第64話 昼休み 1

 その日の昼食時、何時ものように五人が教室の後方、卓也と美咲の席に集まっていた。外から見ればごくごく普通の風景。五人の少年少女が食事を共にしているように見えるだろう。

 しかしそこには微かだが違和感がある。

 まず千夏の食事だ。彼女は親が作った弁当を持参しているが、よく見ると妙に肉が多い。そして量も小柄な千夏には少々多く感じる。

 次に卓也。彼も母の弁当を持ってきているが、その量は少々……いや、高校生の男子と考えればかなり少ない。千夏と逆と言われても納得するくらいだ。

 それもそのはず。二人の身体は普通の人間とは違う。卓也は植物型怪人、千夏はフクロウ型怪人の身体を有しているのだ。

 卓也は食事を必要とせず光合成と水だけで充分。食べる事すらと感じている。人が作り出した食事と言う行動に意味を感じられないのが原因だろう。

 水だけで良い。今では空腹感すら殆ど感じなくなっている。

 対して千夏はフクロウ、獰猛な肉食の猛禽類だ。当然食事量も多く肉を好む味覚に変化している。茶色く色彩の無い食事だが、彼女はそれで満足しているのだ。

 本当なら生肉が嬉しい。普通の人間なら腹を下すだろう。しかし彼女には無害だ。その気になれば生きたネズミを丸呑みにする事すら容易なのだから。

 少し考えればその違和感に気付く。しかし井上兄妹はそこを追求しない。いや……正確にはしていた、だ。

 千夏は自分は見た目以上に食べると押し通した。かなり強引だが、出会った当初から発症していた千夏の食事量を信用させる事は容易だ。

 そして卓也の食事量は去年よりも明らかに減っている。これも毎日少しずつ減らし、二人にはトレーニングの都合で変えたと言い訳をした。苦しいのは承知だが、想像以上に受け入れているように見える。

