第46話 他の家庭

 ピ……ピ……と静かになる電子音。目に映し出される数字を食い入るように一人の男性が画面を見る。

 ちらりと横のベッドを見た。そこには一羽のフクロウ……否、キャリアーと化した千夏が横たわっている。 彼女の身体中には 電極が付けられており、 そのデータが画面に映され ているようだ。


(はあ、木人間の次は鳥人間か……)


 男性はため息をつきながら 千夏のデータを取る。 いくら彼の隣に一人のグローバー、アサルト・キュアを装備した美咲がいようと安心は出来ない。


「あの……」


 心の中で文句を言っていると、不意に聞こえた 千夏の声に驚く。


「まだ時間がかかりますか?」


「あ、ああ。 すまないが、もう少し嫉妬していてね」


「わかりました」


 千夏が再び黙り、男性はため息をつきながら画面に視線を移す。


(ったく、これがキャリアーじゃなかったらなぁ。女子高生に合法的に触れたのに)


 そんなふしだらな事が思い浮かぶも、それを吹っ飛ばすのが千夏の存在だ。彼も医療従事者として人間の正常なデータは頭に入っている。そして彼女の、特にキャリアーの姿でのデータは人間としてあり得ない数値だった。


「 全然わかんないなぁ……」


 その画面を覗き見先はつぶやく、当たり前だ、基本的に彼女はただの女子高生。医学に興味がなければ分かるはずがない。

 さっきの視線に気付き男は小さく笑う。


「 高岩は気にしなくていいんだよ。君はあの子が暴れないように 見張ってくれればいいんだからさ」


「…… そうですね、まあ、藤岡くんの前例もありますし、多分大丈夫ですよ」


 彼女は部屋に備え付けられた窓、そして千夏を一瞥する。

 そんなことは話されているのも知らず、美咲の姿を窓、マジックミラーから覗く一人の少年。卓也もまた、大人しく検査を受ける千夏を見ていた。


「二人目か」


 なんだか不思議な感覚だ。特別だ、初の症例だ、唯一の存在だと騒がれていたのに、少し寂しさを感じる。

 特別な存在と言われ正直悪い気はしなかった。もちろん千夏の存在が疎ましく感じたりはしない。むしろ逆だ、彼も彼女の存在がこの病の、ヴィラン・シンドロームとの戦いに大きく貢献してくれると期待している。

 自分だけじゃなかった。それはきっと意味があるはずだと。

 その時、複数の足音から誰かがこちらに近づいてくるのを察知した。


「おお、卓也君か」


 部屋に入って来たのは院長の石川博幸だった。ただ彼の隣には見慣れない中年の男性が一人、その後ろには中年女性と卓也より少し年上であろう若い女性がいる。

 この場に現れた事、そして二人の女性の小柄な体格と顔立ちから卓也は瞬時に察した。おそらく千夏の家族だろう。両親と話しに聞いた姉だ。

 そして彼らも卓也に気付いた。


「先生、彼は?」


「彼もご息女と同じ病気の子ですよ。卓也君、こちらは黄川田千夏さんのご家族だ」


 卓也は姿勢を正し一礼する。


「藤岡……です」


「ああ、はじめまして」


 千夏の父も軽く会釈し、博幸の方を向く。


「で、娘は?」


「この部屋です。そこの窓がマジックミラーになっているので見る事はできますが……覚悟はよろしいですか? 人によってはかなりショッキングな事で」


 その一言に緊張が走る。彼らは千夏の様子を見に来たのだろう。そしておそらく、キャリアーの姿を初めて見るようだ。

 きっと辛い事になるだろう。自分の両親も受け入れ難い事だったに違いない。けどこのまま何も見ずにはいられないはずだ。


「……お話しだけでは正直信じられません。娘が、千夏が鳥人間になっただなんて。漫画じゃあるまいし」


「まあ、非常識なのはわかりますが、これは現実です。私は医師として事実を伝えています」


 千夏の父は眉間に皺をよせて深いため息をつく。少し考えると、彼は卓也に視線を移す。


「怪人になってしまう病気か……。確か君も同じ病気なんだろう? 君さえよければ、その姿を確認させてほしい。この窓の先にいるのが娘ではなく、着ぐるみの可能性もあるからね」


