第7話

「どうだ? 最近は星をよく眺めてるそうじゃないか!?」

「お母さんにそう言われて買ってきたぞ!」

拓海の父、柊 淳一は大きな箱を抱えながら久し振りに会った息子の顔を嬉しそうに見ながら言った。


そうかぁ・・・毎日、こうしてそばに居てくれてるんだからお母さんは気づいてたんだ!?

何だか恥ずかしかったが嬉しかった。


父は仕事の合間を利用してはここに駆けつけてくれるのだがいつも笑顔で僕に病気と闘う勇気をくれた!

久し振りの家族の団らんがこうして病院のベッドでなければもっと楽しいのに・・・

申し訳ない気持ちで心は沈みそうになったが自分の笑顔だけがお父さんとお母さんの幸せなのだと僕はいつものように明るく振る舞った。


面白くもない冗談を連発しながら家族を明るく笑わせてしまう父はやはり仕事が忙しいのか僕と母に

「じゃあ、また来るからお母さんを宜しくな!」

つまらない冗談を残して病室を後にした。


病室のドアを静かに閉めると中から聞こえる妻と息子の笑い声に救われたような面持ちで歩き出した淳一はエレベーターを使わず階段の方に向かうと降りながらふと足を止め、手摺りに顔を押し当て呻くように泣いた。


崩れ落ちそうになる体を懸命に堪えながら自分は働くことでしか家族を守れないんだと言い聞かせると再び階段を降りはじめる・・・


父がお土産に持って来た大きな箱を開けてみると予想していた通り、天体望遠鏡だった!

これならすぐそばで見るように見えるだろうが覗き見しているみたいで悪いかな?

そんなことを心配しながら顔が赤くなる自分が恥ずかしくなり急いで組み立ててみる。


「お母さん、今夜はこれで星を観てもいいかな!?」

組み立て終わった望遠鏡を覗きながら尋ねると

「どれくらい見えるか試してみてもいいんじゃない?」

意味深な笑顔で答えると立ち上がり箱を片付け始めた。


部屋の電気を全て消した母は窓に掛けられたカーテンを全部、開くと

「明かりは全て消したからこれで多分、星も見えると思うけど1人で大丈夫!?・・・」「じゃ、しばらく1人にしといてあげるけど窓は開けちゃダメよ!」

僕が何を確認してみたいのかを知ってる母は敢えて何も言わずに病室から出て行った。


その優しい母の気遣いが嬉しくて静かに閉まるドアに向かって「ありがとう・・・」と小声で呟いた。


ベッドの左端に据えた三脚を調整して望遠鏡を窓に向けた僕は覗き込んでみる・・・

彼女が通る陸橋、そして見え始めるビルの端から見えなくなるビルの端までつまみを調整しながら見るとまるで手が届きそうなくらい近くに見えた。


「ん・・・?」

陸橋の下に人影が見えたような気がして何となくもう一度、望遠鏡を陸橋の下に戻してみると背の高い若者らしき人影と陸橋の下に降りて行く男性の人影が見える。


まだ消灯時間が過ぎたばかりで10時を少し過ぎたぐらいだから別に珍しい光景ではない!

だが望遠鏡を覗いていた拓海の表情はやがて驚愕の表情に一変してしまった。


「そんな・・・まさか・・・そんな!?」

彼が調整の為に掴んでいた望遠鏡は微かに揺れていた!

そう、彼が見たものはあの山野署長が殺された殺人現場の一部始終であったのだ。


信じられない光景に彼が望遠鏡から目を離そうとした時に陸橋の下、恐らく死体となったであろう被害者を踏みつけながらこちらを見ている男と目が合った!

目が合ったと言ってもこの距離で病室のカーテンは開いているが真っ暗なのだからわかるはずが無い・・・

絶対に見えるはず無いのだが、その男の視線は確かにこちらを見ていると感じられた。


彼はベッドから下りるとその視線を遮断するかのように急いで部屋のカーテンを閉めた!

カーテンの閉まる音が聴こえたのか病室のドアを開けて入って来た母親はいつもと様子が何となく違う息子を気遣いながらも優しい口調で尋ねる。


「入って来ちゃったけど・・・もういいの?」

その声に驚いたように振り向く彼の姿を見た母親は

「どうしたの!? ねぇ・・・何かあったの?」

顔面蒼白という形容がぴったりと当てはまるような息子の様子を案じた母は懇願するように尋ねる。


窓から逃げるように離れた彼は母親の前に立ち何かを必死に考えているようであったが真剣な表情で言った!

「お母さん、僕の頼みを聞いてくれる?」

母親に問い掛けられた彼が最初に口にした言葉だった。

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