ヴィラン・シンドローム～特撮怪人になってしまったが、ヒーローやってるクラスメートの娘と一緒に世界のために頑張ります！～

第43話 入れ替わり立ち替わり

「おりゃあ！」

　駆け出した卓也はそのまま跳躍。右足を突き出し、一直線に頭を狙い蹴り抜く。

「フン！」

　渾身の一撃も右腕の鋏に防がれる。堅い。まるで鉄塊を蹴ったようだ。その力も凄まじく、卓也は簡単に押し反される。

「っと」

　着地し身構えた。

　流石は甲殻類。その頑丈さに驚きつつも、少しだけ冷静さを取り戻す。

（さてと、こうも堅くちゃきついな。……ああ、あの手があったな）

　卓也はある事を思い出す。とてつもなく堅牢な身体の怪獣を倒したヒーローの話しを。上手くやればブタ型キャリアーにも通用したのにと、今さら思い出した事に笑ってしまいそうだ。

「これでもくらえ！」

　地面に両手を着くと、地面を突き破り蔦が何本も生え、襲い掛かった。

　あの甲殻を抜く威力は無いがそれで良い。あくまで捕まえる事が目的なのだ。

「フン……甘いわ！」

　だが簡単にはいかない。四方から迫る蔦を鋏で切り裂きながら迫る。

「ちぃ……簡単にはいかねぇか！」

　卓也もまた駆け出す。跳び、その拳を振り抜く。

　今は戦うしかない。ほんの一瞬で良い。チャンスを作る為に。

　一方美咲に交代した事でブタ型キャリアーは酷く焦っていた。脂肪の鎧は打撃に強いが、刃物には無力だからだ。

「ハッ！」

　大きく踏み込み振り上げた斬撃、それは突き出た腹を切り着ける。贅肉を切り裂き、切り口は緑色に変色してゆく。

「じっとしてなさい、今ならその贅肉を削ぎ落としてあげるから。ダイエットに最適じゃない？」

「っ！？」

　肉を切られる痛み、抗体により融解する身体、その全てが彼の脳で暴れる。恐怖と敵意が混ざり合い、闘争心に火が点く。

　戦意が高まるのは美咲も同じだ。まだまだ浅い。もっと深く、強い一撃を当てなければ倒せない。

「じゃあ……切る！」

「ヒャア！」

　更に踏み込む美咲に繰り出される鉄拳。当たれば彼女の頭を一撃で粉砕するだろう。しかしその拳は美咲に当たる事はなかった。

　完璧なカウンターだった。僅かに身を逸らし紙一重で回避、逆に同時に突き出した赤い刃が心臓を貫く。

「ガフっ……」

　口から血を吹き、胸の刺し口から身体が緑色に変色してゆく。

「……まず一人」

　刀身を引き抜くとそのまま倒れ、傷口から身体が融解する。ほんの数秒でキャリアーは緑色の水溜まりに変貌してしまう。

「さて、藤岡君は無事？」

　もう一体、卓也達の方を見る。卓也は鋏を捌きつつ拳を叩き込んでいくが、多少よろけさせるだけで大したダメージを与えられていない。

　このままでは埒があかない。

「藤岡君！」

　二対一ならあるいは、そんな彼女の声に卓也も気付き、完全に融解したブタ型キャリアーの亡骸も視界に入る。

「高岩、こいつの動きを止めてくれ！　一瞬でいい！」

「何か策があるの？」

「ある。こいつを倒せる！」

「……わかった！」

　彼の狙い、勝つ算段はわからない。だが今はそれに賭けるしかない。

　そんな卓也達をキャリアーは嘲笑う。

「私に勝つ？　やってみろ！」

　卓也目掛け大量の泡を吐きかける。

「おわっ！？」

　横に跳び回避、その隙に美咲は鞘を腰から外し駆け出した。

「この！」

　鞘を全力で投げる。ブーメランのように回転しながらキャリアーの頭目掛け飛んで行く。当たれば痛いだけではすまないだろう。当たり所が悪ければ死すらあり得る。

