きで見開かれた。


「な……お、お前、まさか……アルヘイムのシュテファンか!? 何でこんな所に普通にいやがる!? アルヘイムと同盟したなんて話は聞いてねぇぞ!?」


 椅子を蹴倒す勢いで立ち上がったヘクトールが思わず身構えるが、シュテファンは苦笑しながら待ったを掛ける。


「そう思うのは尤もだ。だがもうその必要はない。私は既にアルヘイムを辞して浪人の身だからな」


「な、何だと……? アルヘイムを辞めた……?」


 ヘクトールが一瞬何を言われたのか解らないという風に目を瞬かせたが、やがてシュテファンが嘘を言っていない事が解ると今度は一転してその顔が喜色に満ちる。


「お前ほどの男を繋ぎとめておけないとは、アルヘイムの太守は無能もいい所だな。なるほど、それで俺の所に来たって訳か。勿論お前だったら大歓迎だ! 喜んでウチの太守に推挙させてもらうぜ。ま、お前と決着を着けられねぇのは残念だったがな! ははははは!」


 勝手に納得して、上機嫌な様子でシュテファンの肩を叩くヘクトール。どうやら本来はかなり磊落で気さくな性格らしい。それにやはり彼は彼でシュテファンの事を認めていたようだ。


 だがシュテファンはやはり苦笑しつつかぶりを振った。


「ありがたい評価だが、生憎私はこの街に……いや、現在あるどの勢力にも仕える気はないぞ? 勿論帝国軍も含めてな」


「……何だと? 何を言っている? どの勢力にも仕える気が無い? なら何で俺の所に来たんだ?」


 ヘクトールが怪訝そうな表情になる。その疑問は尤もだ。シュテファンはここがタイミングだと判断した。 



「うむ、今日はその事でお前に話があって来たのだ。お前に会わせたい者がいてな。……レア」


「はいっ!」

 義兄に呼ばれて、ずっと彼の後ろで出番を待っていたディアナが意気込んで前に進み出てくる。ヘクトールは彼女を見て戸惑ったように眉を上げる。


「なんだ、この少女は? お前の妹か? 俺に会わせたいって……まさか見合いでも勧める気か?」


「私の義妹という点は否定せんが……まずは彼女の話を聞いてやってはもらえんか?」


「話?」

 ヘクトールは増々不可解そうな表情となる。ディアナはやや緊張しながらも話を切り出した。



「ヘクトール・ケルツ・ハイドリッヒ様ですね? 初めまして! 私はヨセフ兄上の義妹で、ディアナ・レア・アールベックと申します!」


「あ、ああ……名前は解ったが……ん? ミドルネームだって?」


 ヘクトールが違和感を覚えたように目を瞬かせるが、ディアナは構わずそのまま続けた。


「ヘクトール様。私は現在兄上達のご協力の元、この中原に蔓延る戦乱を終わらせるべく起ち上がりました」


「な、何だって……!?」


「しかしそれが途方もない壮大な目標である事は私自身よく理解しています。私1人では絶対に為せない難事である事も。だがらこそ私と共にこの難事に当たってくれる同志・・が必要なのです!」 


「……!」


「そんな折、兄上からヘクトール様が信用に足るお方だとご紹介頂きました。類まれな武勇の持ち主でもいらっしゃると」


「……っ」


「恥を承知でお願い申し上げます。どうか『戦乱を終わらせる』という目標に向かって、ぜひともヘクトール様のご協力を頂けないでしょうか!? 私の同志となって下さい! お願い致します!」


 ディアナが深々と頭を下げると、ヘクトールは明らかに狼狽を示した。思わずといった感じで、黙って佇んでいるシュテファンに目を向ける。


「ま、待て! ちょっと待ってくれ! ……お、おい、シュテファン! これは一体何だ!? まさか俺を担ごうとしているんじゃないだろうな!?」


「……そう思うのも無理からぬ事だが、彼女は本気だ。私も、そしてあの『不世出の軍師』アーネストもそれを悟って協力を決意したのだ」


「な……ふ、『不世出の軍師』だって……!?」


 『不世出の軍師』の噂はヘクトールも聞き及んでいたらしく、唖然とした表情で固まる。


「本当の事だ。だがそれはあくまで私達の事情であってお前に関わりはない。私がお前に望むのは、年若い女だからという理由だけで頭ごなしに否定する事無く、お前自身の目できちんと彼女を判断してみて欲しいという事だけだ」


