第11話 「迫りくる魔の手」

佐倉 結は相棒として城崎 健を選んだ・・・

彼が結に抱く恋愛感情を知らない訳ではなかったのだが彼女は気づかない振りをして来た。


怖かったのだ!

失うことの辛さを二度と味わいたくはないという怖さが彼女の心を未だに支配していた。


だが彼のどこまでも従順な優しさが彼女にとって大切で愛しいものであるのも事実・・・

誰か信頼出来る者と言えば彼しか居ないのも事実。


危険である職務に彼を誘うことに抵抗が無かった訳ではなかったが危険な時は命懸けで守る!

そんな決意と共に彼に声を掛けた・・・

とても危険な職務だと十分に説明した上で返答を待つ彼女に対し彼の答えは満面の笑みでの承諾であった。


「これだけ歩き回って聞き込みを続けてるのに誰もそれらしき不審者を見た証言が得られないって一体、どういうことなんでしょうかね?」

少し肌寒く感じる季節なのだが額に汗を浮かべながら健はハンカチで丁寧に顔を拭きながら歩く結の横顔に話し掛けた。


「ひょっとしたら私たちはとんでもない勘違いをしてるのかも知れないわ!?」

話し掛けた彼の言葉に突然、足を止めた彼女は健と同じく尚も吹き出る汗をハンカチで押さえながら言うと考え込む。


「勘違い・・・ですか?」

彼女の意外な発言に驚いた彼は意図を推察するかのように数歩の距離を置いたまま答えを待った。


「不審な人物じゃなくて決して怪しまれない人物だったら・・・殺人を犯しそうもない人間だったら!?」

小さな声で呟くように言った彼女に

「でもそんな人間が犯人なら捜しようが無いですよ!」

両手を広げながら呆れた口調で反論した。


「死亡推定時刻からして夜の10時前後ならば普通に通るのは残業帰りのサラリーマン、塾帰りの学生かアルバイトしてる人間・・・被疑者から最初に省くとしたら?」

彼の待つ方にゆっくりと歩きながら近づくと彼の方を指差して彼女は急に質問した!


「学生・・・ですかね?」

頭の後ろに手をやりながら彼が自信なさげに答える。


「学生よね!?」

彼女は彼の肩をポン!と叩くと

「現場近くを通る学生さんを毎日、2人で眺めましょ?」

彼女の言葉に呆気にとられながら

「毎日ですか? それでどんな学生を探すんですか?」

彼が念の為に一応、聞いてみると

「そこはほら・・・私たち刑事の勘よ!」

そう言いながら微笑む彼女の顔をマジマジとみつめる彼の視線に気づいた彼女は

「しっかり見なくちゃいけないのは私じゃなくて学生なんだってことわかってる?」

紅くなった頬を気づかれないように早足で現場付近へと歩きながらからかうように言った。


「ちょっ・・・ちょっと待って下さいよ」

突然、急いで歩き出した彼女の意図がよく理解出来なかった彼は焦りながら後を追い掛けた!


責任者である涼介に定時連絡を済ませ現場付近に到着した2人は陸橋の上下に別れる通学路を見て自分達も二手に分かれることにした。


陸橋の上に結、そして下には健が目立たぬ場所を選んで立ち、送受信機をセットするとイヤホンを耳に当てる。


「前にも言ったように相手は人の形をした悪魔かも知れないから直感で怪しいと感じたら単独で動かずに必ず私に報告してね!」

黒蛇のような存在を目の当たりにしたことが無い彼は危険意識が薄いと心配する彼女は何度も念を押す。


「了解! 必ず結さんに報告します」

そう答えた彼の危険に対する認識は決して甘くなく彼女の言うことを全て信じ、信頼していたのである!

そういう意味では彼女の人選は間違っていなかった。


何事も無く、刑事の勘に頼る捜査方法に何の進展も見られないまま数日が過ぎて行く・・・

朝から霧のような雨が降る中、2人は傘を差して相変わらず根気の要る捜査を続けていた。


学生たちがちらほらと傘を片手に帰途につく頃である

腕時計を見ながら確認した健は小道に有る自販機に温かい飲み物を買いに行った。


なるだけ立つ場所を変えながら観察しているのだが運良く今日はすぐそばに自販機が有る!

ほんの5メートルぐらいの距離なので結に報告した彼は了承を得て自販機の前に立っていた。


「オジサン・・・」

そう呼ばれて振り返ると真っ黒な傘が目の前にあったのだが傘がかなり斜めにしてある為に顔が見えない。


その瞬間である!・・・彼は腹に激痛を感じていた

結が感情だけで選ばない優秀な刑事である!

油断していなかった彼は咄嗟に身をかわし心臓を貫かれるに至らなかったが傷は深い。


倒れながら拳銃を抜いた彼は曇った空に向け威嚇射撃をし大きな声で叫んだ!

「結さん! やられました・・・相手は男子学生です」

人間とは思えない物凄いスピードで逃げ去る男子学生を見ながら彼の意識は次第に薄れて行った。

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