第42話 剣と拳

 駆け出す二人。一方でカニ型キャリアーが一歩前に出る。


「あの小娘は私がやる。相性的に私の方が有利だ」


「任せた。黒髪ロングは趣味じゃない」


 そう言い、彼は走り出した。先陣を切り、先に手をだしたのは卓也だからだ。


「だぁ!」


「ブヒャ!」


 得物はお互いに拳。武具など無粋、己の肉体によるステゴロこそ美学と言わんとばかりに拳が衝突する。

 そして美咲はそいつは任せたと走り抜け、抜刀しこちらに迫るカニ型キャリアーと衝突する。


「死ねぇ!」


 振り上げられた鋏を刀で受け止める。重い。体重、体格、膂力、どれもが美咲を上回っている。アサルト・キュアの補助がなければこのまま叩き潰されていただろう。

 だが受け止めるだけでもギリギリだ。抑えながらも次第に圧されてゆく。


「先程はごちそうさま。お礼にその首をねじ切ってあげようかねぇ」


「あら、牛丼で良かったの? ちらし寿司の方が嬉しいんじゃない。カニも増えて豪勢になるもの」


「嘗めるな、小娘がぁ!」


 強引に美咲を突飛ばし、頭をかち割ろうと力任せに叩き付けた。

 だが当たらない。鋏を振り上げた隙、脇腹をすり抜けつつ、がら空きの胴を切付けた。


「ちぃ……」


 確かに直撃した。しかし頑丈な甲殻の表面を浅く削るだけ。うっすらと緑色の線が残るものの、すぐに消えてしまう。

 堅い相手は苦手だ。刃物は通じないし、下手すれば武器の方が傷む。

 その事はキャリアーも理解しているようで、消えた傷口を撫でながらにやつく。


「フフフ、どうするかな。君はどうやって私にダメージを与えるのかな? グローバーの刀剣では私の鎧を抜く事は不可能だぞ」


「…………へぇ」


 美咲はその言葉に反応し、ゆっくりと刀を構え直す。


(こいつ、今グローバーって言ったわね。って事は……ヴィラン・シンドロームを知っているキャリアーか。きっとあのブタも只者じゃないわね)


 本来なら捕獲し、尋問するべきだ。何処でこの病を知ったのか。グローバー、その意味を誰から聞いたのか。世間には秘匿されている情報の入手経路はどうなっている。

 しかし今はそんな余裕はなかった。千夏の救出もしなければならないからだ。

 その上殺処分よりも捕獲の方が難易度は高い。そんな隙を見せるような相手とは思えないし、拘束する手段も時間も無い。あまつさえ刃物を弾く強固な甲殻、それに見合ったパワー。グローバー、特に美咲にとって非常にやりにくい相手だ。


(さて、どうしたものか……)


 情報の一つでも聞き出したいが、時間が惜しい。とにかく早くケリをつけなければならない。


(重火器で殻を壊すのが定番だけど……。首を切り落とすのが手っ取り早いかな)


 柄を握る手に力が入る。


「フッ!」


 刀身は赤く輝き、足をバネにし放たれた矢のように斬りかかる。振り抜いた刃は赤い軌跡を描き、首元へと吸い込まれてゆく。

 しかしそれは察していた。巨大な鋏に阻まれぶつかり合う。そして痺れるような衝撃が手を伝い、空気が震える。

 つばぜり合いの最中、両者はお互いに殺意に満ちた目で睨む。


「残念だな。悪いが私は強い、君よりもねぇ……。私は無敵だ!」


「確かに無敵ね。殻に籠って震えているようじゃ、敵なんか作らないもの」


「キサマっ!」


 挑発しながらも美咲は横目で卓也を見る。


(藤岡君も手を焼いてるみたいね。となると)


 キャリアーを蹴り後ろに下がる。着地と同時に腰に備え付けられた薬に触れた。


(私が速攻で片付けるかな)