「む……」


 シュテファンにそう言われて、ヘクトールは改めて正面からディアナを見下ろした。ディアナも目を逸らす事無く巨体の彼を見上げる。



「あー……ディアナと言ったか? さっきお前が言ってたお題目は全部本心か?」


「はい! 一切の偽りない私の本心です!」


 即答する。それだけは自信を持って断言できた。ヘクトールは虚勢や誤魔化しを許さない視線で睨みつけてくる。その迫力にたじろぐ事無く、ディアナは精一杯力を込めて彼の目を睨み返す。再び両者の視線が交錯した。


 時間にすれば10秒に満たない程度だっただろうか。ディアナにはその倍くらいには感じられる時間が経過した後、不意にヘクトールが肩を震わせて豪快に笑い出した。



「ふ、ふふ……はぁっーはっはっはっ!! なるほど、面白い! 面白いな、お前! いや、ディアナよ!」


「……!」


「女の身で同志集めて旗揚げしようってだけでも大したモンだが、戦乱を終わらせると来たか! なるほど確かにお前の同志になりゃ、ここにいるより余程退屈はしなさそうだな」


「……っ! じゃあ……!」


 思わず勢い込んで身を乗り出すディアナだが、ヘクトールはそれに待ったを掛ける。


「ただし! 俺はまだお前の本気・・を見ちゃいねぇ。お前の同志になるかどうかは、それを見てから決めさせてもらうぜ」


「わ、私の本気? それなら先程も……」


「ああ、違う違う! ……俺は見ての通りの武辺者でな。言葉であれこれ言われるよりも、こいつ・・・の方が手っ取り早いし解りやすい!」


 ヘクトールは先程訓練でも使っていた太い長柄の棒を持ち上げて頭上で旋回させた。物凄い風圧がディアナの元まで届く。



「一本だ。俺から一本でも取ってみせたらお前の本気を認めてやる。単純だろ?」



「……!!」

 つまり模擬戦という事か。ヘクトールは息を呑むディアナから視線を移して、成り行きを見守っているシュテファンを見やる。


「別に構わないよな?」


「無論だ。お前自身の目で判断してくれと言った。お前が最適と判断したやり方で構わん」


「よし、決まりだ! そこに並んでる木剣から好きなのを選んでいいぞ」


 ヘクトールが指し示した先には、兵士達の訓練用の様々なサイズの木剣が立てかけられて並んでいた。



「……因みに制限時間は如何ほどでしょうか?」


 シュテファンも認める圧倒的な武勇の持ち主だ。間違っても自分が勝てるはずはないが、彼は一本取れればそれでいいと言った。それなら制限時間によっては何とかなるかも知れない。逆に時間が短ければ短い程難易度は跳ね上がっていくだろう。


 ディアナの質問にヘクトールは口の端を吊り上げた。


「制限時間? 何の話だ? そんな物はないぜ?」


「……え?」


「お前が気の済むまでいくらでも掛かってくればいい。もう無理だって諦めたらそこで終了って訳だ」


「……っ!!」

 ディアナの目が大きく見開かれた。余りにもこちらを馬鹿にし切ったルールだ。それならいずれは必ず取れるではないか。まさか何十回掛かっても彼女では一本も取れないとでも思っているのか。



「……それは本気で仰っているんですか? 私だってこう見えてベカルタ流の免許皆伝を受けているんですよ?」


「ほぉ……そりゃ凄いな。だったら何も問題ないだろ?」


「……っ」


 凄いといいながら全くそうは思っていない口調と表情で、ルールを変更する気もないらしい。ディアナは歯噛みして拳を握り締めた。


(な、何よ、馬鹿にして……! やっぱり女だと思って甘く見てるんだわ。いいわ。やってやろうじゃない。後で後悔したって知らないんだから……!)


 内心で激したディアナは、黙って立て掛けてある木剣から一本を選んで抜き取る。自分の愛用の剣に近いサイズの木剣だ。 

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