第9話

師匠で有り、最大の理解者でもあった魔法使いの老婆がこの世から消えてしまってからの未希はどことなく寂しそうにしていた。


魔法を使うという特殊な能力!

普通に考えれば羨ましいと思うだろうが皆とは違うことが彼女には苦痛でしかなかったのである。


彼女は生まれてすぐに言葉を判別し理解する能力を持ち、思考伝達にテレパシーを使うことも出来た・・・

だが両親の涼介と未来は彼女を最愛の子供として愛しみ大切にしてくれた。


そんな両親にテレパシーを使い話し掛けることがどんなに衝撃的であるかを考えた彼女は無言を貫いた!

そんな彼女の日常で琢磨という人間を知ったのは彼女にとって救いだったに違いない。


彼は吸血鬼と呼ばれる特殊能力を持ち、明らかに他の人間とは違っていた!

それでも彼は自分の信じる道を突き進み愛する者を守る為にその能力を発揮し全力で生きていた・・・

彼女は彼の姿を見ながら自分もあんな生き方が出来ればと願い、憧れていた。


イジワルをするのは知能が異常に発達しているとはいえ、彼女がまだ成長途中にある子供だからであろう?

琢磨にとっては迷惑この上ない話であった。


今日は小粒な雨が朝から降り続いていた・・・

いつもは友人達と楽しく話しながら帰る美希であったが近づいた文化祭の準備もあり、下校時間が遅くなり一人で帰り道を急いでいた。


陸橋の中央付近まで歩いて来た彼女はふと、足を止めてピンクの傘を少しだけ持ち上げると白く大きな市立病院を眺め小さな声で何かを呟いた・・・

そして何かを探すような目で建物全体をしばらく見ていたが諦めたようにまた歩き出す。


幹線道路が通るこの陸橋をたくさんの車が通り過ぎる度に細かくなった雨粒が霧のように風を起こして舞い上がり、傘をさしているにも関わらず制服は少し濡れていた。


先程から彼女の視界に入っていたのは陸橋の向こう側のビルの陰で動かない赤い傘・・・

彼女は何となくではあるがその赤い傘が自分が来るのを待っているように思えていた。


陸橋を渡り切ると赤い傘をさした女性は静かにゆっくりと彼女の方に歩み寄って来た・・・

きっと彼女に警戒心を与えない為の気配りであろう?

そんな心遣いからもその女性から何か心優しい印象が伺える感じがした。


歩道で自ら立ち止まった彼女に女性が声を掛けた

「佐藤 未希さんですか?」

「はい、そうですけど・・・」

誰なのかを聞いていいのかどうかを迷う未希に

「ごめんなさい、私は柊 拓海の母で柊 静香です」

そう言った女性が微かに傘を上げるとそこに優しい笑顔があり、それを見た未希の顔は急に赤く染まると慌てて丁寧なお辞儀をした。


「拓海くんのお母さん!? 初めまして、佐藤 未希です」

ペコリと頭を下げたまま未希はそう挨拶した!

「驚かせてしまったかしら? 本当にごめんなさいね!」

「今日は拓海からあなたを病室まで連れて来て欲しいと頼まれてここで待っていたの・・・」

未希の慌てた様子に驚かせたと勘違いした静香は早口でそう言うと

「こんな雨の中を申し訳ないんだけど私と一緒に来てくれますか?」

今度は優しい口調で懇願するように言った。


拓海は未希のクラスメイトである

病院が新しく最新の医療技術と共に建設されて開業した時に合わせてこの街に引っ越して来たのだが心臓に欠陥があるらしくほとんど学校に来ることは無い!

しかし彼の成績は抜群に良く、試験を受ければ常に学年でトップである。


以前、彼女が琢磨のことを冗談混じりに話した時、誰も本気にせず笑って聴いていたのだが彼だけは真剣な表情で彼女の話を聴いていた!

その真剣な眼差しが未希には嬉しくて彼が元気な頃は親しく話すことが多かったのだ。


恋と言うより憧れに近い存在! それが柊 拓海である。


病院を眺めながら彼の早い回復を願う彼女の想いが通じたみたいで嬉しかったが魔法を使った訳ではない!

静香の問い掛けに頷いた未希は静香の横に従い何か話しながら連れ添って歩いて行く・・・

ピンクの傘は赤い傘の隣りで小さな雨粒を弾きながら嬉しそうに揺れていた。


降り止まぬ雨は病院へと向かう2人の姿を路面に映し出しながら霞の中に消し去った。

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