 鼻息を荒げ鋏を振るうカニが一匹。美咲は一度深呼吸をし、再び刀を振り上げた。




 一方卓也は打ち合った拳を引き後ろに跳ぶ。


「痛っ」


 拳が割れているが、幸いな事に再生能力のお陰でその傷とみるみる塞がってゆく。

 相手の拳は堅かった。原因はあの蹄型の手甲だ。それが防御だけでなく攻撃力も上げている。


「堅いな。なら!」


 単純な膂力は負けている。ただ殴り会うだけだと勝つのは難しい。が、その程度で諦める彼ではない。


「行け!」


 地面に手を当てた次の瞬間、二本の蔦が蛇のように生え、キャリアーに襲い掛かる。

 しかしこの程度で止められない。蔦は簡単に掴まれ、力任せに引き千切られてしまう。


「くらえっ!」


 それは囮だ。卓也は既にキャリアーの懐まで潜り込み、真っ直ぐ拳を突き出す。腕はでっぷりと膨らんだ腹に肘まで沈み食い込む。

 その感触に違和感を感じた。


「何だ……これ?」


 柔らかい腹部に攻撃は有効だ。上手く直撃させれば内臓にもダメージを与えられられる。

 しかし卓也には手応えが全く感じられなかった。ダメージを与えられていないのだ。


「無駄無駄」


「ちぃ……あれ?」


 平然としたキャリアーの様子に身体が警告する。すぐさま離れようとするが、何故か腕が抜けない。

 まずい、そう思った時には卓也の頭が鷲掴みにされていた。腹の肉から力が抜け、埋もれていた腕が外れる。万力のように締め上げながら卓也の身体は宙吊りにされた。


「ガ…………」


「このまま握り潰し、バラバラにしてサラダにしてやる。コブソースとシーザー、どちらが良いかな?」


 頭を握る手に力が入る。ミシミシと音を立てながら痛みと圧力が脳に伝わる。このままでは潰れるのも時間の問題だ。

 こんな所で、黙ってやられるつもりは無い。


「わ、悪いが……ゴマ派なんだよ!」


 手は無理だが足は届く。宙吊りになりながらも腰を捻り、回し蹴りを繰り出した。

 大きく、勢いに乗せた右足は、キャリアーの左頬に直撃する。しかし……


「だから無駄だ」


 それでも分厚い脂肪に阻まれ、顔の肉が波打つだけ。

 嫌な予感がした。もしかしたら打撃が通用しないのかもしれない。だとすれば非常にまずい。素手が武器の卓也には最悪の相手だ。

 勿論卓也には最大の武器、抗体がある。しかしこいつがそれを打ち込む隙を簡単に見せるとは思えない。


(いや、まだだ!)


 足はキャリアーの頭を捉えている。このまま足から根を伸ばし、直接頭に抗体を注射してやる。

 卓也の足に琥珀色の光が点る。


「そうくるか」


 読まれていた。ブタの鼻か、それともキャリアーの本能が察したのか、抗体の活性を感知したのだ。

 当然、そのままくらう訳にはいかない。


「フンっ!」


 おもむろに卓也を投げ捨てた。数メートルは吹っ飛んだ後、一度地面をバウンドし転がる。

 投げられた勢いで首引っこ抜けそうだったが、幸いな事にまだ繋がっている。だが叩き付けられたダメージは大きく、一瞬意識が飛びかけた。


「うお……」


 目眩を感じながらもなんとか起き上がる。

 再生能力はまだ余力があるから、ダメージはすぐに回復する。だがそれも無限ではない。


「クソ……どうする?」


 感覚が戻り頭も動き始める。それでも打開策は思い浮かんでいない。分厚い脂肪に打撃は吸収され、根で突き刺そうにも簡単にいなされ、手甲にも防がれてしまうだろう。

 一撃だけで良い。抗体を打ち込むチャンスが欲しい。

 そんな事を考えていると、美咲が卓也の背後まで下がる。


「堅……」


 痺れる手を振り、忌々しそうに呟く。その声には少しだが焦りが見える。


「藤岡君も苦戦しているみたいね」


「まあな」


 お互い背を合わせながら眼前の敵を睨む。まるで挟み撃ちにされているようだ。


「あいつの身体、脂肪で柔らかくてさ。殴っても効かないんだ」


「私は逆ね。堅くて刃が通らないし、間接も狙わせてくれないの」


 二人の口が止まる。数秒の沈黙、視線も交わしはしなかった。

 否、不要だった。お互いにとっての最善の一手、それを同時に思い付いたからだ。


「「任せた!!」」


 二人は即座に後ろを向くとお互いの背後の敵、卓也はカニ型に、美咲はブタ型キャリアーへと走る。

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