　だがそれは人間ならの話。鋏で簡単に弾かれてしまう。

「馬鹿め。こんなんで私を……」

　堅い甲殻に包まれているのだ。ダメージにすらならない。

　己の身体に絶対の自信を持ち笑うが、足を止め左腕を向ける美咲に不信感が沸き上がる。

　追撃してこない。何故。そう考えた時には、彼の足が勢いよく引っ張られ転倒していた。

「な……」

　足にはワイヤーが巻き付いていた。そのワイヤーは美咲の左腕の手甲から伸びている。

　鞘は確かに囮だ。ただ彼の予想に反し、本来の狙いはワイヤーで足を引き転倒させる事だった。

　たったそれだけ、ダメージにすらならない。だがその一瞬で卓也には充分だった。

「小賢しいマネ……うお！？」

　ワイヤーを切り立ち上がろうとした所に、今度は地面から伸びた蔦が四肢に巻き付く。

　完全に拘束されてしまった。だが数秒掛かるが、力強くでなら蔦を引きちぎり振りほどける。

「この程度で！」

「いや、終わりだ」

　その僅かな隙を逃さず、卓也は接近していた。殴るように引いたその右手からは赤い花が咲いている。

（花？）

　何故花が、と疑問はあるが、彼は落ち着いていた。卓也の腕力は把握済みだ、顔面を殴られようと致命傷にはなり得ない。

　その余裕が命取りだった。

「ガフッ！？」

　卓也は右手を口の中に突っ込んだのだ。その理由は直ぐにわかった。

「たらふく喰らえ」

　口から溢れる程の黄色い粉。花から大量の花粉が吐き出されたのだ。

「！？！？！？」

　ただの花粉ではない、抗体を含んだ花粉だ。そんな物を流し込まれればひとたまりもない。

　キャリアーは痙攣しながら白目を剥き、鼻、耳、口、あらゆる穴から緑色の粘液を流す。抗体がウイルスを駆逐し肉体が維持できず崩壊してゆく、それも身体の内側から。

　こうなれば自慢の甲殻も意味を成さなかった。どれだけ強硬な鎧を纏おうとも、体内を直接攻撃されては防ぐ事も出来ない。

　卓也が腕を引き抜き花が散る。キャリアーはそのまま倒れ、甲殻の隙間から漏れる緑色の粘液が水溜まりを作り、その中にゆっくりと沈んでゆく。

「…………随分とエグい事するわね。まあ、あまり人の事言えないけど」

　鞘を拾い刀を納める。溶けたカニ型キャリアーの身体は殆ど形を失い、背中が僅かに水溜まりに浮かぶだけだ。

　キャリアー達の状況、ヴィラン・シンドロームの情報やグローバーをどうやって知ったか聞き出したかった。しかし拘束する手段も無い上、千夏の事もある。勿体無いが周囲の安全が最優先だ。

「いやさ、昔テレビで……光線とか効かない怪獣の口に手を突っ込んで、体内に直接光線を撃ち込んで倒したの思い出してさ。これならいけるって思ったんだ」

「で、上手くいったと。まあ、私達に手段を選ぶ暇なんか無いもの」

「そうだな。……っと、そういえば」

　対岸へと向かおうとした時、卓也はある事を思い出す。

「来てくれて助かったけどさ、高岩はどうしてここに？　めっちゃタイミング良かったけど」

「ああ、あれよ」

　彼女が指差したのは橋の柱、遠目で見にくいが、そこには橋の裏側や下を見るように監視カメラが設置されていた。

「ベクターは暗かったり狭い場所に潜伏するから。ネズミだし。で、その監視カメラに藤岡君達がいて、様子がおかしかったから私が来たの。お昼の買い物途中だったんだけどね。ほら、黄川田さんを追い掛けましょ」

「お、おう」

　走り出す美咲を追い掛け、卓也も対岸へと向かうのだった。