第31話
「やっぱり爺さんの読み通りだったな」
山神と並んで身を屈めた琢磨は嬉しそうに言った。
「お前はどこか足りないと常々、考えておったんじゃが今やっとわかった気がするわい」
呆れ顔で山神は琢磨に応える
「ん!? 俺に何が足りないって爺さんは思ってるんだ?」
不満そうな顔で問い詰める琢磨に
「お前に足りないのは恐怖心という厄介な代物だ」
山神はそう言って可笑しそうに笑いながら
「しかし余るほど持ってるモノもお前にはあるぞ!」
山神が続けて言うと
「どうせまた変なモノを言って茶化すんだろ!?」
琢磨は尚も不満そうに石ころを蹴りながら歩く。
子供みたいに素直な琢磨を山神は優しい目で見ながら
「お前に余っているモノは恐怖心を全く持たせることのない勇気じゃ! いつも頼りにしておるぞ」
山神は琢磨にそう言うと走り出した!
山神の後を慌てて追い掛けながら琢磨はとても嬉しそうな顔で笑った。
「おい、誰かこちらに向かって歩いて来てるぞ」
見張りをしていた兵士は伝令役の兵士に言った
「敵軍か!? それで何人ぐらい居るんだ?」
伝令役の兵士がそう尋ねると
「2人です、2人だけで楽しそうに話しながらこちらに近付いて来てますが・・・どうしますか?」
困ったような口調で伝令役に訊いて来た。
それはそうである、ここには総勢3万の兵士が密集隊形で突撃する機会を伺ってるのだ!
たった2人で攻めて来るなど有り得ないし攻めて来たとしてもどうにかなるわけも無い。
「はぁ? 楽しそうに歩いて来てるだと・・・!?」
見張り役の兵士がこちらを見ながら困惑してる顔を見た伝令役の兵士はそちらに向かい一緒に見てみようとした時には2人は目前まで到達しており、何も考える間も無いまま、その首は胴体を離れ宙を彷徨っていた!
その2人とは山神と琢磨である!
密集する兵士たちの隙間を目にも止まらぬ速さで擦り抜けながら次々と一撃のもとに倒して行く・・・
自分の目の前に居た者が血飛沫を上げ絶叫したかと思った瞬間には自分が同じ状態になってしまう。
森のあちこちで悲鳴と絶叫が木霊するように聴こえるのだが一体、何が起こっているのかわからない!?
次第に恐怖は兵士たちに狂気を呼び起こし、やがて誰が敵かも判断出来ないまま同士討ちを始めた!
殺される前に殺す・・・3万の兵士たちがこの狭い森に密集し殺戮を始めたのだから冷静でいられるはずも無く、収拾が付くはずも無いのは当然だろう?
逃げようと背中を向けた途端に切られてしまう!
もう相手が誰であれ最後の1人になるまで戦い、生き残るしか道がないと思い込んでしまったのだ。
もともと統制がとれているわけでも無く、人を殺して喜ぶような奴らばかりなのだから凄惨な同士討ちは熾烈極まりない状態でしばらく続き、森の中は悪臭漂う死体の山が築かれてしまった。
途中で離脱し高い木の上からその様子を眺めていた山神と琢磨は生き残る者がわずかになったところで地面に降りると残った兵士を全て倒して行った・・・
弱き者を苛め殺して来た罪は重いとは言ってもこれだけの死体の山を見る琢磨の心は暗く沈んでいた。
「お前のやったことでは無い! 全てはわしがお前にやらせてしまったことだ・・・この場を離れるのじゃ」
琢磨の背中を押して歩かせながら山神はそう言った。
森を出ると前方では両軍が激突し合い乱戦状態だった!
「人を助けるということは我が身を削るということじゃから心も痛むし血も流れよう、じゃが誰かが助けてやらねば虐げられた者たちはずっと闇の中で生きて行かねばならん!」
しんみりとした口調で山神は琢磨に言うと更に続ける。
「琢磨よ、お前は心に怒りを持たぬように生きて来たゆえに優しいのじゃが今回はお前が助けてやらねば千代は1人では戦えまい!?」
「わしの代わりに助けてはくれぬだろうか?」
山神の言葉に深く頷いた琢磨は
「じゃあ、すぐに助けに行こう! 呂布と張角以外は爺さんが手を下しても問題ないんだろ!?」
「奴ら2人は俺が千代さんを助けて使命を果たさせてやるよ」
いつもの元気な口調で山神に声を掛けると走り出した。
「いつもながら頼りになる男じゃな」
そう言って笑った山神も琢磨を追って走り出した!
戦いはまだ始まったばかりである。
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