「あなた、何言ってるの!」


 千夏の母が止めようとするも彼は聞く耳を持たない。彼の目は何かを必死に訴えているようだ。


「その病気が本当なら失礼な事を言ってるのも承知している。だが……そう、信じられないんだよ。人が怪人に変身するだなんて、そんなのは特撮番組の中の話だとね」


 成る程と心の中で頷く。

 卓也も逆の立場だったら、実物を見なければ信用出来ないだろう。自分が患ったのだからすぐに受け入れられたが、知らない人から聞けば漫画の設定にも聞こえる。


「わかりました」


 だから了承した。今さらあの姿を他人に見られた所で問題ではない。少しでもこの病気の存在を信じ、千夏と向き合う切っ掛けになればと思っていた。


「良いのかい?」


「はい。百聞は一見にしかずって言うじゃないですか。こっちの方が確実ですよ」


「そうか。すまないね。では黄川田さん、少し離れてください」


 博幸に促され黄川田家の人達は卓也から離れる。彼らが疑い混じりの視線を向ける中、卓也は軽く息を整える。

 複雑な気持ちだ。自分から良いと言ったのに、心の片隅では嫌だとも思っている。いくら関係者とはいえ、やはり他人にまじまじと見られるのは抵抗がある。


「いきます」


 だがそんな事を言ってる場合じゃない。承諾したのは自分なのだ。

 卓也が口を開いた次の瞬間、背中から生えた蔦が全身を包み込む。

 その場にいた全員が息を飲んだ。

 蔦が身体を包んだかと思うと、直ぐに卓也の体内に引き戻される。そこにはキャリアー、植物人間と変身した卓也が立っていた。


「まさか……」


 映像ではない。手品でもない。今まさに人間が怪人へと変身したのだ。


「……触っても問題ないかな?」


「大丈夫ですよ。彼も保菌者ではありませんから」


「…………失礼」


 千夏の父は恐る恐る卓也に触れる。人の皮膚ではない、特殊メイクのような作り物とも違う。木だ。木そのものだ。


「驚いたな」


 卓也の背に回り、首もとから伸びる葉を掴む。


「痛っ」


 つい何気なく引っ張ってしまった。だがそれは卓也には痛みとして伝わる。当然だ。この葉は卓也の身体から生えているのだから。


「それ身体から生えてるんで、強く引っ張られると痛いです……」


「あ、ああ。すまない」


 葉から手を離し、自分の手を眺める。この感触、正に生きた植物だ。


「先生の言った事は、どうやら本当のようですね。こんな病気が実在していたとは……」


 疑いようがない。本物だ、現実だ。それを理解した瞬間、ゾッと背筋が凍るような感覚に襲われる。

 娘がこんな化け物になっているのか。その事実が嫌でも思い知らされる。


「娘と……会わせてください。お前達もいいな?」


 女性陣も無言で頷く。現実を、この病を見せ付けられてしまっては、受け入れなければならない。


「どうぞ、こちらへ。私はここでお待ちしています」


「わかりました……」


 黄川田家の人々は部屋へと入ってゆく。その後ろ姿を見送りながら卓也は人の姿に戻る。窓……マジックミラーの先では起き上がった千夏が家族のもとへ飛んで行くのが見える。

 博幸は小さくため息を漏らす。


「すまないね卓也君。あまり見せたくなかっただろう」

 

「気にしないでください。実物を見ないと信じられないのは当たり前ですから」


「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」


 軽く微笑むと、彼は再び千夏の方を見る。

 彼女の顔、人間ではないフクロウの仮面からは表情を読み取る事は出来ない。しかしその身振りから、少しだが家族との会話を楽しんでいるように見える。


「なあ卓也君。彼女が……二人目の抗体を持つキャリアーが発見された事をどう思う?」


 彼は視線を動かさずに問い掛ける。


「正直、俺にはわかりません。自分だけじゃないのが嬉しいような、って感じですかね」


「成る程な」


 すると博幸は真剣な表情で卓也に振り向き話し掛ける。


「私はね、実は君は一人目ではない、他にも同じ特殊なキャリアーがいたのではないかと思っている」


「え?」


 思ってもいなかった一言に驚く。


「彼女はこの街に引っ越す前から身体の異変があったと言っている。それが本当なら、卓也君は無関係だ」


「あ、そうなんですか」


 失念していた。確かにウイルスは検出されてはいないものの、千夏がキャリアーとなった原因が自分に無いとは言いきれないからだ。しかし幸いな事にその可能性は無いようだ。


「となると、君達の変異の原因は不明。時間も場所もバラバラとなると、他にも発生している可能性がある」


「確かに……そうですね」


「発見されてないのは……恐らく他のキャリアー達に殺害されている。もしくは周りに見られないよう隠れているからじゃないかと思っている」


「…………」


 彼の予想に反論は無い。キャリアーにとって抗体を持つ存在はグローバーと同じく最優先で殲滅すべき敵だ。攻撃されていてもおかしくはない。それに、人目から隠れるのも納得出来る。


「だがあくまで可能性、推測の話しだ。証拠も無いからね」


 そう笑う博幸に卓也は口を閉ざす。

 もし……もし本当に自分と同じ存在がいたら、卓也の心には期待と同じように不安も渦巻いている。

 キャリアーともグローバーとも違う別の存在。その不確かさが不安だ。だがもし自分が何者になってしまったのか知れれば。もっと沢山のがいれば、それがわかるかもしれない。

 そんな淡い期待が卓也の胸の中に芽生えたのだった。

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