第26話

クラリスたちが囮となり敵軍を引き付けながら戦っていた頃、千代は張飛の切り開く血路に伴われて孔明たちが待つ本陣の船へとやっと辿り着いた。


馬超や趙雲、関羽などが心配そうに駆け寄って来る!

千代は皆に心配させまいと笑顔で手を挙げながら自軍の歓声に応えるが共に戦って来た趙雲などは彼女の中に有る、暗い気持ちを察していた。


無言で通り過ぎる千代をそのままに趙雲は張飛の手綱を掴み、馬を止めると

「黄忠殿とクラリスはどうしたのですか!?」

「まさか千代殿を救う為に囮に志願されたのですか?」

張飛の沈んだ顔を察して小さな声で囁くように尋ねた。


「そうだ・・・俺がもう少し強ければ守れたのに」

張飛はそう言って馬の鞍に涙を落とした。


きっと大声で泣きたいのだろうが犠牲者は他にもたくさん居て将軍たる張飛や大将である千代が泣いてしまっては全軍の士気に影響してしまう!

誰もが命を懸けて懸命に戦っているのだ・・・

仲間を失った悲しみは誰の心の中にでもあり、皆が平和を取り戻す為にその悲しみを乗り越えながら必死で彼らに付き従っている。


そんな者たちの前で落ち込んだりする訳には行かない!

人の上に立つ者は揺るぎ無き闘志を見せ続けなければ苦しいこの戦いに勝利することは出来ない。


「趙雲よ、千代殿が乗られた船からなるだけ人を遠ざけてくれないか?」

「あの笑顔は千代殿の精一杯なのだ!」

張飛の言葉に頷いた趙雲は馬超、関羽とともに適当な理由を申し合わせて軍勢を一ケ所に集めると太鼓などを叩きながら勝ち戦のような大騒ぎを始めた。


張飛は千代の後に続いて船に乗り込むと孔明と弓月に事情を細かく説明し千代が入り込んだ部屋の扉を閉め入口に仁王立ちした!

さすがに幾多の戦いを経験して来た猛将である・・・

遠くを凝視するその目に涙は無く精悍な顔つきで悲しみを微塵も見せない。


やがて部屋の中から千代の号泣が聴こえる・・・

胸の底から吐き出すような悲しみに満ちた声は張飛の胸に深く突き刺さるが彼はそれでも表情を変えない!

気持ちは千代と同じであるが張飛の胸の中にはクラリスを必ず救い出すという強い意志が漲っていた。


それでも堪え切れぬモノがあったのか?

張飛は蒼く澄んだ空を見上げると深い息を吐き出し右手で一度だけ顔を拭った・・・

いつにも増して怖い目をした彼の姿を遠くから見守る趙雲たちはそんな張飛を励ますように大声を張り上げながら勝鬨を上げた!

そんな仲間の気持ちを察したのか彼は微かに笑った。


「これで攻める以外、選択の余地は無くなりました」

戦闘の規模を考えれば自軍の損害は少なく済んだのだがクラリスは千代の心の支えみたいな存在であり、失うことになれば彼女に多大な影響を及ぼすだろう・・・?

孔明はそんな気持ちで隣りに立つ弓月に言った。


クラリスの安否がどうであれ彼女を救出に向かうとなれば千代の戦闘意欲に火が付くのは間違いない!?

彼女が進む方向に道があろうと無かろうと、例えそこに死が待っていようと突き進むのが我が軍である!

勝つも負けるも我が軍は千代次第なのだ。


孔明の言葉に何かを言い掛けた弓月の前に突然、3人の人影が現れた!

孔明は自分の目の前に何処からともなく出現した3人に思わず驚きの声を上げてしまったのだが弓月は待ち兼ねたようにその中の1人に抱きついた。


嬉しそうに抱きついたかと思えば遅かった!とか何をしていたのか?などと文句を連発で浴びせる

その男は弓月の文句に頷いて苦笑しながらも

「戦況はどうなっておるんじゃ!?」

戦国時代の甲冑を身に付け爽やかな若武者といった感じからは想像も出来ない言葉遣いで孔明に訊いた・・・

孔明が現在の戦況を簡単にわかり易く説明すると

「間に合うかどうかわからんがわしが行ってみよう」

若武者はそう言うと目にも止まらぬ速さですぐに見えなくなってしまった。


「彼は1人で何をしに行ったのですか?」

何一つ、状況が把握出来ないままの孔明は残った2人に尋ねてみると千代と同じぐらいの年頃であろう女性に

「囮部隊を1人で助けに行ったんじゃないの? 山神様なら戦場は慣れてるだろうし心配ないでしょ!?」

孔明の問い掛けに答えると同時に弓月に言ったようだ。


「彼女が魔法使いの未希ちゃんで隣りでボーっとしてるのが吸血鬼の琢磨くん、そして助けに行った彼は私の旦那で柚木 義政、私の弓月って名前は柚木からとったも

ので柚木シルヴィア、彼は皆から山神と言われてるけど私たち夫婦は本当の神様なのよ」

神様と吸血鬼に魔法使い・・・!?

いくら頭脳明晰な孔明でもシルヴィアにそう説明されて即座に理解出来るわけが無い!

あまりにも現実離れした組み合わせではないか?

それでもこの世界に慣れ親しんで来た孔明は苦笑しながらも全てを受け入れたようだった。


「それで千代さんはどこに居るの?」

周囲を見回しながら尋ねた未希に孔明は船を指差し

「ショックで泣いてるでしょうが僕が案内します」

孔明はそう言って2人を伴い歩き出した。

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