第12話
あれから何日が過ぎただろう?
兄の和樹は相変わらず姿を消したままだった。
いつもの通学路、いつもの学校、いつもの教室、そしていつもの朝食・・・世界は何も変わらない
兄という存在を忘れてしまったかのように動いていた。
テレビでは先日、起きた署長の殺人事件について犯人像を推測していたが、まるで兄とはかけ離れた犯人像に少し僕は安堵感を覚えていた。
凶器のナイフはクローゼットの木箱に隠したし大量の血で汚れた服も全て焼却した!
母は何も言わず何事も無かったかのように穏やかな毎日を過ごしている・・・
兄の罵声と暴力が消えた、この家では恐怖と一緒に会話も無くなっていたのだった。
考えてみれば怒鳴り声だけで会話のない家族、父は酒を飲んで帰って来ると僕たちに暴力を振るった!
兄はいつも僕を庇い父に殴られ僕を助けてくれた。
殴られながら泣き声も出さず僕を見ながら微笑んでいた兄はあの日・・・あの夜・・・壊れた。
「何だその目は!? この家が不満なのか? お前をあの日助け、拾って来てやったのはこの俺だぞ!」
その日も夜遅く泥酔状態で帰った父は玄関で悪態をつきながら靴を脱がせようとした母を蹴り倒し振り向き、責めるような目で見ていた兄に怒鳴った。
「拾って来た?・・・お父さん!それはどういうこと!?」
父の意外な言葉に兄の後ろに居た僕は思わず聞いた。
僕たち兄弟には以前の記憶が抜け落ちたように欠落していたのだ・・・幼き頃の記憶が欠けていた!
気が付いたらこの家に住んでいて、気が付いたらそこに両親が存在していた・・・
そんな状況が突然、頭の中に出現したという貼り付けられたような記憶しか残っていないのだ。
優しかった父の記憶など存在しない!
有るのは痛みと憎しみ・・・だが僕たちの父親である
それだけが救いであったのにそれさえも無かったのか?
「そうだよ! 親分の命令で仕方なく預かってんだ」
そう言いながら兄の頭を荒々しく撫でまわすと
「感謝するんだぞ! いいな!?」
押し付けがましく言い残し2階へと上がって行った。
何かが外れる音がした・・・
兄の顔は怒りに歪み、憎しみを帯びた目は父の後ろ姿を冷たく凍りつくような視線で追っていた。
そんな出来事があった深夜のことである・・・
父は首にロープを巻き付けられた姿でベランダから吊るされ揺れていた!
その宙に浮いた父の足下には兄が薄笑いを浮かべながら吊るされた父の亡骸を掴み揺らしている。
パジャマ姿に裸足のまま、愉悦に満ちた表情で揺らしていた兄は庭に出て来た僕を見ると
「人間って案外、簡単に死ぬもんだな?」
そう言うと楽しそうに尚も大きく揺らしながら
「ほら、もう首が千切れかけてるぜ! もっと揺らしたらぶち切れて落ちて来るかもな」
揺らし続けることに飽きてしまったのか、今度は素足で蹴り始めた。
その向こう側で口に手を当てたまま、必死に悲鳴を堪えている母の姿・・・いや、母だったと言うべきか?
まさに地獄絵図を見ているような感じだった。
朝が来ると母の通報によりサイレンを響かせ駆けつけたパトカーと救急車!
兄は警察官の質問に涙を流しながら答えていた・・・
まさか小学生の兄が父の首にロープを巻き付けて吊るしたなどとは疑うどころか予想もしなかっただろう。
だけど僕は知っていた!
あの夜、必死に抵抗する父を圧倒的な力で押さえつけて首にロープを掛けるとベランダから放り投げた兄は楽しそうに笑っていた。
あの凄まじいまでの力は一体、どこから湧いて来ているのかわからないがあの日以来、兄はこの家の支配者となり暴虐の限りを働いているのだが僕と母では逆らえるはずもなくただ従うしかなかった!
だが父の暴力をただ1人で受け、僕を守ってくれた兄を今度は僕が救わねばならない。
間違っていることは十分に承知しているが兄弟である兄を見捨てるわけにも行かず細かい雨の降る中、黒い傘を片手にあのナイフを入れた鞄を下げ僕は学校を出た・・・
僕が犯人になれば兄は助かるのだ。
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