第29話
夢遊病者のように彼はその場所に立っていた
空には太陽の光を受けておぼろげに浮かぶ不吉な惑星がこの地球という星に狙いを定め接近している。
彼には友達と呼べる者は1人も居なかった!
あらゆる知識に精通し、天才的な頭脳を持っているにも係らず他人と共存する術を知らなかったのだ・・・
内気という性格もあるが常人とはかけ離れ過ぎた知能は人から敬遠され孤独を生み出すモノでしかなかった。
そんな彼にいつも優しかった両親は数年前に起きた警察署内での悪夢の惨劇により犠牲となり命を落とし還らぬ人となってしまった!
そんな彼を優しい笑顔で悲しみから救ってくれたのは父親の親友であった山野署長である。
しかし、その署長も誰かに殺されてしまった!
彼は心に復讐を誓い、自分なりの分析により調べ始めると闇の世界に君臨する源蔵に辿り着いた・・・
敵とする相手はあまりにも大きく彼の復讐心は苦悶のうちに諦めるしかなくなってしまう。
そんな時にあの惑星の出現である!
あの惑星が生きるモノ全てを消し去るのなら奴もこの世界から抹消されるだろう!? 僕の復讐はこれで果たすことが出来る!
「奴と同じ瞬間に死ぬのは耐えられそうにないから先に逝ってもいいでしょ?」
彼は空を見上げ話し掛けるように呟いてみた・・・
自問自答である・・・周囲には誰も居なかった。
彼の名前は遠野孝明(トオノタカアキ)
突然、現れた巨大惑星が接近中で地球は跡形も無く消滅してしまうという驚くべき事実が早朝から報道され続け、大パニックとなり世の動きは機能を停止した!
それぞれが色んな役割を担い動いている世の中なのだがその驚愕のニュースに社会の歯車の1つとして役割を果たしていた人々はそれを放棄し逃げ場を探してる。
他に人間が暮らせる星もみつかっていないのではどこに逃げても結果は同じである。
渋滞で埋め尽くされた幹線道路を見下ろしながら微かに寂し気な表情を見せた彼は水に飛び込むような感じで宙に舞い上がると落下する!
一瞬の出来事なのにまるでスローモーションで流れて行くかのように下へ下へと窓ガラス越しに部屋の様子が伺えていた。
「ダメよ! もっと生きて!」
そんな声が聴こえたような気がした彼の目の前に誰かの手を握り必死に祈る姿がハッキリと見える
彼はその名前も顔も知らないが、それは未希の姿だった。
猛烈な願いを込めて発動する未希の魔法が居るはずの無い窓ガラス越しに空中を落下する彼にも直撃した!
意識が薄れゆく中で彼は思っていた・・・
「そうだ! 僕は最後の瞬間まで生きるべきだった」
そんな彼の身体はそのまま異次元空間へと飛ばされてしまっていた!
彼は空中で忽然と姿を消してしまったのである。
未希の魔法は拓海の命を呼び戻すとともに遠野孝明という青年の命まで救ったのかも知れない!?
その前日の夜のこと・・・
「早くお風呂に入りなさい!」
リビングから母親の声が聴こえて来たのに対し
「はーい」
元気良く返事した彼女は浴室へと向かう為に扉を開けて部屋を出て行った。
「これが柚木 義政の子孫って訳ね!? 確かにちょっと似てるとこあるかも?」
シルヴィアは彼女の隣りを歩きながら興味深そうに眺めているが彼女には神であるシルヴィアの姿は当然、見えてはいない!
「この娘ならあの人と同じで頼りになるかも知れないわ」
シルヴィアが言うあの人とは山神のことである。
「そろそろ頃合いかしら? 裸のまんま連れてくのは可哀相だけど仕方ないわよね!?」
彼女の目の前に顔を寄せ問い掛けるがその声が聴こえてるはずも無く上機嫌で気持ち良さそうに歌っていた。
シルヴィアは異次元への扉を開くと彼女の身体を見知らぬ空間へと連れ出した!
突然のことに驚愕の表情で狼狽える彼女を逃げる途中で発見した男が手を引き強引に走らせる・・・
「頑張って走るのよ! 神に選ばれし勇者のあなたならばきっと破滅へのシナリオを変えられるわ!」
大声で叫びながら励ましたが物凄いスピードで遠ざかる千代には、もう届いていなかった。
見ればいつの間にかシルヴィアは腰に剣を携え、この異次元の世界の住人らしい恰好をしている!
しばらく巣立ちをした小鳥を見送る親鳥のような優しい眼差しで千代を見送ると方向を変え歩き出した。
シルヴィアが向かって行ったその遥か先にはうっすらと巨大な城壁が見えていた!
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