第20話

まるで時間がスローモーションで再生されているみたいにゆっくりと落ちる雪・・・

拓海が助かるかも知れないと思った瞬間から未希の心は目の前の2人に支配されたと言ってもいいだろう。


病院で未希の肩に手を置いた静香はこう言った

「今度はもうダメかも知れない・・・」

その言葉を聞いた彼女は遮断された無菌室の窓ガラスに顔を押し付け声を押し殺しながら泣いた。


生まれた瞬間から自意識を持つ未希は大きな声で感情を露わにして泣いたことが無かった!

いつしか感情の起伏が極端に少ない冷たい娘・・・

そう言った周囲の反応に呼応するかのように彼女の心は喜怒哀楽をあまり表現しない大人しい娘になっていた。


「その宝石は魔女が金に困った時に使う高価な宝石に過ぎないのだがそれを俺に渡してくれたらお前の彼氏の病気を治してやっても構わないぞ」


未希は胸に下げた宝石が何かを知らなかった!?

おばあちゃんが私に託した大切なモノ・・・

拓海の命とどちらが大切か?

考えなくても最初から答えは決まっている!

ましてや自分がこれまで使って来た魔法に寄って彼の運命が左右されていたのだとしたら・・・?


宝石を握り締めうつむいたまま、自分の足下をみつめて考えていた彼女は2人を見ると訊いた

「一体、どんな方法で彼を助けるんですか!?」

そう言った真剣な眼差しの未希を眺め源蔵が答える。


「俺の隣りにいるこいつは低級の魔法使いではあるんだが天才外科医でな!」

「まともに勤めてりゃ今頃は世界的に有名な医者となってるはずでお前の彼氏の病気も病院のデータを見ればすぐに原因と治すべきところがわかるだろう・・・それがわかればそこを魔法で治せるってわけだ」


源蔵の説明を聞いた美希はしばらく考えていたが首から宝石が付けられたネックレスを外すと唇を噛みしめ迷いつつも源蔵に差し出した。


彼女の目からは悔し涙なのだろうか?

光るモノが溢れ出しそうに溜まっていた。


この宝石がとても大事なモノだということは誰より彼女が一番、知っていた!

この2人が悪人であることも良くわかっていた・・・

だが彼女が愛する拓海の命が助かるかも知れないという微かな望みと自分が使った愚かな魔法で彼をあんな辛い病気にさせ、苦しめているという暗示に対して彼女が選ぶべき道はたった一つしか残されていなかったのだ。


「必ず助けてやるから安心しな!」

「それにこれは只の珍しく高価な宝石に過ぎないんだ、人ひとりの命を救う治療費と考えりゃ安いもんだろ!?」

美希から受け取った宝石を布で包み内ポケットに仕舞い込んだ源蔵はそう言い残すと雄治と2人して笑いながら車に乗り込み去って行った。


「偉大なる魔法使いか何か知らねぇが子供ってのはちょろいもんだな」

走り去る車内で源蔵が雄治に語り掛ける

「案外、簡単に落ちましたね? もう少し抵抗するかと考えていたんですが、少年に対する少女の精一杯の愛ってやつなんですかねぇ? クックッ・・・」

可笑しそうに笑う雄治に

「ませた糞ガキだ! せいぜい自分の愚かさを後悔するがいい・・・大事な彼氏が死んだ後でな」

そう言った源蔵は大笑いした。


一方、その場に残された美希は今後、魔法を使わないことを心に固く誓っていた!

世界を捻じ曲げてしまうのが魔法だと思い込んでしまっていたのだ・・・

彼女の心を魔法に対する憎しみみたいなモノだけが支配していたのだった!

心は修復出来ないほどズタズタに引き裂かれていた。


「おい、そんなところで一体どうしたんだ!?」

「腹でも痛くなって歩けなくなったか?」

その声に振り向くと言葉遣いとは裏腹に琢磨と花音が心配そうな顔をしながら立っていた。


その姿を見た未希は琢磨の胸に飛び込み大声を上げながら泣いた・・・

握り締めた拳で琢磨の胸を叩く!

突然の反応に驚いた琢磨は彼女の成すがままにしながら花音と顔を見合わせる。


花音は琢磨に優しく頷いてみせた

その意味を悟った琢磨は未希を強く抱き締めながら何も言わずに頭を優しく撫でる・・・

彼女の激しく切ない泣き声が冷たい雪が舞い落ちる夕暮れの歩道に響き渡った。

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