第22話

彼は最近、孤独の中に居た・・・

源蔵も雄治も顔を見せることが少なくなり時々、訪れたかと思えば研究所に連れて行かれ細胞を採取されたり採血されたりと、まるで実験の材料にでもされてるような感じであった。


そんな孤独は次第に加藤和樹と和也、それに本来の自分と3つの人格を頻繁に生み出すようになり近頃では3人が同時に頭の中で会話してる状態になっていた。


身体は1つしかないのに思考能力は3つ

何かをしようとするたびに意見が分かれてしまうのだ!

そしてこれまで心の奥底に隠されていた記憶が更に彼を苦しめ始めている。


「あの日、お前が僕たちを殺したんだ!」

「だから早く帰ろうって言ったのに!」

「お父さんとお母さんまで殺して喰っちゃったよな!?」

「だってあの人たちは僕たちを苛めたじゃないか?」

「お前がそう思い込んでるだけで操られてるだけだ!」

「人を殺したら重い罰を受けなきゃならないんだよ!」

「殺すことが悪いことだなんて知らなかったんだ・・・」


良く考えて見れば彼には自分の名前さえ無かった!

殺して喰らい記憶を奪い、その記憶が自分のモノだと思い込んでいた彼は自分が誰であるかなど考える必要など無かったのだ。


一方の源蔵と雄治の2人は新世界を作る為に彼のことなど半ば忘れかけていた

「そう言えばあの怪物はどうしますか?」

急に思い出したように雄治は源蔵に尋ねた。


「あぁ、あいつか? 前に病院に居る小僧を殺せと命じたはずだが失敗したなぁ・・・まだ使い道は有るのか!?」

熱心に図面を見ながらイメージする練習をしていた源蔵は興味なさそうに訊いた。


「いずれこちらの世界には用も無くなるんですから証拠隠滅の必要もないですからねぇ?・・・もしもあいつが社長に逆らうようになった場合に備えて細胞と血液を調べているうちに面白いことを発見しましてね!」

雄治の面白いことを発見したという答えに興味を抱いたのか、源蔵は手を休めると

「何だそれは!? 言ってみろ!」

椅子に深々と腰掛けながら雄治に催促する。


「あの細胞の異常な修復能力とパワーを生み出す能力の根本となる原因がわかったんですよ!」

「原因がわかったということは逆にも出来るわけです」

そこまで話した雄治は自分も椅子に腰掛け話を続けた。


「つまり普通の人間でも超人に出来るし超人を根本から破壊し、消滅させることも出来るということです!」

「吸血鬼に噛まれて血を吸われた者が吸血鬼になるのと同じで太陽を浴びると灰になってしまうみたいな・・・」

身振り手振りで詳しく説明する雄治を右手で制した源蔵はいきなり笑い出した後に言った。


「なるほど、それは面白いじゃないか!」

「あいつを実験台にして成功したら次は俺を無敵の超人にしてくれ」

この男の強欲さはどこまでも留まることを知らない!

こうやって彼の運命はいとも簡単に決められてしまったのだが彼はまだこの2人を信じ、慕っていた。


それから数日後、彼は雄治から遊びに来るようにと優しい言葉を掛けられ嬉々として研究室に向かった。


「どうだ!? 最近、調子が良くないと言ってたそうだが大丈夫なのか?」

雄治に座るように勧められながら心配そうな口調で訊かれた彼は子供みたいに喜んで椅子に座った。


日頃の精神的な悩みなどを素直に話す彼に雄治は優しい笑顔で真剣に聞いた後

「今日はそんなお前の為に新しい薬を作ってみたんだがこれで早く治るといいな」

そう言いながら彼の肩に1本の注射をした。


「さぁ、今日は早く家に帰りゆっくり寝るといい!」

「私が後で様子を見に来てやるから安心しなさい」

尚も心配そうに言葉を掛ける雄治に彼は深く感謝しながら研究室を後にし、素直に帰途についた。

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