第10話

細かい雨は降り続いていた。


静香と共にエレベーターを降りて拓海が入院する病室の前まで来ると今まで明るい笑顔で話していた未希は急に立ち止まると病室へ入るのを躊躇った。


足を止めた未希に気づいた静香は扉の前で彼女の方をじっと見たまま何も言わずに待つ・・・

「あっ、どうもすみません!」

静香が待っていることに気づいた未希は慌てた様子で謝ると意を決したように頷くと歩き出し、扉の前で待つ静香の隣りに並んで立つ。


「いいのよ、急に連れて来ちゃったから心の準備も出来なかったわよね・・・」

「大丈夫! 拓海はあなたを待ってるから中に入って話してくれる?」

静香は優しく微笑むと未希の背中に手を置いた。


「あら、少し濡れてるわね? すぐにタオルを持って来るから使って頂戴」

扉をノックして中に入った静香は扉を開けたまま未希を促すように声を掛けると中に入った彼女に持って来た真っ白なタオルを渡し

「私はしばらく出てるけど大丈夫よね?」

励ますような口調でそう言うとハンドバッグを片手に彼女を残し、扉を開け出て行った。


勿論、バッグを持って出たのは2人に気を遣わせない為で廊下に出た静香は窓際に身を寄せ、降り止まない雨を眺めながら自分の少女時代を思い出していた。


「急にこんな場所に来てもらってごめんね」

扉の前で佇んだまま、タオルを右手に全く動かない未希を見た拓海は迷惑をかけたんじゃないかと心配しながら遠慮がちに声を掛けた。


「ごめんなさい! 入院している柊くんを見るのは初めてだったからどうしたらいいのかわからなくて・・・」

未希は拓海の声でスイッチが入ったロボットみたいなぎこちない動きでタオルで制服を拭きながらベッドの脇へと歩み寄った。


その歩き方の不自然さに拓海は笑顔を浮かべながら

「今日は君にとても大事な話があって来てもらったんだ」

そう言いながらいつも母親が座っているベッド脇の椅子に座るように勧めた。


未希は勧めに応じ素直に腰掛けると

「身体の方は大丈夫!? 病気、少しは良くなった?」

拓海を見ながら真剣な表情で問い掛けた。


「僕の身体は生まれつきなんだ、何度も手術を繰り返しながら生きて行くしかない・・・でも大丈夫だよ!」

敢えて明るく答えた拓海は未希の方へ少し体を寄せると急に小声になり

「誰にも言ってないんだけど偶然、殺人現場を僕は目撃してしまったんだ・・・」

いきなり衝撃的な発言をした。


「目撃したって・・・その天体望遠鏡で?」

彼の発言に驚いた未希はベッドの脇に置いてある望遠鏡を見ながら言った後、立ち上がり窓際に歩み寄る。


「星を観ようと思いその望遠鏡を組み立ててセットしたら偶然、その現場を見てしまったんだ」

本当の理由を言えず彼女に嘘をつく形となったことに後悔を感じながら拓海は窓際に立つ彼女に

「普通なら僕も目撃情報を警察に通報すればいいと思うけどあの時、犯人は僕の姿を見てた!」

初めて興奮した口調で話す彼をじっとみつめる未希。


「有り得ない話だから信じて貰えないと柊くんは思ったから警察にも両親にも話していない・・・でしょ!?」

自分は信じてくれると思われたことが嬉しくて照れ臭さを隠すように窓の外を見ながらそう言った。


「君が前に話していた叔父さんのことは非科学的で常識では有り得ない!」

「君は冗談っぽく話していたけど僕はその話が本当の話だと思ったんだ」

そこまで言った拓海は振り向いた彼女に

「君は冗談でも絶対に嘘をつかない人だから・・・」

自分が嘘をついてることを恥じた拓海は言葉を切った。


「そんなことは無いわよ! 私だって嘘をつく時もある」

そう言ってにっこり笑うと

「誰にだって言えないことはあるもん! 私にだって言えないこともあるし、隠したいこともあるわ」

未希は自分のことをそう表現したのだが聴いていた拓海は自分のことを言い当てられたみたいに赤くなる。


「柊くんは携帯、持ってる?」

その質問に彼が携帯を取り出して見せると

「番号を交換しましょ! 危険が迫ったら何時でも遠慮はしなくていいからすぐに連絡してくれる?」

「琢磨さんには私から事情を説明して置いてすぐに向かわせるわ!」

そう言った未希と拓海は連絡先を交換し合った。


お互いに携帯を見ながら確認しているのだが2人が互いに嬉しそうな表情を浮かべていることを拓海も美希も知らなかった。


「相手が何者なのかわからないから危険は覚悟しといた方がいいと思うから油断しないでね!」

「危険を察知したら必ず連絡してよ! それと・・・」

言葉に詰まった未希に

「それと何だい?」

拓海が優しい口調で聞き返した。


しばらく無言で考えていた美希は

「陸橋の上を通る時に手を振るから、その望遠鏡で見て手を振り返してくれる?」

顔を紅潮させながら小さな声で言った。


「いいよ! 僕も必ず君に手を振るよ!」

明るく答えた拓海を見た未希は安心したように笑った

拓海もそんな美希の顔を見ながら久し振りに笑う・・・

2人の笑い声は廊下で待つ静香にも聴こえて来た。


拓海の明るい笑い声を久しく聴いてなかった静香は嬉しそうに微笑みながら涙を拭いた。

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