第18話

微かな月明かりの中を関羽に先導されながら向かった先は行く筋もの小川が流れる湿地帯だった。


水温が多少、高いのか白い湯気が霧状に漂っており幻想的な感じのする場所であった・・・

細く流れる水流を幾つも飛び越えながら奥へ奥へと進んで行くと馬車がやっと通れるぐらいの岩肌に囲まれた隙間を抜ける。


目の前に広がったのは入口からは想像出来ないほどの広大な景色で篝火による明かりに照らされた数多くの家屋が建ち並んでいた!

一体、どれほどの人々がここに住んでいるのか、想像も出来ないぐらいの家屋である。


「関羽殿、砦とは名ばかりと申されたがここにはどれくらいの人数を集められておられるのだ!?」

黄忠は驚きを隠すことなく率直に尋ねた

「戦える者だけだと2万人ぐらいでしょうか?」

「これでも敵の数と比べれば微々たる人数だし、武器も防具も古鉄を鋳なおした物ばかりを使っており戦闘能力は悔しいですが無きに等しいと思います」

関羽はいかにも残念そうに答えた。


「これだけの人数、食料などはどうしておられる?」

続けて黄忠が尋ねると

「鹿や猪、兎などを奥の牧場で養いながら繁殖させております!」

「果実や野菜も栽培しており、食料は豊富と言えないまでも不足したことはこれまで有りません」

さっきと違い今度はやや誇らしげに関羽は答える。


「兵の訓練は関羽殿が指揮してやっておられるのか?」

質問ばかりで申し訳なさそうな表情で尋ねる黄忠に関羽は仕草で気にしないように示しながら

「ここには歴戦の強者など戦慣れした者が数多くおりますゆえ、全軍の指揮をとる時だけ私が行っています」

何とも頼もしい関羽の返答に黄忠はさも感嘆したように頷きながら

「ここは守るには好都合な場所だが攻めるには大勢が一気に通れぬ分だけ不都合なのだ!」

「我らの主君である千代殿は敵に戦いを真っ向から挑んでおられるゆえ、この先は守る必要は無く攻めかかるのみ!」

「ここに暮らす全ての人々と物資を我らが城まで移動させてはくれないだろうか?」

「 我らと一緒に戦ってくれぬか?」

深々と頭を下げながら熱意を持って問い掛けた。


「勿論です! その為に黄忠殿をここにお連れしたのですからその言葉を今か今かと待っておりました」

関羽と黄忠の問答に集まり息を殺しながら聴いていた者たちは歓喜の雄叫びを上げて湧き上がる!

話しは人から人へ順次に伝わり、篝火の炎が揺れるほどに活気が一斉に漲った。


黄忠は歓喜の声を聴きながら涙を流し関羽の手を強く握り何度も何度も「ありがとう!」と繰り返した!

彼にしてみれば城を守り切れなかったという呪縛から解放され、これでやっと千代の役に立てたことが嬉しくて仕方なかったのであろう。


愚か過ぎるほどにどこまでも忠誠心の厚い黄忠なればこその喜びであったに違いない!

それから急ぎ旅支度を始めた2万を超える軍勢と民衆は数日を経て千代たちが待つ城へと向かい出発した。


黄忠からの知らせを受けていた趙雲は途中で合流すると彼の無事と手柄を我がことのように喜んだ

その一部始終を見た関羽は信頼というもので結ばれている千代の軍勢と一緒に戦えることを誇りに思い、この軍の本当の強さを知ったような気がした。


関羽の隣りに馬の手綱を引きながら趙雲は寄って来ると

「見事な馬ですね! 体躯もいいしこれなら戦場を縦横無尽に駆け回ってくれそうです」

徒歩や馬車で行く者、飼育していた家畜を追いながら進む者に合わせて彼らは騎乗せずに歩いていたのだ。


趙雲の言葉に微笑んだ関羽は

「赤兎と名付けた私の相棒です! 疲れ知らずで馬脚も速く頼りになる奴です」

そう言って鼻面を撫でると首を振りながら呼応する。


敵から身を隠す為に山沿いを大きく迂回しながら進んでいるので船が待つ川岸に辿り着くまでにかなりの日数を要したが1人の落伍者を出すことも無く無事に到達出来たのは幸いと言えよう!

一同は初めて見る船に驚いたが川の上を船で渡ることに怖がることも無く、乗り込んでは興味深そうに方々を眺めながら感嘆の声を上げる。


「では出航するとしよう!」

何と言っても大勢の人員と物資である、2隻の船は川を何度も往復しながら向こう岸へと渡し始める。


半分ほどを渡し終えた頃、遠くから砂塵を舞い上げながら煌びやかな軍勢が近づいて来るのが見えた・・・

先頭を白い馬に乗り駆けて来る姿、あの赤い旗印に真っ赤な鎧に身を包んだ出で立ちは千代だ!

長く感じた苦労の多い遠征もこの瞬間を迎える為に頑張り続けて来たのだ。


黄忠も・・・趙雲も・・・

我が身を忘れたようにさっと馬に跨り駆けて行く!

「あれだけの強者たちが親のもとに駆けて行く子供みたいではないか・・・王と呼ぶに相応しい大将だ」

関羽は一目散に駆けて行く2人を羨ましそうに眺めながら微笑むと、そう呟いた。

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