第6話 「動き出す運命の歯車」

兄の和樹は相変わらず変わらない歩調で両手をズボンのポケットに突っ込んだまま歩いていた。


僕は兄に気づかれないように足音と気配を消し、一定の間隔を置いて後を追っていたが周囲を気にするでもなく歩き続けている兄を見失うことなくつけて行くのはそれほど難しいことではなかった。


途中、何人かとすれ違ったが身長も高く恵まれた体格をしている兄は制服を着ていなければ高校生とは思えない風体をしている為か誰一人として不審に思う者もなく、こそこそと身を隠しながら後をつけている僕に振り返ることが多かった。


双子とは言え似たような体格をした僕が小さくなり歩いている姿の方が余計に不審人物に見えるのだろう?

30分ぐらいは歩いただろうか・・・兄は幹線道路が上に連なる陸橋の下に腕時計を見ながら降りて行く。


昼間は通勤、通学路としてよく利用されている道なのだが夜の10時を少し過ぎたこの時刻ではさすがに人通りもなく冷気と湿気が入り混じったような不気味な静けさに包まれていた。


道沿いに設けられたガードレールに腰掛け再び左手首を覗き込み時刻を確認している所をみると誰かを待っている様子であった!

「もしかしてここで薬物を受け取るのか・・・?」

そう思った僕は少し離れた場所で道脇の看板の陰に身を寄せると注意深く兄が居る方向をみつめていた。


陸橋の向こう側には闇に溶け込むような感じで大きな建物が見えている、この小さな町には相応しくないと思えるほどの大きな病院である!

付近の町が合併し財政が潤ったのか、2年ほど前に新しく出来た市立病院であった。


この陸橋を潜り抜け右に曲がると僕たち兄弟が通う高校へと続いている通いなれた道で上の陸橋を左へと進めばハイレベルな進学率を誇る私立高校であった!

要するに低レベルな僕たちは陸橋の下を潜りハイレベルな者たちは陸橋の上を通って行くという人生の岐路みたいに何とも皮肉な場所だった。


僕は不甲斐ない兄を見捨てることが出来ず、また生活の困窮を考えて兄と同じ高校に進学し偶然にも同じクラスで学んでいる。


そんなことを考えながらしばらく待っていると会社勤めの帰りなのか、1人の男が革靴の音を陸橋に響かせながら降りて来るのが見えた!

一見してサラリーマンとは違った感じがする!?

緩やかな坂道ではあるが早い歩調、規則正しいリズムで降りて来ていることを考えると足腰がしっかりした人物だと推測される。


一方の兄はガードレールに腰掛けたまま降りて来る人影を見ようともしないで下を向いたまま動かない・・・あの男性ではないのか?

僕がそう思いながら緊張を緩めた瞬間、野太い声が陸橋の壁に反響して聴こえた!

「おい! 君はまだ学生さんじゃないか!?」

「こんな場所でこんな時間に何をしているんだ? 早く帰りなさい!」

静かな口調だが妙に威圧感がある・・・警察官!?

男性にそう言われた兄はやっと腰を上げ男性の前に立ち塞がるような格好で両手を後ろで組んだ。


いや、組んだのでは無い!

背中のホルスターらしき物から右手で大型のナイフを握ると抜き出そうとしていたのである。


行く手を遮られた形で立ち上がった兄の意外と高い身長と逞しい身体つきに一瞬、怯んだように見えた男性だったが兄をやや見上げ問い掛ける!

「私の言ったことが聴こえなかったかね? こんな場所でうろついてないでさっさと・・・グッ!?」

男性は言葉の途中で自分の胸に深々と突き刺さった大型ナイフを信じられないような目でみつめていた。


「市警の山野署長さんだね? ドリームクラッシュに関わると大変なことになりますよって言われたでしょ!?」

胸に突き刺したナイフを左右に揺らして捻じ込みながら耳元で囁くように呟くがもう彼に聴こえてはいない!

深く左胸にナイフが刺さったまま、手を放した兄の足下に力なく崩れ落ちる。


「何てことを・・・!?」

僕は看板の陰から走り出すと急いで倒れた男性のそばに駆け寄り、抱き上げて声を掛けてみようとしたが生死を確かめるまでもなく彼の眼は宙を見たまま動かない!

いつの間にか兄もどこかに走り去り消えていた。


「何てことをするんだ!? 何てことを・・・」

僕はこぼれ落ちる涙を拭きもせず男性の左胸を足で押さえ付けると渾身の力でナイフを抜き取った!

傷跡から大量の血液が流出し僕は返り血で真っ赤に染まってしまった。


血まみれのナイフを上着で隠し誰とも出会わないように祈りながら帰り道を全力で走り続けた!

チャイムの音にドアを開いた母親を押し退け、浴室に駆け込むと衣服を脱ぎ捨て全裸でシャワーを浴びて体とナイフを洗いながら消えた兄をひたすら呪った。


「どうする? これからどうすればいいんだ!?」

心配して声を掛けた母親に優しく「大丈夫だよ」と答えながら必死に考え続けた。

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