 誤魔化したと言った方が正しが……。

 そうしてお互い違和感がありつつも言及しない、そんな状況にはなっている。

 卓也達には望ましい状況だろう。今の身体を知られる訳にはいかない。それが例え、嘘に塗りかためられた姿だろうと。本当の姿を見られるよりはマシだ。


 二人にはただ、普通の日常を過ごしてもらいたいのだ。

 そんな卓也達の気持ちを知らず、一馬は箸を置きペットボトルのお茶を取る。


「しっかし呼ばれるのはともかく、こっちからは呼び慣れないなぁ」


「へ? 普通じゃない?」


 一馬と違い二葉は理解し難いと首を傾げる。そんな様子に二葉の頭を軽く小突いた。


「お前は距離感がめちゃくちゃなだけだろ。フレンドリーなんてレベルじゃないって」


 ここ数日の間、五人の距離感は近く……なったと言えるだろう。

 共に厳しい戦いをくぐり抜けた卓也、美咲、千夏。彼らの仲が縮まるのも不思議ではない。お互い名前で呼び会うようになっている。

 そんな三人の日常となった井上兄妹もだ。元々友好的な二葉に人当たりの良い一馬。二人とも近くなるのは難しくない。

 だからこそ、今この瞬間こそが、卓也にとって自分が人間であると実感出来る時間なのだ。

 そんな日常を眺めながら千夏も微笑む。


「でも二葉ちゃんはいろんな意味で凄いや。誰とでも仲良くなれるね。コミュ力凄いよ、転校初日で一番に話し掛けてきたし」


「そうね。私も少し羨ましいかな」


 美咲は箸を止め視線を伏せる。

 羨ましいのは本心だ。それでも怖い、この日常が壊れる瞬間が、あの恐ろしい病が二人に手を伸ばす事が。そして卓也も同じ事を考えている。

 日常を失う。それが一番の恐怖だ。


「…………頑張らなきゃな」


 卓也は小さな声で呟く。

 失わない為に、この日常を守る為に戦う。そしていつか全て元に戻る。それが彼の願いだ。


「あっ」


 そうしていると、千夏は何かを思い出したように話し出す。


「ねえ、ところでみんなはテストどうたった? 私は午後の数学が怖いんだよねぇ」


 試験が終わり今日から答案が返却される。

 一時限目から始まる阿鼻叫喚の嵐。予想通り良かったかと思えば大外れ、悪い事を既に覚悟し受け入れば意外と正解していたり。落ち込む者、勝ち誇る者と千差万別だ。

 勿論それは卓也達も同じである。本来学生である彼らもまた試験に振り回されていた。キャリアーとの戦いだなんて関係ない。勉強を疎かにする事は出来ないのだ。

 美咲と共に発症者と戦いながらも、今までと同じように勉強も……それは簡単な事ではなかった。


「俺はギリギリだけど、赤点は免れそうだ。一年の時より成績落ちそうだなぁ」


 卓也は深いため息をついた。この身体になってから発症者……キャリアーやベクターとの戦いが影響し、勉強に身が入っていないのは事実。正直両親には申し訳ない。

 だが卓也と違い、美咲は余裕そうだ。同じように戦いに身を置きながらも経験が違う。卓也よりも長い間戦い続けているのだから、この生活を上手くこなしている。

 だからか、美咲の対応は少しばかり手厳しいものだ。


「あのね、毎日キチンとやってれば大丈夫でしょ。そもそも、授業の内容を毎回頭に入れてればテスト前で焦って勉強しなくても大丈夫なのに。ねぇ、一馬君?」


「ハハハ。確かに、俺もそうやるのが一番楽だ。日頃の積み重ねが大事なんだよ」


 さも当然のように言うも、全員が同じ事を出来る訳ではない。卓也と千夏は苦笑するしかなかった。


「おいおい、無茶言うな。俺もできたら苦労しないって。簡単に言うけど、殆どの奴が無理だぞ。できんの一馬と美咲くらいだろ」


「そうだよねぇ。私もちょっときついかな……」


 理想ではあるが現実は……そう上手くはいかない。千夏も卓也と同意見、勤勉かつ頭も良い二人には敵わないのだ。

 羨ましいと思うが、勉強が全てではない。自分に会う人生、道を選べば良いと卓也は笑う。


「まぁ、人には向き不向きがあるさ。けど赤点さえ取らなければ良いって問題じゃない…………んだぞ、二葉」


 名指しで呼ばれた二葉は口いっぱいに頬張りながら振り向く。


「ふぇ?」


 食事に夢中だったからか、話しを聞いていなかったようだ。一馬も思わずため息を溢す。


「お前な……まったく。毎日ほぼ勉強しないからテスト前で焦って俺に泣き付くんだろ」


「アハハハハ。だって面倒臭いんだもん」


「面倒臭いじゃないだろ。頭は悪くないんだから、毎日少しでも勉強すればだな……」


 ぶつぶつと小言を言うも二葉は笑って誤魔化すだけ。そんな二人のやり取りを見ていると美咲がそっと耳打ちする。


「ちょっと、あんたちゃんと勉強してるの? 大変なのは私も理解しているけど、もう少ししっかりしてよ」


「面目無い。体力だけはあるから、徹夜でどうにかしてたんだけどさ。今度勉強法教えてくれ。正直、両立はきつい」


「…………もう、仕方ないんだから」


 そう言いながらも、美咲は軽く微笑んでいた。頼りにされるのは嫌じゃない。それに卓也に留年されるのも困る。

 二人が小言で話していると、一馬がこちらに振り向く。


「そういえば卓也がこんなに苦戦するなんて珍しいな。赤点免れてるとはいえ、点数かなり悪いし。こんな事今までなかっただろ?」


「あー……まあな」


 言葉に詰まってしまった。それもそのはず、本来卓也の成績はそこまで悪くない。特別優秀ではないが、普通レベルには達している。少なくとも今回はかなり落ち、一馬が疑問に感じるのも当たり前。

 原因は解っている。ヴィラン・シンドロームとの戦いだ。

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