第29話

扉がノックされる音に慌てて涙を拭った千代は胸に手を当て平静さを取り戻すよう自分に言い聞かせながらドアを開いた。


孔明に連れられた自分と同じ年頃の少女は連れて来てくれた孔明に頭を下げてお礼を言うと

「私は未希といいます! 中に入ってもいい?」

笑顔で千代にそう尋ねた。


ちょっと小柄で千代よりは幼い感じに見えるが濃紺で統一された服装に真っ白な襟元が清楚なイメージを与えるとても綺麗な女性だった。


「私はこの世界に連れて来られたばかりで良く知らされていないんだけど千代さんはこの世界で随分、苦労して来たみたいね?」

未希は千代の姿を見ながらそう言うと指先をちょっと動かしたように見えた!

「戦いの最中だからその鎧姿は仕方ないけど髪型は少し変えてみたからそこに有る鏡を覗いてみて」

彼女が指差した方を見るといつの間にか大きな鏡が出現し千代の姿を映し出していた。


何年振りに自分の姿を鏡で見たのだろう?

そんな千代の髪は綺麗にまとめられファッション雑誌などで見て憧れていた髪型に変わっている!

信じられないような顔で鏡を呆然とみつめる千代に

「私は千代さんと一緒に戦う為、ここに連れて来られた魔法使いなの」

そう言った未希は一瞬で自分の姿を甲冑姿に変えた。


張角も魔法を使うと皆の話で聞いていたが目の前で実際に見たわけではない・・・

現実に目の当たりにした千代は驚きのあまり絶句した!

それほど実に鮮やかな魔法だったのである。


「じゃあ、未希さんは私たちを助ける為にここへ?」

しばらくの沈黙を置いたあと千代は言った

「そう、相手は超人と魔法使いが操る大軍勢! 千代さんはここで命を懸けて戦って来たけど私たちが住んでる現実の世界は巨大な隕石の接近で消滅しようとしてるの」

未希は千代に歩み寄りながら続けて話す。


「山神様が言うにはこの世界を支配する呂布と張角がその原因を作った張本人で千代さんが今、やってることはこの世界と現実の世界の両方を救うことらしいです!」

未希の説明に千代は

「そんな重要な役割を何故、私みたいな者が・・・」

事の重大さに胸を押さえながら訊くと

「それは千代さんが神に選ばれし者だからです!」

千代の問い掛けに未希は即答した。


「神が呂布と張角に下した罰は永遠の無、2度と生まれ変わることも無く存在の全てが抹消される! それには山神様が持つ剣を使って葬り去る必要が有って、その剣

を使える人間は山神様の末裔である千代さんだけだから選ばれてしまったらしいわ」

未希は気の毒そうに言うと

「現実の世界ならばその罰は神が与えるのだけどここは呂布と張角が魔法で作り出した空想の世界だから治外法権って感じかもねぇ?」

何とも可愛い仕草で話す未希・・・

千代は連れ去られたクラリスに似ている感じがして彼女となら上手くやって行けると思った。


「大変でしょうけど魔法には私が超人には山神様と琢磨さんが助けてくれるから一緒に頑張りましょ!」


未希の説明を真剣に聴いていた千代だったが

「その2人を倒したら魔法で作られたこの世界も消えてしまうんじゃないの?」

不安そうな表情で未希に尋ねた。


「そうね、でも魔法で作られた世界ならば私が魔法の力で残せるようにするわ! 千代さんにとっては一緒に苦労して来た大切な仲間だもんね!?」

未希は右手で小さな杖を取り出し千代に見せると

「現実の世界に戻ればもう会えることは無いと思うけど残るか?戻るか?は千代さんが決めることだよね!?」

未希は深刻な問題ゆえに笑顔で千代に考えて置く必要があることを示した。


「私も現実の世界を救わねばならない大きな役割を果たさねばならないの! その役割を果たす前に、この世界は私が存続させ千代さんの努力を無駄にはしないわ」

未希の力強い返答を聴いて笑顔を浮かべた千代は

「ありがとう! 宜しくお願いします」

丁寧にお辞儀をしながら言った。


その時、屋外で大歓声が湧いた!

何事かと2人は慌てて扉を開けて外に飛び出した・・・

「クラリスです! クラリスが無事に帰って来ました」

孔明が興奮を抑えきれない様子で千代の姿を見て叫ぶような声で言った。


千代はすぐに愛馬に跨ると単騎、全力で駆け出した!

「クラリス!」

「千代!」

2人は名を呼び合い駆け寄ると抱き合った・・・

全身を見ながら怪我が無いかと確かめる千代と子供みたいに大声で泣きながら喜ぶクラリス。


見た目は同じ年頃に見える2人だがクラリスがまだ幼い頃からの交友と信頼が有るのだ!

千代の喜びと安堵は誰よりも強かった。


千代はクラリスの肩を抱き、涙を拭いてやると掛ける言葉をみつけられないまま、まごついている張飛のもとに連れて行くと

「さあ、抱き締めてやりなさい! これは私の命令です」

張飛の方へクラリスを両手で静かに押しやると、そう言いながらニッコリとほほ笑んだ。


「め、命令とあらば仕方あるまい・・・」

張飛は顔を真っ赤に染めながら彼女を強く抱き締める

「約束通り、これからは俺が守る! そして2人で一緒に千代殿を守ろうぞ」

そう言った張飛に

「はい」

珍しくクラリスは素直に答えると更に抱きついた!

その様子を先程から見ていた黄忠は大粒の涙をポロポロと流しながら嬉しそうに泣いていた。


「さすが我が子孫じゃ! 大事なことを心得ておる」

満足そうに呟きながら笑う山神に

「えっ!?」

何も聞かされていなかった諸将は驚きの表情で山神の姿を見ながら首を傾げる・・・

山神の姿は紛れもなく勇姿溢れる青年武将だったのだ。


琢磨と未希は吹き出して笑い始める・・・

それに負けじと山神は更に高笑いした。

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