第14話

「死なないで! 死んじゃダメよ、しっかりして!」

城崎 健は腹部を刺され遠のいて行く意識の中で佐倉 結の必死に叫ぶ声が聴こえたような気がした。


彼が意識を取り戻したのは病院のベッドであった

酸素マスクが装着され点滴がぶら下がり心音がカウントされるモニター音・・・

健康だけが取り柄と言っても過言では無い彼が自ら経験する初めての光景である。


右手に温もりを感じ目をやると椅子に腰掛け彼の右手をしっかりと握ったまま、眠っている女性の姿が見える。


黒髪が見えるだけなのだが彼が見間違えるはずもない!

それは彼の上司であり、愛する女性である結の姿であり、捜査当時のままの服装はきっと彼のそばに付きっ切りであったのだろう!?


突然、人が悪魔になったが如く凶悪となってしまうあの忌まわしき悪夢のような事件で家族の全てを殺され、悲しみのどん底にあった彼をさりげなく支えてくれたのが彼女であった。


当時の彼女も何か悲しみを堪えている感じはあったのだがそれを聞く勇気も無く、ここまでに至っている。


意識が戻りそんなことを思い出していた彼の右手が微かに動いたのか?

結は眠りから覚めると上体を起こし両手で目を擦るような仕草をすると突然、気づいたように口もとを手の甲で慌てて拭った。


そんな子供っぽい彼女の姿を見た彼は思わず笑った


「あっ、意識が戻ったのね!?」

嬉しそうな顔で彼に話し掛けた結は一連の動作を見られていたことに恥ずかしさを感じ頬を紅く染めると照れを隠すように

「担当の先生を呼んで来るから待ってて!」

言い訳するかのように立ち上がり行こうとする。


「結さん、ちょっと待ってくれますか!?」

酸素マスクを顔から外した健は彼女にそう言った

ドアから出て行こうとしていた彼女は彼の言葉に振り向かずに動きを止める。


「どうかしたの・・・?」

そのままの姿勢を保ったまま、彼女は聞いた

「その服装・・・ずっとここに居てくれたんですね?」

彼の問い掛けに彼女は黙ったままで何も答えない。


「心配かけて申し訳ありません! でも僕は大丈夫ですから・・・結さんを悲しませたりしません」

いつもと明らかに違う口調で尚も語り掛ける彼の言葉に結は開け掛けたドアに額を押し当てる微かな音を立てたが無言のままである。


「結さんが以前の事件で失ったものを僕は何も知らないし聞いたこともこれまで有りませんでした・・・」

無言の彼女に構わず健は語り掛ける。


「深い悲しみは話すことで忘れられるものでも無いし僕はこれからもそれを聞くつもりは有りません!」

「失意の中にあった僕に結さんが居てくれたように、今度は僕が結さんのそばに居続けてきっと幸せにします!」

一方的に話し続ける彼の言葉は次第に熱を帯びてきた。


「僕にはこれからも結さんが必要なんです!」

そう言った彼は決意を固めるかのように間を置き

「僕と結婚して下さい!」

彼女の背中に渾身の願いを込めて力強く言った。


「ありがとう・・・本当にありがとう」

彼の願いにそう答えた彼女は

「孤独と悲しみに沈む貴方を見てると自分も勇気づけられてる気がして救われた・・・頑張れる気がしたの」

独り言みたいに呟くように言った。


「失うことが怖くて誰も頼れなくて愛せない臆病で価値の無い人間だとずっと自分を思い続けてた私を助けてくれていたのが本当は・・・貴方の方なのよ」

尚も小さな声で呟く彼女の肩は微かに震えていた。


「そんな・・・価値の無い人間だなんて」

意外な彼女の言葉に無意識のうちに呟く彼であった。


「でもこんな私に貴方が生きる価値を与えてくれた!」

彼女は自分に言い聞かせるように言うと

「これから先も死ぬまでずっと私は貴方と一緒に生きて行きたい・・・愛してるの」

彼女は照れ臭そうな笑顔で振り向くと

「恥ずかしいから事件が解決するまでは秘密にしてね」

そう言いながら少女みたいに小首を傾げた。


今回のことで改めて思い知らされた余りにも危険な犯人との攻防で2人は命懸けの捜査だと知った!

憂いを残さない為の告白であることは確かである・・・

だが2人の笑い声は明るい未来を予兆するかのように愛情に満ちていた。


その頃、日も暮れた歩道を黒い傘を差しながら静かに歩く学生らしき人影が小雨の中を病院へと向かっていた。

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